間話3 エイリーン・アルドリッジ
あの後、今後の日程の調整と話し合うための論点を纏め、ジェリセとディントが去っていった。
扉の開閉音が響き、確かに足音で彼らが去っていったことを確認するとエイリーンは椅子に力なく座り込み、顔を手で覆った。
「……………………」
傍で控えているアレンは静かに佇んでいる。
この男は、エイリーンの右腕でもあり彼女が隠したかった秘密取引の存在を知っていた。
それでいながら、エイリーンの動揺に引きずられるようにして下手を打たなかったのは評価すべきだろう。
彼女自身、半ばは演技。半ばは本気といった動揺ではあったのだが。
最初の示威行為があまりにも付き人に不評そうだったのもあり、こちらもある程度気安い処と与し易い相手という印象を与えておきたかった。
その全てが演技というわけではなかったが、アルドリッジ家を背負う人間がその程度の腹芸も出来ない道理もない。
ディントと名乗ったあの子は、アレンと同じように赤毛で。
それでいて実直そうで、似ていた。初々しさが目立つところが、明確に違うところか。
「やられたわ……」
やがて、エイリーンはただそう呟いた。
「繋がりを、悟られましたか」
誰かが居る時と違い、少し流暢な言葉遣いでアレンは言った。
「えぇ。南の大国、ソレイユ。
……戦争で大きく消耗した物資を支援し、その対価とコネクションを得る秘密取引。
細々と、そして出来るだけ穏健的な貴族を探り、ようやく繋がりかかったところで……やられた」
つまりは、エイリーンの取引相手とはソレイユだった。
それも中継にリュヌを用い、巧妙に物資とその返礼、資金を相互に送り合っていた。
その為に用いた手段は少なくない。
偽装工作もしっかり行っていたし、商売を利用したコネクション構築は、エイリーンならではアプローチだったと言えた。
事実、ソレイユの政情が安定し次第、エイリーンはそのコネクションを元手にアルバとの仲介を買って出るシナリオも描いていたし、或いは戦争回避への工作にも使えるとさえ考えていた。
デメリット、リスクも大きく、ソレイユがまだ混沌とした政情でアルバも警戒しているこの段階でそれがバレるのだけは避けたかった。
内通者、戦争を煽る死の商人だのと謗られたならば反論するにも難しいタイミングと、行為だったからだ。
そこを、突かれた。
あの蛙はどういうわけか、帳簿の数字とその他の材料からエイリーンの工作を見破ってみせ、脅してみせたのだ。
「……別に、リュヌがそれに乗っかったって良いのよ。あの国が失敗しようがうまくやろうが、アルバはアルバで立場を別にして動けるし……」
「アルバが侵されなければ良い」
「そういうこと。リュヌがあの国の属国になったところで、打てる手はある。……だから、そこに文句を言うつもりはないのだけれど」
問題は、その弱みを握られ続けるということだ。
イニシアチブを握られ続けるに、等しい。
「……紳士的に、押し付けがましくその後は無かったように振る舞う可能性もあるけれど、どちらにしても暫くワタクシは、あの国とあの蛙に『配慮』というものをしなければならなくなった。……この上ない、屈辱だわ」
「ですが、それだけじゃない」
アレンは鋭い。エイリーンの考えていることが手に取るように分かる、というようにそう言った。
彼は言葉少なだが、人を見抜く力に長けている。
その辺り含めて、エイリーンが信頼する理由でもあるのだけれど。少し気恥ずかしい。
「今の貴女は、楽しそうだ」
「……そうね。そうよ。楽しいわ」
顔を覆ったまま、エイリーンは自分の口元が歪んでいくのを自覚した。
釣り上がるように、そう愉しそうに。
恐らくは、アレンはそれを見て取って、そう言ったに違いない。
「くふふ……そうよ。認めてあげる。ジェリセ、蛙の外交官。
貴方は私を屈服させた……恐ろしいヒト」
エイリーンは心中で敗北とともにあの蛙の外交官、ジェリセを認めたのだ。
帳簿の数字から工作を見ぬいた眼。
それだけじゃなく、アルドリッジの領地を分析してみせたその頭脳。
そして、手のひらで転がすように。全てをシナリオ通りに収めてみせたあの交渉術。
認めよう。
あの男は、つまらない旧都の貴族どもに比べ。何とも話が早く、刺激的だ。
だからこそ、エイリーンは彼に利益を見出した。
それ故に、面白い。愉しくて、楽しくて仕方がない。
何を、これから彼は見せてくれるのか。
「アレン」
「はい」
「あの男について、調べて」
「分かりました。リュヌについても?」
「そっちはついでで良いわ。どうせ、芋づる式で分かるでしょう」
彼を知れば、リュヌという国も知れるはず。
そして、これからどう立ち回るつもりなのか。
独立を保ち続けることが出来るならば、それはエイリーンにとってどう利益になりうるか。
アルバの属国にしてただ吸い上げるより、よほど楽しそうだと、エイリーンは思った。
見逃してあげるから、さぁ。
どうしてみせるのか。
その舞台、観覧させてもらいましょう。
項垂れたその面影はもはや無く、エイリーンの切れ長の眼は計算高く光ったのだった。