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1.王令、発布され。

 ディント・ヘッセは、厳かな空間に響く女性の声に震えていた。




 ここは玉座の間。天井が高く吹き抜け、ステンドグラスから差し込む光が白亜の壁を照らす。

 そこは儀礼的な場でしか用いられることのない、王家の威厳を示す場所。


 リュヌという国の性質上、決して広すぎる場所ではない。

 しかし、まだ若いディント・ヘッセを萎縮させるには十分な場であった。


「ジェリセ。そなたに問う」


 声を発する女性の周りには、この国の貴族たち。

 其の中でも特に女王陛下に重用されている人物たちだ。

 ディントの仕える主家、ヴェルヌ家のセーラ様もいらっしゃる。


 そしてその中心の女性、ヘイゼル・プレナ陛下。

 雪肌の女王とも呼ばれるその白い肌と、王族とその近しい家の正当な証とされる煌めく金髪と碧眼。

 その鮮やかなコントラストは自然が生み出した芸術と呼ぶに相応しい高貴な雰囲気を醸し出していた。

 これはズラリと並ぶ権力者が国家の一大事を話し合う、秘密会談のようなものだ。

 一介の従者風情が居ていい場所とは思えない。

 ……その中心に居る人物も、ディントには信じがたかったが。


「貴殿に、この国を救う策ありや?」

「恐れながら、その問いには無論、と。そうお答え致しましょう」


 蛙である。

 その中心に居たのは蛙であった。

 いや、正確にはケロル族という立派な亜人であるのだが蛙頭が目立つ二足歩行の亜人。

 ……見た目からして奇異と言わざるをえない。

 無論、このリュヌにおいて全く見ぬ種ではない。

 寧ろ、見た目からは想像できぬほど勤勉で優れた知能を発揮し、国に貢献している種族であるとされる。



 ――しかし、蛙である。



 水かきがある。緑色の皮膚を覗かせる。それでいて、女王陛下に自信満々に喋りかける。

 その振る舞いは堂に入っていて、ヘイゼル陛下のお声を聞くだけで震える自分などとは違い、余裕のある表情――蛙顔であるが――を見せている。


 ディント・ヘッセは彼、ケロル族のジェリセの付き人として主のセーラに抜擢され、この場に立つことを許されている。

 何でも、彼に王命が下るとか。その補佐をせよとか。

 会議とは名ばかりで、どうするかなどは決まっていたようだ。

 セーラが口利きをしたのか、それともこのジェリセが何事か持ちかけ、女王陛下を説得したのか。それは知り得ないことであったが。

 女王と、ジェリセの問答が続く。


「南に太陽の国と自称するソレイユ。北に古き国アルバ。

 東には草原と駿馬の国エクリプス。それらの大国に挟まれた我らがリュヌは、今決断を迫られている」

「どこにつくか。或いは――」

「今のまま、中立を貫くか。

 ソレイユはおおよそ、我らがリュヌを除いた南の小国を飲み込み、アルバをも窺おうとしている。

 さて、どうしたものでしょうか」

「そう。ソレイユは我らが朋友でもあった隣国ソワルタをも陥落させた。

 そして今なお、その軍は解散されていない。それがどれだけの、リュヌへの圧力であることか。

 示威行為としての、態度を示したものなのか。それとも本気で未だ矛を収める気がないのか」


 ディントは初めて知ったその話に戦慄した。

 ソレイユが拡大しつつ有り、殆どの小国を飲み込んでいく。

 その噂は耳にしていたが、とうとうソワルタまで陥ちたとは!

 それでは、このリュヌはもはや緩衝国すら持たず、あの危険な国と戦端を開きかねないほど接したということだ。

 だからこそ、この場が設けられたのか……。納得と危機感を、再度抱いては、深く息をついてしまった。

 その様子に、ちらりと。こちらを見られたような気がしたが女王は気にすることなく続ける。


「……ともかく、そのような情勢だ。如何にする」

「交渉するしかありますまい。少なくとも、当座の戦争を避けなければならない」

「出来るか」


 ヘイゼル陛下は、鋭く蛙のジェリセを見据えて問うた。

 その視線と王族だけが纏う威厳というものにディントは、自らに向けられたものではないというのに固まってしまうばかりであったが。

 ジェリセは改めて、自信をもって頷いた。


「やってみせましょう」


 短くも長い、ひと夏の交渉劇。その幕開けであった。

 

 


