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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役女、フツメン主人公に恋をする

悪役女、フツメン主人公に恋をする(上)

作者: 苗字名前

舞台は2105年となっているので法とか社会システムとか現代と色々違います。

現代ではありえない常識とかがあります。

それと話の都合上、教育実習期間を構造させていただきます。


駄文です、ご了承ください。

長いので、上・中・下と分けさせていただきます。

――今でも思うことがある。何故、私はあんな子供に恋をしたのだろう。








 午後3時50分。世田谷中学校。


 白く長い廊下が続く中、一人の女性が教室の扉の前で静かに佇んでいた。

 引き戸を見つめるその顔は能面のように無表情だ。教室の中からは女子生徒の雑談が聞こえてくる。


――ねえ、聞いた?

――なえセンのこと? もしかして問題を起こして行学部ぎょうがくぶから追い出されたって奴?

――そうそう! 何かさ、同級生の女の人を殴ったんだって

――ええ、やだー! 何それ? 何で殴ったの?

――さあ……嫉妬じゃない? 何か相手の人、100年に1度の一材って奴で、おまけに凄い美人だったって話だよ? 先生たちがそう話してるの聞いちゃった。

――あー、わかる。なえセン、ブスだもんね。あれスッゴイ化粧してるけどさ、絶対それで顔隠してるんだって

――やりすぎて化粧臭いっての

――嫌味だしねー。何かさ、なにかと偉そうにいちゃもん付けてくるけどさ、あの人絶対馬鹿だよね。

――東大生ってのも嘘なんじゃない? あと、あの人21って言ってるけど多分30とかそれぐらいだよ

――あ、それすっごいあり得る


 女子特有の高い笑い声が室内に響いて、外へと漏れ出す。その会話を聞いていたなえセン――教育実習生の土宮香苗つちみやかなえはそっと目を伏せた。


(馬鹿馬鹿しい……見え張って東大生なんて嘘、吐くわけないでしょ)


 呆れの吐息が唇から零れた。


 土宮香苗は列記とした東大生だ。ちゃんと学もあるし、年齢だって詐称した覚えは無い。確かに以前は「これでもか」、と言う位厚い化粧はしていたが、今は心を入れなおしてそれは全て取り払っている。ファンデもリップも、アイライナーももう何処にもつけていない。彼女のその顔を飾っているのは眼鏡だけだ。


 女生徒が話していることは全て誤解であり、彼女たちの一方的な見解でしかない。だが、


(まあ、実際にあの子たちには厳しくしすぎていたものね。くだらないいちゃもんまでつけて……)


 過去、数週間前の自分を振り返って香苗は眉を顰めた。


(本当に……最低だった。けど、)


――あの女を殴ったことに後悔は無い。


 土宮香苗がとある同級生を殴った、いや平手打ちしたのは本当の話だ。我が行政学部ぎょうせいがくぶの“期待の星”、“100年に1度の逸材”とまで言われた彼女を殴った時のことを、香苗は今でも鮮明に思い出せた。


――“あの人が処刑になって何が悪いの? 大きな罪を犯したんだもの、死んで償わないと駄目よ”


 何処までも純粋にこちらを見つめる目に、香苗は吐き気と同時に憎悪を覚えた。己の大切な友を“死んでも良い”と言った彼女を……その友を追い詰め、警察へと突き出した彼女を、香苗は今でも許せずに居た。


(……そんな不条理、私はやっぱり認められない)



 事件が起きたのは半年前――よく晴れた日のことだった。


 教育実習生としてこの学校に来る前、元々香苗は行政学部に在籍していた。其処は毎年、数多くの受験生が狙う所謂“エリート”学部だった。卒業後は法務省、検察庁、警察庁、何れかの行政機関へと所属することを約束され、安泰の人生を得ることのできる学部――それが行政学部、国で最も倍率の高い学科だ。

