居心地のいい場所
「シトラス」
「はい?」
カラン、と氷が落ちる音がする。
「どうして猫を飼っちゃいけないんだ?」
「分からないと?」
首を振ると、首を傾け、仕方のない人ですねと呟く。
「泣かせたく、ありませんから」
「よく言うね」
「貴方には関係ありません!」
機嫌を損ね、キッチンに向かっていこうとする背中に微笑む。
「どうして、泣くの? 彼は強いのに」
「貴方が一番、それは分かるのでは?」
「ああ……一人の、子どもだって事?」
この家の中で一番。一番、エディスの事を権力も、名前も、なにもかもを放り出して見れる。それはきっと俺じゃなくて夕焼け色の髪をした青年の方だろう。
「死んだら、泣いてしまうでしょう」
「……ああ」
こっくりと頷く。確かに、そうかもしれない。
「あれで動物系の物語に弱い人ですし」
「そうなの!?」
「ええ。いるも自室で読んでいるから、あまり見かける事がありませんが」
それは羨ましい、と言わなくて良かっただろう。
「シトラス……」
「エディス様!?」
ガタッとシトラスが壁に手を付いて、小走りで走る。
「どうしたんです、こんなに濡れて……」
「だって、外雨だし。それは当たり前だろ」
ポタポタと髪から雨水が滴り落ちる。水の色を反射させたように、銀の髪が薄く水色に染まって見える。ごしごしと頭を拭いていたシトラスが何かに気付いたらしく、眉をひそめた。
「猫、ですか」
「ごめん」
見れば、脱いだコートに猫をくるんで腕に抱えていた。
「飼いませんよ」
「分かってる。……でも、今だけでも」
「駄目です。戻してきて下さい」
シトラスがきっぱりと断言すると、エディスは猫をじっと見る。頬をすり寄せて来る猫を見、
「可哀想」
じんわりと、確実に涙を目に浮かべた。
「君たち、なにしてんの」
上から降りてきた声にふっと全員が顔を上げる。今まで寝ていたらしい、夕焼けの髪の青年が手すりに腕をもたれさせていた。
「ドゥー」
「なーんでまた、人がいなかったら、エディーを泣かすのかなあ」
ため息をつき、とても仕方のない様子で来た青年。
「エディー、今日だけでいいんだよね?」
「……うん」
じっと、縋るような目で見ているのが気に食わない。
「だ、そうだから。それ位許してやれよ」
「駄目です」
「性格の悪い男だな」
そう言うと、むっとした顔で言い返してくる。
「貴方に言われる筋合いはありません!」
「ふうん? ま、いいけど」
何時も余裕の笑み。これがまた。
「エディー」
「なに?」
「その猫、貸して?」
ドゥルースなら大丈夫だと判断したのだろう。小さく、濡れた子猫をコートごと渡す。ドゥルースはそれを微笑んで撫で、戸口に向かう。
「引き取って貰える人、探してくるよ」
「ホント!?」
「俺が嘘なんて言った事、あったっけ」
顎に手をやり、うんうんと悩んだ後、にこっと可愛らしく微笑んだ。
「ないっ!」
「だろ」
にっこりとそれにドゥルースも微笑み掛ける。
「な、なあ、その猫を引き取ってくれる人がいたら……」
「電話番号とか住所はエディーには教えないからね」
「なんで!?」
みゃっとエディスが驚いた顔をする。
「大変な事になるから」
「エディス様が電話、さらに家に来るだなんて知ったら、その家族は大慌てで、疲れてしまいますよ」
ふぅっとシトラスが息を吐いた。
中央で有名、若く美しい上に武にも才にも秀でている准将。滅多に姿を拝めやしない人が、一般の家に来るだなんて知ったら。大騒ぎどころでは済まない事態になってしまうだろう。
「じゃあ、バイバイな」
すりすりとドゥルースの腕の中の猫に名残惜しそうに頬を擦り寄らせると、ふんわりと微笑んだ。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
手を小さく振るエディスの頭を数回撫でてから、出て行った。
「金輪際、猫は拾ってこないこと! 例え雨に濡れていたとしても!」
「……うん。分かった」
くるりと背中を向けるシトラスの背中に静かに声を掛ける。
「ありがとう」
「いいえ、これは僕の仕事ですので」
「うん。でも、俺は大丈夫だよ。きっと雨は晴れるから」
にっこりと、珍しい笑顔をよく今日は見せてくれる。
「俺は、強いんじゃなくて。泣いてもそれが運命だって分かってるから、前に進むんだよ」
「はい」
前に進むシトラスの姿は、少し軽くなっているように、見えた。




