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壊れた世界の子供たち  作者: 五葉ノート
三章 再生への渇望と犠牲
8/15

08

 ソニアが装置の中へ石を入れた。石はゆっくりと装置の中に沈み、光を発し装置の中心へと登り始めた。

「数分で充填が可能となります。それが終われば、輪廻運動によりエネルギーの循環はほぼ問題ないでしょう」

「うむ、来たるべき時だ。アインを起動させ再生の光を空へと掲げる」

 プロフェッサーは恍惚とした表情でその光に見入っていた。

 これで俺たちが敵対する事は無いということだろうか。イッカクは少し緊張を緩めると腕を組んで、視線をソニアに向けた。

 マイルスは面白くないように視線を外し、ホレスは小さく頷きソニアの肩を叩いている。

 リナは終始無表情のままだった。プロフェッサーの横で、何事もなかったように待機している姿が不気味だ。感情のまったくない、まるで人形のようなその瞳に俺は寒気を感じてしまう。

 まずは一度状況を整理しよう。俺は大きく息を吐くとイッカクの肩に手を置き、訊きたい事があればと手で合図を送った。

「……ソニアと言ったか、具体的にはどうやって月を正しい位置に動かすんだ?」

「まずはそれぞれの光の柱を形成させる。柱が安定すると三本は引力と斥力を生み、互いの位置と――」

「おいおいイッカク、もっと他に訊くことがあるんじゃないのか? もう難しい話はさっぱりだぜ。なぁソニア、その装置から光が出れば、あの黒い雲も消えるのか? そしたら青い空が広がるのか!」

「あ……ああ。きっとそうだろう。私も青空を期待している、それももう間近だ」

 ソニアが笑顔を見せた。ニネットと同じ優しい笑顔だ。イッカクは質問を遮られたせいで、幾分納得のいかない表情を浮かべていたが、今は辛気臭い話は無い方がいい。

「ようやく纏まったようだな……ふぅ。俺は肩が凝っちまったぜ。すまなかったなツバメ」

「気にすんなよおっさん、俺も一安心だ」

「……ケッ、平和な奴等だぜェ」

「マイルス、お前は口が悪いぞ」

 ホレスがマイルスを指差し注意する。あいつに対する怒りは収まっていないが、この件についてはもう忘れることにしよう。

「協力はしているんだ、食料と燃料は要求させて貰うぞ? 家は育ち盛りの子供がいるんでな」

「食料と燃料の提供はさせて貰う、我々も助かった。キャンプに戻ったらホレスに用意させよう」

「ソニア、後は任せる」

 プロフェッサーは目的を果たしたせいか、すぐに機械に向かい装置の確認を始めた。慌しくボタンを触り始めると、部屋中の機械に灯が点りだした。

 中央に置かれた装置から振動が響き、水の中の泡が浮かんでは弾けている。石の光量は増し、見つめているだけで目がちかちかする。

 視線を外した先では、マイルスは飽き飽きした様子で隅に置かれた椅子に腰掛けた。懐からナイフとりんごを取り出すと、器用にりんごの皮を剥き始めた。

「はうぅぅ」

 前回のりんごで味を占めたのか、ニネットはマイルスを眺め、指を咥えて目を輝かせている。

「ニネット、よだれ出てるぞ……」

 俺はニネットを横目に少し呆れ、装置へと近付いた。

 装置の近くには俺とイッカク、少し離れてソニアとホレスが立っていた。

「ソニア、お前たちアース・リザレクターは向こう側の住人なのか?」

 イッカクは額に手を当て光を遮ると、ソニアを見ずに会話を始めた。

「ああ、向こう側と言っても広いがな」

「アース・リザレクターは他にも大勢いるのか?」

「向こう側の装置を管理、研究する者が十名、月の石を探すメンバーが他に二十名ほどいる。プロフェッサーはこの計画の要であり、組織の核となるメンバーは私たち五人だ」

「活動は何年になる」

「壊暦後から活動する一部のメンバーは二十五年になる。私で十年程だ」

「随分と長いんだな、ホレスのおっさんも研究者なのか?」

「俺は元々軍人だ、コレを見ろ、砂漠の蛇と言えばその筋では有名な部隊だったんだぞ」

「軍人……どおりでつええ訳だ」

 ホレスの刺青をよくみると、蛇の口からは蛙の足のような物が飛び出している。蛙を丸呑みする蛇の刺青なんて、まったくいい趣味してやがるぜ。

「フッハッハッハ。見よツバメ! この美しい肉体を!」

「見ん」

「つれないな少年」

「ったく……そういえば十年も活動してるって言ってたけど、ソニアは一体いくつなんだ? もしかして結構年上なのか?」

「私は二十七になる、父と母が死んでからはお祖父様に育てられ、十五で組織に入ることを決めた」

「へぇ、そうなのか」

「どうしたツバメ少年、ソニアに惚れたか? ソニアは美人だからなぁ!」

「ばっ、バカやろう! そんなんじゃねぇよ!」

 俺は顔が赤くなっているんじゃないかと慌ててしまった。ソニアは確かに綺麗だが、俺はどっちかと言うとニネットの方が……って何言ってんだ俺!