 香苗は其処でずっと学んでいた。中学生の時から一方的に憧れていた刑事を追いかけ、毎日勉強漬けで頑張り、体を極限まで鍛え、そうして彼女は無事夢へと着実に踏み出していたのだ。


 そんな香苗にはかなり年配の友達が居た。その人とはまだ、半月ほどしか知り合っていなかったのだが、そのお人好しな人柄からか、いつの間にか仲良くなっていた。その人には娘が居て、とても彼女を大切にしていたのを香苗はよく覚えていた。


(……友枝さん)


 皺のある目元、柔らかい瞳、たおやかな笑みを何時までも浮かべていた顔は、どこまでも柔らかく、優しげだった。おっちょこちょいでドジで、何処か達観としていた人。その人は何時も他人に線を引かれる香苗に対して、親身になってくれた。香苗はそんな彼を“第2のお父さん”のように想っていた。


 だが、彼は死んでしまった。否、殺されてしまった――処刑と言う形で。


 2105年、日本では絶対処刑法ぜったいしょけいほうと言う名の法律が出来ていた。万引き、盗撮、ストーカー行為などを含む全ての犯罪行為は最低10年の懲役とされ、それの被害が1000万円を超えた時、人は処刑される。裁判官の判決次第では死刑さえもありえることとなったのだ。


 香苗の友――友枝京士郎ともえだきょうしろうはその法を犯してしまった。己の娘を自殺へと追い込んだ男に復讐するため、彼は茨の道を歩んだのだ。それに気づいた香苗は彼を必死に止めようとした。得意の推理能力で謎を解き、計画を突き止め、友枝が復讐を遂げる前に動いた。犯行が起きる直前に彼を説得し、何度煙たがられようと、罵倒されようとも、彼女は諦めなかった。その甲斐もあってか、殺人に手を染めようとした友枝は踏みとどまることが出来た。だが、一歩遅かった。


 友枝京士郎は捕まった。哉沢しおりと言う女に見つかってしまったのだ。行政機関の期待の星、100年に一度の逸材――哉沢しおりは“正義感の強い”女だった。悪を決して許さず、色んな事件に首を突っ込み、沢山の謎を解決して来た。学生の身にも関わらず彼女は警察に意見することを唯一許されていた。


 そんな哉沢しおりは友枝京士郎を捕まえる数日前――ある日の事、一人の男の依頼を受けた。偶然、男が困っているところに通りかかり、彼の相談に乗ったのだ。男は言った。どうやら自分はストーカーされているようだと。哉沢しおりは目を光らせた。「これは事件だ。私が解決せねばなるまい」、彼女はそう決意し、犯人を捕まえるために立ち上がった。そうして自分のコネを駆使し、謎を追い、犯人――友枝京士郎へと辿りついた。哉沢しおりは友枝が復讐を諦め、計画の後処理をしている最中に、無理やり土足で彼の自宅に踏み込んだのだ。そして彼女は見つけた――八つ裂きにされた数多くの写真と幾つかの凶器を。

 友枝は正直に話した。自分が復讐をやめた意を、反省した思いを。それを聞いて哉沢しおりは一つの行動を取った。警察に通報したのだ。端末を握る彼女を見て焦る友枝に、しおりは言った。


――罪は罪です。あなたは被害者に多大な損害と恐怖を与えました。あなたはその命を持って償うべきです。

 それこそが彼の願いであり、あなたに出来る唯一の善意。法を犯してしまったあなたに弁明の余地はありません。

 大人しく受け入れてください。


 哉沢しおりは何処までも“法に染まった”女だった。だが、それは間違いではない。この今の日本では当然のことであり、常識だ。“法”こそが“正義”、“正義”こそが“絶対”――それが日本の掲げる教育概念だ。


 友枝京士郎は捕まった。裁判に赴き、そこで被害者の証言や検事の意見に反論することを許されず、一方的な裁判の元、彼は死刑判決を下された。


 土宮香苗は抗議した。確かに、友枝京士郎は罪を犯した。許されない行為を犯し、殺人にまでも手を染めようとした。だが、彼は悔いていた。反省し、心を入れ替えていた。憎いはずの男にさえも彼は堅実に頭を垂れた。それなのに、それは無いだろう。それは可笑しいだろう?


