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13.

08/23 加筆修正済。

 

 10:2。


 彼我の戦力差であり、数の暴力。

 それは、救援が来れば直ぐにでも逆転しうるが逆に言えば。

 それまではその状況で保たなければならない。


「逃げるというのは?」

「魅力的だが、こう囲まれて出来るかね?」

「……ですよねぇ」


 ジリと。地面の砂利が鳴る音が嫌に煩く聞こえる。


 命の危険。


 エイリーンとの交渉の初っ端に噛まされた脅しなどとは違う。

 明確な殺意のもとの襲撃。

 それは、ディントの足を竦めさせるに十分なものだった。

 訓練は、してきた。身が動かないとも思わない。

 事実、ジェリセを庇うことは出来る。


 しかし、どうやって動くべきだろうと。

 頭のなかで必死に方策を考える自分が居た。

 ここから2人、無事に抜け出せるビジョンは……浮かばない。


 それほどに数の暴力というものは恐ろしいのだ。

 それを覆せるような個の力は、残念ながら持っていない。

 ディントの武才は一騎当千といったものではないのだから。


「一応、無駄だとは思うが聞いておくか。何が目的だ? 金か? この身柄か? 命か?」

「…………」


 ジェリセが冷静にそう呼びかけても、あちらは何も反応を示さない。

 訓練されているのか、ただ黙るように指示されているのか。


 そもそも、相手の腕前だってどの程度のものか。


 正直な処、そこまでではないと、ディントは思ってはいるが。

 少なくとも、その構えと迫力から見るに達人は居ないだろうと踏んでいる。

 しかし、あちらは10人。こちらは2人である。


 そして、あちらも時間がない。

 痺れを切らしてきたか、10人がそれぞれ、その槍を振るう。


 連携も何もあったものじゃない、突き、振るうと別々に動く10人。

 これならば囲まれていても最悪は起こりえない。

 最悪は、全員が連携して同じ動きでこちらを害した場合だ。動きようがなくなってしまう。



 ――それでも。決断を迫られているのには変わらない。



 自らの身の安全を優先するか。それも良いだろう。

 ディントとてここで死ぬわけにはいかないのだ。

 ジェリセがどの程度自衛出来るかは分からないが、互いにバラバラに身を守っても、言い訳は立つ。

 陛下に糾弾される可能性はあるが、しかし命には替えられない。


 それとも、自らの命を賭けてまで。彼を守るか。

 使命を考えれば、当然こちらだろうと思う。

 エイリーンの時もそうだった。

 ジェリセだけでも逃がそうと、或いは護ろうと行動した気がする。


 しかし、脅しではない。この殺意を浴びて。

 その決意を守り続けることが出来るのか。ディントは自問自答した。


 この槍10本。まともに受けられたものではない。

 こちらからも向かっていき、少しでも槍の矛先を逸らさなければならない。


 そうして考えて。

 考えて。

 考えて。


 自分の気持ちに、殉ずることにした。

 あのエイリーンとの交渉まで、ジェリセを見続けてきた自分の判断を信じることにした。




「くそっ……!」



 ジェリセを守る。その決断を下した。



 3本はいなした。そのまま突っ切れば或いは輪の外に出れたかもしれない。

 しかし、そうすればジェリセが1人孤立する。それは、いけない。



 だから、ジェリセの服の裾を掴み――



 ディントは、思い切り空いたスペースに、彼を投げ込むつもりで力強く引っ張った。

 そうして、場所を入れ替えて。



「ぐぁ、は……、うぅ!?」



 襲撃者の得物の前に自らの身を晒した。

 結果として、4本もの槍に突き刺される。

 尋常じゃない痛み。

 血が流れ、刺された場所は熱をもって感覚すら感じられない。

 体中が脈打つようにドキドキとして、異常を知らせる。


 分かりきっている。


 自分が今、どんな状況で。気絶しそうなぐらいの痛みと熱に侵されていることぐらい。

 だがそれでも、倒れる訳にはいかない。


 ジェリセだって今ので無傷に済んだわけではないのだ。

 何とか身を護ろうとして、それでも血を流しているのが、霞んだ視界に見えた。


 このままでは、いけない。

 決断したからには全うしなければならない。


 そうだろう? 男として。リュヌを支える人間として。

 その大きな支柱になる彼を救えれば。

 ディントは後悔しないでいられる気がするのだ。



「こんなところで……斃れて、たまるか!」



 叫ぶ。気力だけが、今の武器だ。



「おおぉぉぉ!」


 剣を振る。

 腹部に刺さった槍を引き抜き、もう片方でそれを振る。

 ただただ、相手を振り払い、ジェリセに近づけまいと暴れ狂う。


 不格好だ。

 仮にも貴族に連なるものがしていい戦いではない。