「ガッハッハ! 照れる事もあるまい、年頃の男なんだ、堂々と興味を持て!」

「なんだようるせぇな、俺はニネットとそっくりだったから、ちょっと気になってただけだよ……」

「うぅむ、確かにお嬢ちゃんとよく似ている。それは俺も思っていた事だ」

「見た目もそうなんだけど、石を持ったら光が止まるとか変わってるよな、もしかして本当の姉妹だとか?」

「いや、私に姉妹はいない」

「そっか。でも前に見た本には、世界には三人、自分とそっくりな奴がいるって書いてたぜ。きっとそれなんじゃないか? うん、きっとそうだ、オッペラケンガーだ」

「ツバメー、それを言うならドッペルゲンガーだよう」

「そうだっけ?」

 ニネットは相変わらず物知りだ。無邪気にスキップをする様子はまさに子供だが、天才というのはみんなこのような感じなのだろうか? 

 ニネットはソニアに駆け寄ると、顔をまじまじと見つめ笑顔で言った。

「でも本当にそっくり、鏡みたいー。はい右手ー左手ー。くるっくるー」

 ニネットがソニアの前で両手を交互に上げた。ソニアはニネットの突然の行動に戸惑いを見せながらも、ニネットに合わせて手を動かす。

「今度はこっち上げてぇ、こっち下げないでこっち上げるぅ、はいはいっ、そっち上げないでぇ、こっち下げない、ぐるっと回ってぇ」

「え、あっ、こ……こうか?」

「くるくるー、ぽん!」

 両手を挙げたニネットがソニアの手を叩いた。

 ぱちんと音を立てた瞬間。装置の中の石が突然光を失い、部屋中が真っ暗になった。照明だけではなく全ての機械も電力を失う。そしてすぐに赤いランプが点灯し、警告音が鳴り響いた。