 何故、彼が死ななくてはならない?


 香苗は何度も法務省を訪れた。もう一度裁判をやり直してほしい、ちゃんと加害者の言葉を聞いてあげてほしい。だが、彼女の訴えに耳を貸すものは誰一人居なかった。

 そんな時だった、哉沢しおりが香苗の前に姿を現したのは。法務省の一角、人通りの少ない廊下の中、哉沢しおりは哀れな者を見るかのように彼女を見つめた。そして言った。


――何でそこまで彼に執着するのかは分からないけど、諦めた方が……ううん、受け入れた方が良いです。

 あなたのその考えは間違っている。彼は大きな罪を犯したんです、例えどんな理由があろうともそれは許されない。


 香苗は以前から彼女のことを知っていた。同じ大学の学部に在籍する期待の星。既に行政機関に目をつけられている100年に1度の逸材。彼女は有名だった。その数々の功績と“正義感”、そしてその愛らしい容姿から、学生の多大な人気を集めていた。彼女を知らぬ物はモグリでも居ない。


 だが、香苗は彼女のことが苦手だった。何故かはわからない、ただ彼女を見たその瞬間から、嫌悪感を感じた。香苗はずっと不思議に思っていた、何故自分は彼女をこんなにも苦手としているのだろう――。


 その疑問が、今解けた。


 相容れないのだ。香苗は彼女と決して相容れることのできないものを持っている。それは言わば水と油。

 純粋な瞳を向けてくる哉沢しおり、香苗は己の中で膨れ上がる苛立ちを拳を握ることで抑えた。


――……どうして、それで処刑になるの? 彼は反省している。悔いて、心を改めて、あの男にも謝罪したわ

――だから? その言葉が本当とは限らないじゃないですか……嘘かもしれませんよ? 

 彼は既に法を犯しているんです。もう二度とやらないとは限らない。

――何故、そうなるの? どうして、あなたはそう言い切れるの?


 尚も反論する香苗にしょうがないとでも言うかのように嘆息を漏らす。それはまるで聞き分けのない子供を相手にするような態度だった。


――じゃあ、逆に聞きます。

 あの人が処刑になって何が悪いの? 大きな罪を犯したんだもの、死んで償わないと駄目よ


 その瞬間、香苗の中で何かが切れるのが分かった。それは理性の糸か、己を保つためのプライドか――。


――パン!


 気が付けば香苗の手はヒリヒリと熱を持っていた。目の前には床へと倒れこむ哉沢しおり。その乳白色の頬は赤く腫れあがっていた。瞳は唖然と開いており、何が起きたのか解らないと言う表情だった。

 はあはあ。何故かはわからない。だが、香苗の呼吸は荒れていた。息が苦しい、眼球が痛い、何かが胸の奥から競りあがってくるのを感じた。言いたいことは沢山あるのに、口から出るのは吐息だけで、香苗は唇を強く引き結んだ。


 人の騒ぎ声が聞える。どうやら現場を見られたらしい。野次馬が集まり、人混みが己を囲み始める中、低いバリトンが廊下に響いた。


――何をしている?


 香苗はその声をよく知っていた。それは己が憧れ、ずっと追いかけ続けていた人の声だった。忘れるはずもない、恩人の声。中学校の頃、“あの事件”で助けられて以来、一度も目にしていないその顔を見ようと、彼女は恐る恐る振り返った。

 短い黒髪に、清楚な顔立ち。凛々しい眉毛と鋭い眼光は、己が最後に見た時よりも険しかった。


――答えろ。 何をしている?


 それは冷ややかで、まるで氷柱のように香苗の胸を刺した。彼には軽蔑の眼差しが見えた。


――氏春ういはるさん!


