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12.

 それから。


 連日のようにエイリーンと内容を調整し、細かい実務の話をした。

 アルバの政情について、実際にエイリーンが行えるであろう戦争回避への方策について、リュヌからアルバへ商業取引をする際の今後について。今後開発され得る特産品の扱いについて。


 その全てにおいて、思うままに通すわけにはいかず、しかし、あの最初の交渉から考えて、ディントが傍目で見てもジェリセは良くやっている。

 うまく、リュヌの利益を守ろうと。

 そして独立を保つための工作をうまく遂行するためにならばその頭脳を惜しまず使おうと。

 エイリーンもただならぬ人物であったが、ジェリセはそれと同じくして。

 時にはまた上回る形で、少しずつ細部を詰め、まとめていった。



 そうして今、2人は帰りの馬車に乗っている。

 本当は連絡をとりあう為、ディントが残るべきなんじゃないだろうかと、彼自身主張したが、まだソレイユとの交渉がある。

 ジェリセ1人でもこなし得るのだろうが、万が一に備えてディントも共に行くべきだろうということだった。

 加えて、ディントにとってはこれもまた良い経験だろうと。

 ジェリセにとって、生徒か弟子か丁稚か。そのような扱われ方をされている節は、ディントも感じていた。


 今は、リュヌへの国境近く。まだアルバ国内といったところで道も平坦。

 近々に難路があるだろうといったところであった。

 ジェリセたちを乗せた馬車は商隊に紛れていた。レイモンド商会の商隊だ。

 行きの時も、出来うる限りそういった形で警戒をとっている。

 出来る限り乗合馬車である方が好ましいが、如何せん国を越えるとなれば公共の馬車だけでどうにかなるものでもない。

 商人たちの往来に相乗りさせてもらうのが、一番良いのだ。


 何より。

 ジェリセが熱弁するメリットに、護衛の有無が挙げられた。


「やはり、無防備に国を行き来するのは避けたいからね」

「ある程度金銭は出しつつ、あちらにも負担してもらい。うまいことやってますね」


 この蛙がレイモンド商会と深い繋がりを持っているからこそ、有利な条件でこんな手が打てる。

 人脈も、その人の力である。

 そう考えるならば、ジェリセのこの手回しは流石といって良いものだった。


「身の安全、か」

「どうかしたかね?」

「……いえ。狙われることは、現実的に見てあり得るのでしょうか」


 ディントの疑問。実際に狙われうるのか。

 命を、或いは身柄を。


 ジェリセの立場は、分かっている。

 彼を抑えられたらリュヌにとって多大な損失である。

 それは、このアルバへ赴いた交渉の場で痛感させられた。


 彼以上に覚悟を決めて国のため働ける者はそうは居ないであろうし、それでいて彼のように立ち振舞い、頭を使える者と限定すれば、それはもうリュヌには代わりの居ない人物だと思う。

 ヘイゼル陛下ならば、或いはその才知でどう立ち回るか分からないが、彼女には立場がある。

 どうしても付随する肩書きがある。自由に動けたものではない。

 その意味で、このジェリセは真に陛下の代理人として行動している。

 そう言って良いのだと、ジェリセは理解していた。


 そう、考えるならば彼を狙う価値はある。

 しかし同時に、彼をその見た目と種族、出自から侮るところもあるはずだ。

 何より、リュヌで台頭し始めたのも最近。そう他国にまで知られているとは思えない。

 そうなると、彼を害そうと狙う大本命は国内の勢力ということになるのだが……。

 それとて、可能性はどこまであるか。


「…………」


 暫く、ジェリセは考えこむようにして沈黙した。

 その眼は馬車に揺られながら外の景色を捉えている。


「一度は、あるだろうね」


 何事もなくはいくまいと。

 必ず、何か仕掛けられうると。

 蛙はそう見解を示した。


「我々の動きを捉えていて、不快に思う者達は居るはずだよ。

 国内がどうだかは分からないが、少なくともアルバの者達は我々が動いていることを知っている」

「あぁ、最低でもリュヌからの交渉の使者が、別にいっているわけですものね」

「うむ。であれば、そこから辿って、アルドリッジ家に接触した私たちについて何かを掴んでもまぁ、おかしくはあるまい。

 そしてそれが不都合であると考えた人間が居たならば……。さて」

「仮にそうだとしても、我々はようやくエイリーン女史と交渉を落ち着けたところです。

 その話を耳にして刺客を仮に送るとしても、我々がリュヌに着く方が先ですよ」


 近いところの領主が間者を放っていたとして。

 エイリーン・アルドリッジとの会談の件を掴み、報告を受け、ジェリセたちを狙う……そんな筋書きを無理に描いてみるが、その場合、報告から実行まで。

 その情報を掴んでからの行動まで、早馬を用いていたとしても数日のタイムラグは発生するだろう。


「そうだろうね。……だが油断は出来まい。推測だけで行動されることもあるやもしれないし、或いは別の何かの要素から、狙われうるかもしれない」

「うーん……」


 考えすぎのような、気もするのだが。

 だが彼の思考の深さは、信頼に値していいものだろうとも思う。



 ガタン!



