変人たちの台頭 前篇
(ペットとは何たるか。)
僕は弁当のおかずである鮭の塩焼きをほぐしながら、じっくりと考えていた。もちろん、決してその考えを声に出したりはしない。
今は学校の昼休憩である。教室では生徒たちがそれぞれに机を移動させるなりして、楽しそうに昼食をほおばる。まったく、僕の苦悩はよそに、教室は絵にかいたような平和だ。
「どうしてお前は崩れきった鮭をさらに分解してるんだ?」
その言葉にハッとして手元を見ると、鮭の塩焼きは鮭フレークも顔負けのほぐれ具合と化していた。もはや箸で掴むのも困難なレベルの細かさである。・・・僕の思考回路は僕自身も気づかないうちに、じっくりコトコト煮詰まっていたようだ。
「・・・なあ、夏目。一つ質問してもいいか?」
「んー?」
僕は目の前でコンビニのパンを食んでいる友人・夏目裕に尋ねた。
「ペットってさ、なんだろうな・・・・。」
「そりゃあ、まあ、家族の一員っていうか・・・一緒に遊んだり、散歩したり。」
「――――――散歩、か。たしかにペットって散歩するよな・・・。」
「んー・・・まあ、猫はあんまり散歩させるってことはないだろうけど・・・。だいたいはするんじゃないか?」
夏目はパンを食べている手を止め、牛乳に手を伸ばし始めた。
「散歩ってどんな風にするんだっけ。」
牛乳を快調に吸引する友人も、さすがに怪訝そうな顔をみせる。
「どんな風って・・・。首輪つけて、リードつけて。」
『首輪』、『リード』・・・。僕は首輪とリードを付けたうーたんを散歩させている姿を想像してみた。きっと公園なんかをのどかにウォーキングするんだろう・・・
――――――――うん。完全に奴隷と支配者だな。
「なに?お前ん家何か飼いはじめたの?たしか、弟くんのアレルギーで飼えないって言ってなかったか?」
着々とパンを消費してゆく友は、口いっぱいにミニクロワッサンを突っ込みはじめる。
「ああ、今回のヤツは大丈夫なんだよ。」
僕も崩れきった鮭の塩焼きを必死で掴みながら、口に運んだ。食べにくいながらも、やっぱり鮭は美味い。
「大丈夫なヤツって、まさか・・・ハダカデバネズミじゃないだろうな。」
「大丈夫だ、それはない。」
そう即答しながら、今度は卵焼きに箸をのばした。卵焼きは硝の大好物である。本来なら兄として弟にプレゼントしてあげたいものだが・・・。
「で?結局なにを飼ってるわけ?」
目の前の食物をすべて胃袋に収納し終えた友人が言った。
「んー?実はさ、宇宙人なんだよね。」
「へー、変わったモン飼ってるなぁ。今度見に行ってもいい?」
「え。――――あぁ、いいよ。」
まだ平和だったころの教室での、他愛もない会話であった。
まさか、この会話が僕の今後に大きな影響を及ぼそうとは・・・。
* * *
文月充は、開け放たれた窓から入ってくる風を、心地よく肌に感じていた。授業では使われていない少人数教室たる部屋を私物化し、彼はよく休憩時間をそこで過ごしている。
ふと、その整った顔をあげた。そして、呟く。
「だれかが・・・私を呼んでいる―――――――気がする。」
彼は、自称・勘の鋭い男である。そして、自分の根拠のない直感を疑う、という行為を知らない。
「どこだ、私の探究心をまさぐる輩は・・・!」
唐突に教室を飛び出し、当てもなく駆けてゆく。もちろん、当てもないということは、進行方向すらも勘である。
彼は超常現象同好会唯一の部員であり、部長。そして、学年一の変人である。
* * *
「ぅぉぉォォオオオオオ!!!!」
恐ろしい雄叫びが、廊下に響いた。そして、徐々に近づいてくる。僕を含めた教室にいる全員が、意味もなく静まる。
「くぉこかぁぁーー!!!」
ものすごい勢いでドアを開けられ、その反動でドアが瞬時に閉まった。さらに冷たい空気が流れる教室。・・・何なんだ、一体。
改めて、丁寧にドアが開く。ガラガラと開いたその先には、同じく高校2年生の生徒がいた。顔はイケメンだが・・・・。
「僕の感覚が正しければ、この教室で宇宙人の話をしたものがいるはずだ!さあ、出てこい!この超常現象同好会部長に、その不可思議さを語ってみろ!」
頬を赤くして息を切らし、実に嬉しそうに叫んでいる。教室内の生徒たちは、一致団結してドン引きした。
と、夏目が肘でつついてきた。そして、耳元でささやいた。
『おい、玪!お前のことなんじゃないか?』
『そんなこと言われても・・・この状況ではい僕ですなんて言えないだろ。』
『・・・たしかに。』
彼はおそらく、文月だろう。僕は噂(変人とか、ナルシストとか)程度にしか聞いていないが、実際に会ってみると、本当に変人であった。実に、残念なイケメンである。ついでと言っては何だが、できればあまりお近づきにはなりたくない。
「ほう、声をあげずとも私には分かるぞ?これは私に対する挑戦と受け取ってもよいのだな・・・?フッ、私ほど勘が鋭い人間ともなれば一発で見抜けるのさ――――!」
ごくりと、唾を飲んだ。ここで捕まってしまえばどうなるか分からない。しかし、僕等の日常会話をも感覚で突き止めるほどの勘の良さ・・・。こいつはホンモノなのかも・・・。
なぜか、緊迫した雰囲気が流れた。まるで結果を待つ受験生のようだ。
「―――――――ズバリ!お前だぁっ!!!!」
教室内の生徒も、いつの間にか群がってきた野次馬達も、全員が文月のしなやかな指がさす方へ注目した。その指先は――――――――――――