 驚きの声を上げた哉沢しおりに氏春と呼ばれた男が彼女の元へと歩み寄る。180センチほどの長身が己を横切る瞬間、香苗は得体のしれない不安を感じた。


――大丈夫か?

――あ、はい……すみません


 どういう関係はよく分からないが、哉沢しおりが事件に首を突っ込む度、彼女の傍にいる刑事の噂を聞いたことがある。恐らくその刑事が目の前の男なのだろう。香苗は自分の心がゆっくりと凍り付くのが分かった。


――顔がはれている。来い、直ぐに冷やすぞ

――は、はい!


 手を優しく差し伸べる憧れの彼、それに小さく繊細な指を伸ばす哉沢しおり。その光景を呆然自失として見つめる香苗の耳に、周囲の囁き声が届いた。


――誰だよあれ?

――……のに、おっかねーな

――“ブラッド”か? 


 ブラッド、それはこの国の“法”を受け入れず、犯罪者を受け入れる“非常識者”、或いは“偏屈”な屑を意味する略称だ。

 この瞬間、香苗は理解した。


――ああ、そうか。間違っていたのは彼女じゃない。本当に間違っていたのは……この国の常識を受け入れられない“自分”だ。



 この日、土宮香苗は”世界”に絶望した。





 それからは早かった。瞬く間に香苗と哉沢しおりの衝突は大学を震撼させる噂として広がり、徐々に香苗の居場所を奪っていった。学内を歩くたび、香苗は後ろ指をさされ、聞えよがしに悪態を付かれた。香苗は段々と自分が完全に孤立してゆくのが分かった。


 そして数か月後、香苗は行政学部から理学部へと移ることを決意した。今の学部で受ける周囲の冷たい眼も理由にはあったが、それ以上に香苗は行政機関で働いていける自信が無かったのだ。未だにその言葉を耳にすることはないが、香苗は確かに一度だけ、あの現場で誰かが呟くの聞いてしまった。


――ブラッド、と。


 そんな認識を一度されてしまえばもう終わりだ。香苗はこの大学どころか、国での居場所を失ってしまう。ブラッドはこの国の誰もが“軽蔑”する対象。直接的な危害が加えられずとも、精神的な苦痛が伴われることには違いない。


 香苗は逃げるように、理学部へと移り、教育実習科目を受けた。教職はそれなりに安定した職で、もしも行政学部に入れなったから、目指そうと思っていたものだ。香苗は昔から子供が好きだった。裏表が無く、何時も周りから一歩引かれる香苗に対して親しげに接してくれるからだ……最も、それも小学校までだが。事実、現在教育実習生として通っている世田谷中学校でも、香苗は煙たがられている。


(……いや、あれは私が悪いのか)


 そこまで思考が行き当った香苗は静かに頭を振った。


 行政学部を出た時、香苗は必死だった。正直、あの事件で受けた周囲の悪意は香苗にとっておぞましく、トラウマになるほどの物だった。香苗は恐れた。また、同じような目を向けられることを。だから、彼女は必死に与えられたカリキュラムに取り組み、一生懸命自分を変えようとした。周りに自分が誰だか分からぬよう、厚い化粧で顔を隠し、思考をこの国の“常識”に浸らせ、何度も“法”を受け入れる“常識人”として振る舞おうとした。すると、どういうことか……香苗はその厳しく、嫌味な言動として見られる態度と、“ケバイ”外見から、気分の萎える先生、略して“なえセン”と呼ばれるようになってしまった。


 そんな彼女はたったの一日で見事にその悪名を全校生徒に轟かせ、名の知れた教育実習生となったのだ。


(……なぜ、あんな馬鹿なことをしてしまったんだろう)


 再度、己に対する呆れの息が漏れた。以前の香苗は確かにどうしようもないほどに嫌な女ではあったが、今は”ある少年”のお蔭で己を取り戻すことが出来た。だからこそ、以前の自分の行いを悔やんでいる。