「……む」


 馬車が急に止まり、怪訝そうな顔を浮かべるジェリセ。

 ディントも困惑する。この辺りでこんな風に止まる理由が思いつかなかったからだ。

 跳ね上がった感覚が酷く不快で揺れたまま、外に飛び出し、御者に何事か聞こうとする。


「どうしましたか?」

「どうもこうもねーべよ。でっかい岩が転がって来てサ」


 田舎臭い訛りで、御者が答えた。

 岩が?


「避けるにはちとデカいから、一回止まったんだべ。退けないといけない」

「手伝いましょうか?」

「おぉ、お願いする」


 馬車は小回りを効かせづらい。

 加えて、車輪の邪魔になるものがあれば、止まって退けなければならない。

 これは、この後々の悪路では良く行うプロセスだったが、まさかこんなところで遭遇するとは。

 多少の石ころなどであれば、乗り上げて不快、で済むが岩とまでなってくると避けて通るか退けるかの2択だ。


 そうこうしている間に、他の馬車は先に進んでいる。

 遠く、見えなくなってしまう前にまた動き出したいところだが……。


「じゃあそちらに行きま――」


 いや、待て。


 ディントの脳裏に、何か奔るようにして本能からの警告が過った。

 思わず後ろを振り返る。


 ――岩。


 おかしい、前方に岩がたまたま転がったというだけでも、怪しいのに。

 何故後方にまで岩がある。

 前後を挟んで警戒していたのを嫌って、孤立させようというような、明らかな悪意があるように――


「孤立した、か……?」


 乾いた声、震えすら混じるその確信染みた何か。

 咄嗟にその意味を、咀嚼して理解していく。

 御者は何と言った?


 ――どうもこうもねーべよ。でっかい岩が転がって来てサ。


 岩が、転がってきた。それも馬車の通行を邪魔するほどの、大きなものが?

 偶然? それも前後に?

 そして、今停められた馬車には、ディントとジェリセだけが、乗っている。


「…………」


 心臓の音が、やけに耳に残って聞こえる。

 緊張からか、空気が冷たく感じられてくる。

 何より、身の危険からか――!


 悪寒が、する。


「ジェリー殿! まずい!」


 あまりうまい言葉じゃないが、叫ぶ。

 とにかく馬車の中で待っている彼を外に出し、危機感を煽るのが先決だ。

 何事もなければ、自分が馬鹿にされればいい。

 何かあってからでは遅いのだ。

 もしかしたら、落石はこれだけじゃなく。ここに落ちる可能性だってある。

 馬車の中で悠長にしている余裕などあるわけがないのだ。


 自然に、連鎖的な落石が起こる可能性。或いは、これが人為的なものである可能性。


 どちらであっても、馬車の中に居て得なことは何一つ、ない。

 その大声に、御者はビックリして怪訝そうにこちらを見つめる。

 そして、その背後に――


「危ない!」


 ディントは思わず駆け出した。

 ――黒衣が、死神の鎌の代わりに槍を携えて。


「させ、るかぁ!」


 御者を突き飛ばし、腰に吊るしていたロングソードで懐を突いた。

 あまり優雅ではないであろうが、突きこそ素早さを求めるならば最も有効な手段。

 黒衣の襲撃者はそれに対し槍を当てて、何とかといった状態で後退した。


「……逃げて下さい。後方の馬車に合流して、今の状況を伝えて下さい!」

「ひ、ひぃ! わわわ、分かっただよ!」


 あわわ、と泡を食ったように本当に大慌てで。無様なようにみえるが何とかその場から御者は脱していこうとする。

 当然、黒衣の襲撃者はそれを許そうとはしない。


 が。


 ディントもまた、安易に隙を見せればまた彼を突く為、剣を構えて牽制している。

 ――襲撃者の人数は分からない。しかし、まだ集まりきっていないようだ。

 だからか、それとも見逃したのか。御者はその襲撃区域からうまく逃げ出せたように見えた。

 同時に、嫌な予想が更に当たったというべきか。

 強烈な衝撃が襲いかかり、地面を揺らした。


「ジェリー殿!?」


 ――馬車を、巨石が潰したのだ。


 ディントは馬車の方に振り返り、一瞬襲撃者から眼を逸らしてしまう。

 そして襲いかかる槍を感じ取りながらも動けなくなり、


「あ、ヤバ……!」


 それを庇うようにして今度はディントが守られる形で、剣が間に差し込まれた。

 当然、その使い手は。


「……な。何事もなくとは行かないだろう?」


 彼の胆力はどこから来るのか。

 蛙のジェリセもまた、何とか馬車から脱出したのだろう、そこから注意を逸らしたディントを守るように迅速に行動してみせた。

 それに怯む、襲撃者。しかし、事態が良くなったわけではない

 寧ろ悪化した。


 黒衣の襲撃者が、10人ほどは居るだろうか。ぐるりと、2人を取り囲んだのだ。


「さて。お粗末な襲撃に思えるが――」

「暢気なことは言ってられませんよ。助けが来るまでの数分、持ちこたえなければならない」


 たった2人で。



 それは、簡単なことだと断言できたものじゃなかった。




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