 * * * * * * * * * * * *




「ジェリセ殿!」


 悠々と退室したジェリセをディントは追った。

 付き人――彼の部下のようなものに命じられたからには、理由なく彼から離れるわけにもいくまい。

 早足で彼に並ぶと、共に歩き始めた。


「ジェリーとでも呼び給え。サーでも良いが」


 臆面もなく、サーでも良いと言う彼は事実、国への功労者という形で受勲をしている。

 彼を書類で記すならば、サー・ジェリセとでも書くのが妥当だろう。

 貴族の出身でないのもあり、彼自身が頓着しないので姓を特に名乗ってはいないようだが。


「それではジェリー殿。……これからどうするおつもりですか?」


 自分で言いながら、あまり適当な質問ではないなと思いながらも。ディントは聞いた。

 暫く彼は黙っていたが、城の外に出ると、外壁に寄りかかってようやく口を開いた。


「ふむ。……あぁ、煙は?」


 吸っても良いかということだ。

 「どうぞ」、と促せば彼はパイプを取り出し、煙草の葉を詰め、それを火で炙った。

 一連の作業の後、吸い口から煙を吸い込むと、満足そうに頷く。

 蛙頭でパイプを愉しむその様子に、どうも違和感を覚えたディントは妙な顔をしていたらしい。


「何かおかしいかね?」

「いいえ何も」


 そう。別におかしいことはない。単にディントにケロル族の知り合いが居なかっただけだ。

 きっとこれから何度となく見る普通の光景のはずなのだ。


「さて、どうするつもりか聞いたかね」

「えぇ」


 事実、気にならないといえば嘘になる。

 このリュヌの情勢が難しい物になりつつあることぐらいはディントにも分かる。



 ――南に太陽の国と自称するソレイユ。北に古き国アルバ。東には草原と駿馬の国エクリプス。それらの大国に挟まれた我らがリュヌは、今決断を迫られている。



 先のジェリセの言葉だが、実に端的にそれを言い表している。


 リュヌは残念ながら、小国なのだ。

 大国に挟まれ、そのご機嫌を伺わねばならない。その立場に立たされている。

 そして、今までリュヌは皆兵政策――つまりは国の民全てが、何らかの形で軍か民間の軍事機関に関与しているということだ――により、そこから賄った傭兵の派遣。

 それを巧みに大国間の戦争、国境問題の鎮圧などに活かすことでその立場を維持してきた。

 そして危ういながらもそれに成功してきた。

 しかし、今こそ国家の一大事。そうとまで呼ばれる理由は。


「今回難しいのは、ソレイユの台頭だ」

「小国が乱立していた南側の荒れた情勢が、ここにきて変化したわけですね。

 ソレイユという国がその殆どを飲み込んでしまった」

「うむ。第三の大国の誕生だ」


 最後の抵抗勢力が斃れ、我らがリュヌと、北の大国アルバの両方に国境を接せんとするソレイユ。

 今代のソレイユ王は、一代でそれを成した。

 そしてそれは同時に。その矛先がこちらに向きかねないことを意味する。


「何故リュヌが狙われうるかは分かるかね?」


 ジェリセが生徒に問いかけるように、試すような視線で言った。

 ディントは即座に答える。これでも、昔は神童で通った身だ。


「リュヌはその領土の多くが山岳地帯です。

 攻めるに難く、守るに易い土地。

 となれば一度獲ることが出来れば、大国アルバを相手取るに都合のいい前線基地となるでしょう」

「うむ。我が国は農業も弱く生産能力こそないが、それこそが唯一かつ重要な強みだ」


 獲るのに犠牲を要するであろうが、それが許容範囲と判断されれば狂犬はこちらに噛み付いてくる。

 その可能性を考えないほど、今代のヘイゼル陛下もその他の貴族も愚かではない。


 故に国家の一大事。そういうことになる。


「しかし陛下も思い切ったことをなさる」

「ほう?」


 ディントはふと、思い立って口に出してしまった。

 ジェリセの相槌によって口に出たことに気づき、慌てて弁解するように続ける。


「いえ。ジェリセ殿お一人に今回の件を一任するなど。実質的に全面的な委任ということでしょう?」

「私の能力を疑っているのかね?」

「そうではなく。1人に負わせるには重責だな、と」


 そうなのだ。この一大事。

 不思議なことに女王陛下はこのジェリセを呼び立て、あのような場を設け、そして実質的に全てを委任してみせたのだ。


 ヘイゼル陛下が愚昧、なわけではない。

 それであればそもそも、このように危機を認識はできなかったであろうし、更に言えば先代の王の不幸で僅か9歳で王冠を冠られた方なのだ。

 それでいて10年。

 後見人となっているセーラ様から受ける影響を除いて、殆どの政治の実権をきちんと握り続けている陛下が暗君であるなどと言えるわけがない。


 そもそもそうであれば、とっくに誰かが排斥して、或いは王政が斃れていてもおかしくはなかった。

 そこまで考えて、不敬な考えであることと、この国の直面した危機の多さと不安に身震いをした。


「この問題を切り盛りできる人間がそう多くないということだ。陛下には信頼できる駒が足りない」

「駒って……」


 暗に自分は信頼されていると言っているようなものだが、不遜に過ぎないだろうか。

 ディントは留学から帰還してこの蛙の亜人を知った。

 つまりはこのジェリセはヴェルヌ家の譜代の家臣などではないぽっと出だ。

 それでいて、確かにあのような特別扱いの仕儀。


 どういう経緯かは知らないが、あの女王陛下にそれだけ信を置かれていると言われても不思議ではない。

 不思議ではないが……。

 彼にそこまでのものが、あるのだろうか。

 どうやらそれを見極めるのが、ディントの最初の仕事になりそうであった。

 最悪は、セーラ様にご報告申し上げなければならないかもしれない。


「ソレイユが問題である。それは話したな」

「えぇ」

「この問題の要はソレイユだ。故に――」

「故に?」



「まずはアルバから、切り崩す」



 ペロリと。長い舌で唇を舐めたジェリセは、まるで獲物を前に舌なめずりをしたようだった。


 

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