 憂鬱な気持ちを抱えながら、顔を上げた。扉の向こうでは未だに騒ぐ女生徒の声が聞こえる。


(……まあ、いいわ)


 思考を放棄したのか、香苗は倦怠感を取り去るように、再び能面を被った。ガラリ、目の前の扉を開ける。

 その音に気付いた女子生徒がこちらを振り返った。


「……え、」

「あ……」


 しまった、とそんな文字が彼女たちの顔にありありと描かれている。だが、香苗は感情を見せることなく、淡々と彼女たちを注意した。


「下校時間よ。部活が無いなら帰りなさい」

「……はい、すみませんでした」

「いま、帰ります!」


 焦ったようにいそいそと帰り支度を始める二人。物の数秒で終わらせ、彼女たちは急いで教室を出た。気のせいか、その足は早歩きだ。


「さようなら!」

「土宮先生さようなら!」

「はい、さようなら」


 元気よく、莞爾として笑う彼女たち。「見事な演技力だな」と香苗は感心しながらも、彼女たちを見送った。


「……ほんとうに、女って怖いわね」


 自分も女なのだが、香苗はあえてそれを無視した。そう思ってしまったのだ。思ってしまったものはしょうがない。


 はあ、またもや大きなため息が漏れた。今日はいつも以上に疲れた気がする。“あの女”のことを思い出してしまったからだろうか。寄りそうになる眉間の皺をもみほぐしながら香苗は何度目になるか分からない息を吐いた。そんな時だった。


「なえセン、コレ終わったんだけど……あ、」


 低くも無ければ高くも無い、特徴の無い声が後ろで響いた。はあ。また、嘆息が漏れた。香苗は呆れの表情を今度こそ隠そうともせず、後ろを振り返った。


「別に良いわよ。もう“なえセン”で……実際間違ってはいないし」

「え……いや、あの。はい……すいません 」


 罰の悪そうな顔で視線を泳がす少年。ボサボサの黒髪に、どちらかと言えば清楚と言えるだろう顔には冷汗が垂れている。


“平凡”


 正にそんな言葉がピッタリな少年だった。見た目は普通、学力は中の下、運動も中の中。何処にでも居そうな少年だ。だが、香苗は知っている。彼には一つだけ“普通とは違う”ところがあることを。


「それで、終わったってことは採点しても良いのかしら?」

「はい」

「本当に? ……やっぱ、もう一回見直すって言うのは無しよ?」

「……無いです。た、多分」

「多分って……」


 ハッキリとしないその言葉に香苗は困ったような顔をした。


「……まあ、良いわ。じゃあ、待ったはもう無し。覚悟はいいわね……金城かなぎくん?」

「……あー、はい。宜しくお願いします」


 恐々と電子ノートを差し出す少年――金城を見て香苗は不意に笑った。


(……馬鹿正直な子)


「それじゃあ、教室に戻りましょうか?」

「あ、はい……あの、見回りは終わったんすか?」

「ええ、さっきね」


 多少ぎこちのない会話を続けながら二人は、目的の教室へと向かった。





 数十分後。



「……で、此処の公式はこうなるのよ。分かった? 金城……くん、 」


 ガランとした一階の教室の中、香苗は金城に勉強を教えていた。一つの机に二人は向かい合うように座っている。今は数学の復習をしていて、分からないところが幾つかある金城に香苗が公式の説明してやっている状態、のはずだった。


「……」


 金城は何処か上の空で、隣の窓を見つめている。香苗はその視線を静かに追って、外の景色へと目を向けた。


(……あれは、)


 燦々と輝く太陽の下。キラキラと光を反射する水しぶき。100メートル先の場所ではプールが見えた。そしてその周辺には、白い肌を惜しみなく曝す水着姿の少女たち。


(……この男、)


 ジロリ。香苗は金城を睨んだ。だが、彼がその眼光に気付くことは無い。何故なら彼の意識はその少女たちへと完全に向いているからだ。気のせいか目は三日月のように歪み、口角は自然と緩んでいる。