「な、なんだよ一体!」

 警告音が響いたが、それはすぐに収まり、装置も何事もなかったかのうように再び稼動を始めた。

 石は発光を戻し水の中で浮かんでいる。二人が手を叩いた瞬間に装置がおかしくなった? まさかな。

「うるせェなァ」

 マイルスがイライラした様子で林檎を噛み砕いた。

 静かになった室内で、その場にいた者全員が辺りを見回していた。しかしプロフェッサーだけは落ち着いた様子で一点を見つめている。

「そうか……お前はアルファナンバーか。浸水によりカルティベーションルームのナンバーは全て失われたと考えていたが、なるほど、誕生した個体がいたのだな……」

 俺はニネットを凝視するプロフェッサーの鋭い視線に気が付いた。小さく揺れる薄気味の悪い目の光。どうも様子がおかしい。

 ニネットを見つけたこの研究所は、アース・レザレクターと深い関係のあるものだった。ニネットとソニアが似ている事にも、何か理由があるのだろうか。

「ククク……」

 突然プロフェッサーの低い笑い声が響いた。

「……お祖父様?」

「アルファナンバーN。ニネット……そうか、ドクターサカザキはそう名を付けたのか、フフフ。コアだけでなく、ナンバーまで手に入れる事が出来ようとはな、クハハハッ」

「なんだよいきなり、アルファナンバーって何の話をしてんだよ……」

 プロフェッサーは杖を握ると、三度床を叩きリナに指示を出した。

(リナ)、男二人を殺れ、(ニネット)は生かして連れて行く」

「インポータントコマンド。サー。マスタープロフェッサー」

「え?」

 殺せという突拍子も無い言葉に驚いたのは、俺達だけではなくソニアとホレスも同様だった。

「ど、どういうことですかプロフェッサー……石を渡すという話でこの件は片付いたのでは!? やめろリナ、動くな!」

 ホレスの言葉を無視し、リナは無表情のまま銃を抜いた。

「マスターコマンドを。最優先と。します」

 リナはの素早く銃のロックを解除し、躊躇無くスライドを引いた。照準をこちらに合わせ、引き金に指が伸びる。機械人形のように動くその瞳は紅く染まっていた。

「イッカク!」

 俺の叫び声よりも先にリナがイッカクへ向けて発砲した。だがイッカクは素早く身を屈めると、リナの弾を避けすぐに走り出す。

「ツバメ! ニネット! この場から逃げるぞ!」

 イッカクは俺とニネットの名を叫ぶと、部屋の外へ出るよう指示を出した。

 二つ目の銃声、銃弾は天井の照明を砕いた。俺とイッカクは無事に扉へ辿りついたが、ニネットの姿が無い。

 三つ目の銃声、今度は床に当たり弾が兆弾する音が聴こえた。俺とイッカクはニネットがリナと戦っているのだと瞬時に理解した。

「ニネット!!」

 俺たちは二人は同時に飛び出した。ニネットは二発の発砲を交わし、リナに向かって蹴りを放っていた。

 頭を狙ったニネットの蹴り。しかしリナは頭上で腕を十字に交差させると、見事なまでにニネットの攻撃を防いでしまう。

 リナは衝撃で後方へと下がるが、怯む事無く交差した腕を弾きニネットを飛ばした。左足を一歩前に出して銃を構えると、再びニネットに向け発砲を行う。

 ニネットは照明を片手で掴むと、器用に空中で回転し弾を交わした。

「ツバメ、理由はわからんがニネットが狙われている。俺があの女を狙う間になんとかニネットと協力しろ!」

「わかった!」

 イッカクは逃げろとは言わなかった。協力しろと言うことは戦うと判断を下したのだ。

 俺たちが動いたのをすぐに察知したリナは、イッカクに銃を向けた。イッカクは転がった椅子を蹴り上げてリナの視界を防ぐと、ニネットはイッカクの攻撃に備えて大きく横へと飛んだ。椅子に弾ける金属音が二回、イッカクもまた銃を構え発砲していた。

 イッカクがリナを抑える事が出来れば、ソニアとホレスが動揺しているうちに、俺とニネットのどちらかでマイルスを狙う。プロフェッサーから護衛を引き離せば、頭を狙うのは簡単だ。群れを抑え込む手段は狩りと同じ、俺たち三人は同じ考えの元で動きを揃えていた。

 三人の意思の疎通は完璧だ、何年も共に過ごしてきた兄弟の絆は伊達じゃない。ニネットの瞳は既にマイルスを捉えている、となれば頭を狙うのは俺の役目だ。既にナイフの刃は抜いている、まずは中央装置の影に隠れ、一気に後ろを取る!

 イッカクが蹴り上げた椅子が床に落ち、不快な音を立てて砕けた。そしてイッカクの放った弾丸はリナの右腕を撃ち抜いていた。鮮血が散り、リナはすぐに銃を落とすかと思われたが、痛みを見せる様子も無く、震える肘を左手で抑え無理矢理に発砲を続ける。

「――っ!」

「イッカク!」

 リナの放った弾丸がイッカクの肩を貫いた。

 イッカクは痛みに顔を歪めながらも、足を止める事無くリナに向けて銃を向ける。イッカクの撃った弾はリナの腹と足を撃ち抜くが、それでもリナは怯む事無く引き金を引いた。

 イッカクは急所を外して狙っていたが、リナはまるで痛みを感じていない様子だった。その人間離れした行動に目を疑い、俺とニネットは一瞬の油断をしてしまう。

 俺たちの視線がイッカクを向いた時、マイルスはニネットに飛び掛り髪を掴んだ。ナイフの刃を首元に当て、ニネットの金色の髪を引く。

「きゃぁぁぁ!」

「ケケ、大人しくしてろ女ァ。なんなら俺が半殺し程度に八つ裂きにしてやろうかァ?」

 プロフェッサーは正面にいた。左右にはイッカクとニネット。瞬時の判断が出来ず、俺はその場で動けなくなってしまった。

「ツバメ、受け取れ!」

 足が止まった俺に対し、イッカクは動きを止めるなと言わんばかりに大声を上げた。

 リナの放った弾丸がイッカク体を貫き血飛沫が飛ぶ。怒りと不安に襲われながらも、俺はイッカクの元へと走った。

「やめろマイルス、リナ! そいつらを傷つけるな!」 

 ニネットの悲鳴、ホレスの恫喝、静止しようとするソニアの声。様々な声が交差し入り乱れていた。

「うぉぉぉぉぉ!」

 イッカクは叫び銃を撃つ。すぐに頭上に浮かび上がった薬莢、それに続けてイッカクの投げた銃が空へと舞った。イッカクはリナを馬乗りで抑え込むと、両手でリナの首を絞め始めた。