 名誉もない。本来なら逃げるべきだったろうこの身。


 これでも家の跡取りだ。

 受勲を受けているとはいえ、ジェリセの立場とディントの立場は違う。

 これが正しいことだとは思わない。


 それでも。


 あの時の啖呵を思い出す。



 ――私は、あのお二方のためならば命さえ費やしても惜しくはない。



 そう言える人間がどれほど居るか。

 そして、それは言葉だけでは決してない。あの場に居たから分かるのだ。

 本心が、そこになければあんな言葉をあの場で吐けるわけがない。


 だから。


「ジェ、リ、殿……逃げ――」


 そう。あの時と同じだ。

 エイリーンの前で、覚悟したのと同じ。

 しかし、あの時はどこか……その使命に酔っていた部分があって。

 真に彼のことを思い、彼のために庇い、或いは有事に彼を優先して逃がすことが出来たか。

 答えは違った気がする。



 今、身体を張っている自分は多分あの時形だけでも前に出た自分とは違うのだ。

 使命に酔った、忠誠に酔った、それだけじゃない。

 真に守るべき者としてジェリセを庇い、自然に身体が動いているのだ。

 そう決断したのだ。もう、決めたのだ。



「――ァッ!」



 ディントのもう朧気な視界に、あの蛙が再び映った。

 ディントによって襲撃者たちの背後まで立ち位置を入れ替えることが出来た彼は、そのまま逃げること無く後ろを強襲。

 得物を持っていた2人ほどを背後から斬りつけていた。



 ――ダメじゃないか。少しぐらい、こちらの言い分を聞いてくれよ。蛙さん。逃げろって。



 ディントは、内心でそう思ったが。

 なんだろう。見捨てられなかったことが、或いは嬉しいのか。

 何とも複雑で、こんな血塗れなのに笑ってしまった。

 しかし、当然というべきか。

 この多人数での乱戦、ジェリセはまた別の方向から振るわれた槍に傷つけられ。

 2人は満身創痍といっていい状態になっていった。



「……がほっ」



 血を吐く。腹から流れる血が気持ち悪い。ドクドクとして、熱い。

 だが、だからといって動きを止めたら今度こそ致命傷を負う。

 だからディントは歩みを止めず。

 せめてジェリセのもとに、彼の盾になるためにその剣と槍を振るい、襲撃者たちを牽制する。



「おぉおおおおおおおお!」



 叫ぶ。それが身体の痛みに繋がろうが関係ない。

 そうでもしなければ意識を保てないんだ。

 仕方ないじゃないか。

 ジェリセもまた、自らに殺到する襲撃者たちから身を守るべく戦うが、状況は良くない。

 そもそもあの蛙はディントほどに動けないようだ。

 自衛することぐらいは出来ると言っていたが、本当に最低限の嗜みなのだろう。


 それとて、全くこの戦場で動けないド素人よりは遥かにマシであり、ディントとジェリセが命脈を保つことが出来ているわけだから十分すぎるほどだが、結果として逃げ惑いながら何とか剣を振るうという状況。


 それでも、ディントの負った怪我よりは彼の負傷の方が軽いようであるのが救いだ。

 ディントは剣を振るい、槍を振るい。

 黒衣の襲撃者が背後から来ようものなら得物を撃ち落とし。

 横から襲い来る2人は両手を振り回し、牽制し。

 真正面から来るならこちらも槍を手にしている。


 リーチの差はもはや無い。


 互いに間合いを気にする余裕もないのだ、無策で突っ込む黒衣の男を迎え撃てば良い。


 訓練の賜物というべきか。

 こういった非常時だからこそ、不思議とディントの身体は動いてくれていた。

 或いは、自分で戦う為の動機を手に入れて意志を強く保てているからそう在れるのか。


 とにかく、今は蛙のもとへ。



 歩く。



 歩く。



 歩く!



 そして、ようやく、近くて遠い守るべき男のもとに辿り着き。

 ディントは限界を迎え、倒れた。


「……く、そっ」


 悪態をつく。

 ここで倒れては意味が無いじゃないか。

 ジェリセの剣となり盾となる。

 その為に戦っていたのに、力尽きるとは。



 情けない。



「ジェ、リ……」


 なんと、情けない。

 だがそこに、声が聞こえた。



「…………失敗か」



 ジェリセでも、自分の声でもない。黒衣の誰かの声か。


「まぁ良い。怪我を負わせられた」


 失敗? どういうことだろうか。

 既に殆ど思考らしい思考が追いつかない中、ディントは考えるが。

 耳にやがて、足音が複数聞こえてくることで理解する。


 そうか、商隊の他の連中が――――


「ブラッド様に報告だな」


 そして、その呟きを聞き逃さなかった。

 ボソリと言った、その言葉は妙に印象に残った。






 そしてそれを聞いたところで、ディントの意識は途切れた。







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