水にたゆたう
夢を見た。丸まって海中を漂う夢だ。四肢を縮め、目を閉じ、ただ波に体を任せるだけ。逆さまなのか正しいのかすら分からない。
けれど、不思議と苦しくはない。包む海は温かく、守られているとさえ感じられた。息もでき、このまま寝たままでいいとも思えてしまう。それ程に安らかな夢。
起きた俺は、ゆっくりと体を起こした。目の前にある本棚の側面を茫然と見つめるしかない。自然と目から涙が落ちていく。
あれは、きっと母だ。母の中にいた頃の夢だったのだろう。夢でしかないから、本当にあのような心地よさを感じていたのかどうかは分からない。
ただ、今すぐになんでもいいから、なにか刃物で首を切り裂きたい気分だった。
なんて愚かな奴なんだろう。なんて愚かな世界なんだろう。羊水にひたる赤子のように、逆さまにしか物が見えていない。
逆さまの世界、にやにやと嗤う月、輝く夜、赤黒い色をした晴天。歌を知っているこの脳を割り、歌った舌を引き抜いてしまいたい。
どうしてあんなものを信じ続けていたというのか。どうして俺はアイツ以前の記憶を覚えていないのか。ずっと操られたままだったのだろうか。
俺は、本物の母の顔さえ見たことがなかったのだ。
エディスと母:「水」