(……まったく、勉強の途中に何を)


 そのだらしない顔を観察していた香苗の視線が一ヵ所で止まる。


(あ……つるつるだ。やっぱり子供だものね)


 艶やかな白い肌。きめこまやかなそれに香苗の視線は釘づけになる。


(私もまだ大丈夫けど。この子たちはそんなこと気にしなくても綺麗なままなのよね……いいな)


 少し羨ましく思ってしまうが、それは仕方のないことだ。香苗はもう21、対して金城はまだ15だ。たったの6歳差、されど6歳差。それは埋めようのないものだった。


(……鼻筋、結構きれいに通ってるのよね。この子)


 頬から鼻筋へと自然と視線が映る。目、鼻、髪。香苗の視線が遠慮なく少年へと注がれるが、彼がそれに気づくことはない。それを良いことに香苗はじっ、と彼を見つめ続けた。観察するうちに、今まで気づかなかった少年の特徴に香苗は何時の間にかのめりこんでいた。


(薄い、な。でも、これはこれで結構……)


 視線の先、少年の唇を見ながら思考していると、香苗はふと我に返った。そして、


――ゴン


「えっ……!?」

「っ……」


 突然耳元まで響いた鈍い音に金城は驚きながらも意識を取り戻した。驚然としながらもその音の元凶に目を向ける。其処には乱雑に散らばった髪と、普段は見えない頭の旋毛。


「あ、あの……なえセン?」


 香苗は机に突っ伏していた。


(嘘でしょう……)


 気付いた衝撃の事実に、香苗は少なからずショックを受けた。心なしか、狼狽えているようにも見える。


「私……」


――今、欲情しそうになった……?


 その言葉が脳裏を過った瞬間、香苗の思考はショートした。心臓はバクバクと早鐘を打ち、胸が焦燥感に駆られる。


(うそでしょ。うそでしょ。いや、無いわ。そんなのは絶対にありえない!)


 そうだ、あるわけがない。何故なら相手はまだ、6つも下の中学生だぞ?

 断じてない。あるはずがないのだ。そんな馬鹿なことは。


 だが、少年の唇が己の脳裏から消えてくれることは無い。錯覚か、それは魅力的に見える。香苗は思わず頭を抱えた。


「……信じられない」

「……え、俺って、そんなに信んじられないほどに頭悪い!?」

「……いえ、うん。御免なさい。勉強に戻りましょう」



 放心状態のままでいるわけにもいかず、動揺する思いを抑えながら補修を続ける香苗。


――彼女は己の正気を疑った。







つづく。



本日は此処までお越しくださり、誠に有り難うございます。


この作品は金城理人を主人公とした「私は犯罪者ですか?」のスピンオフ作品、及びそれのテスティングバージョンです。

本当はちゃんとした連載として書こうと思っていたのですが、途中で「……誰も読んでくれなかったらどうしよう」と言う不安が湧き上がりまして、このような形で投稿させていただきました。

元は連載だったのを無理やり三つの話に詰め込んだので、先の展開を多少”匂わせる”キーワードなどがあります。


良い評価、及びお気に入り数などを頂けることが出来ましたら、このお話をちゃんとした連載として投稿させていただきたいと思います。


尚、ヒーロー金城理人がどのような人物かを知りたいと思った方は宜しければ「私は犯罪者ですか?」までお越しください。


http://ncode.syosetu.com/n4552cd/


念のため忠告しておきますが、うちのヒーローは本当にフツメンです。

美形とかチート的に強いとかそんな要素は一切ありません。むしろ、ちょっとおバカです。

ご都合主義を自ら禁じているため、四苦八苦しながらも金城くんは自分の力で道を切り開いていきます。


最初の展開は多少遅めですが、最後まで読んでいただけると幸いです。

尚、今の所香苗さんの出番は増えはじめていますが、少しモブに近いポジションに居ます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ……22世紀には、義務教育は延長されているのですね。(現在16歳は高校生なので)
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