 俺はイッカクの投げた銃を掴むと、すぐにマイルスに向けて銃を構えた。

 リナは意識を失い、腕がゆっくりと落ち手からは銃が転がった。俺は大袈裟なまでに声を上げた。

「マイルス!!」

「おっとォ動くなァ、女に当たるぜェ?」

 マイルスはニネットの髪を乱暴に掴み、俺の構えた銃口の前にニネットを突き出した。

「マイルス、駄目だ!」

 ホレスはマイルスの危険を察知し叫んだが、マイルスはそれを理解出来ていない。そしてもう遅い。

 イッカクはリナの落とした銃を片手で拾うと、遮る物のないマイルスの頭を一発で撃ち抜いた。マイルスの手からは、金色の髪とナイフが滑り落ちた。

 イッカクはホレスに銃を向けて引き金を引いたが、既にリナの銃は全ての弾を使い果たした後だった。

「おいおい……マジかよ」

 ホレスとソニアはマイルスが倒れた瞬間、慌てて銃を抜いた。イッカクは血まみれになりながら、床へと崩れ込む。

「いやぁぁぁぁ! イッカクぅぅぅ!」

 ニネットの悲痛な叫び声が部屋中に響いた。

「ちくしょう! てめぇら……一体どういうつもりだ! 石を渡したんだ、それで文句なかったんじゃないのか!?」

 ソニアとホレスは銃を構えていたが、動揺した様子でそのまま動く事が出来ず、二人からの返答も無いままだった。

「少年よ、事情が変わったのだ。Nは貰っていく。いや、正確にはそれは私の物なのだ。Rと同じアルファナンバー。私の傑作品だよ」

「ほんっと意味わかんねぇ!」

 俺はプロフェッサーに銃を向けたが、混乱しかけているニネットが気に掛かっていた。

「お祖父様! どういうつもりですか、この者達との話は付いているではありませんか!」

「ソニア、ホレス。これが初めての犠牲という訳でもないだろう。我々に残された時間は少ない、一を救い百を失うか。百を救い一を失うか。そういう選択で物事を捉えよ」

「しかしお祖父様、突然すぎて理解が出来ません……何も殺すなどと!」

「女を渡せと言えば、大人しく従う連中に見えるのか?」

「しかし!」

「黙れ! お前の父や母はどうして命を失ったのだ? ホレス、お前の家族は何が原因で死んだのだ? 月の落下が全てを壊したのではないのか! 何もかもを失ったこの世界で、今更大小についての問答をする気はない。必要な物は手に入れる、障害があれば取り払うまで。僅かな感情の流れで根本を覆すな!」

「それは心得ております、しかし……この場でそれは!」

 突然、爆発音が響き、建物全体が揺れはじめた。

「施設の破壊システムを起動させた。装置を残してこの場は沈下を始めるだろう」

「お祖父様!」

「ホレス、Nを連れて来い。ソニア、Rが無き今、誰が私の椅子を引くのだ?」

「……っ!」

 仲間が倒れているのに、動じずに冷たい言葉を放つプロフェッサーに俺は恐怖を感じてしまった。

 ホレスが覚悟したように銃を発砲した。俺の持った銃はホレスの放った銃弾によって弾かれてしまう。

「すまん……」

 ホレスは表情を曇らせたまま俺に銃を向けていた。二人はプロフェッサーの指示に従って動いている。俺が少しでも動こうとすると、ホレスは容赦なく足元を狙い撃った。今動けばホレスは確実に俺を撃ち抜くだろう。

 俺は何も出来ないまま、ただニネット連れ去られるのを見ているしかなかった。

「いやぁぁはなして! ツバメ! 助けてツバメ!」

 機械が爆発し黒煙を上げた。天井の小さな機械が水を撒き、俺はニネットの姿を確認出来なくなってしまう。すぐにでも追いたかったが、イッカクをそのままにしては置けない。

 床を濡らす水が赤に染まり俺の足元へと届く。僅かに震えながらも一歩前へ足を進める、ホレスの銃声は聴こえない。俺は悔しさを噛み締めながらイッカクの元へと駆け寄った。

「イッカクしっかりしろ!」

 イッカクの体を抱き抱えると、俺は直ぐに傷の確認をした。傷の全てが深く血は止め処なく流れている。イッカクは僅かな意識を保ちながら、小さく囁いた。

「ツ……バメ、俺の事はいい……ニネットを、たす……けろ」

 こんな時まで家族の心配なんかしやがって、イッカクは自分の事はいつも後回しだ。こんなになるまで家族の事を考えているというのに、俺はニネットを救う事が出来なかった。

「ごめんな、守ってやれなくて……大変だろうけど、お前が、みんなを……守ってやるんだぞ、大丈夫かニネット……ニネット……」

 イッカクは腕を伸ばしたが、目が見えないのか、ニネットがいた場所とは反対の方向へ向き、必死に虚空を掴もうとしていた。

「何言ってんだよ! みんな家で待ってるんだ、一緒に帰るんだろイッカク!? ニネット、何やってんだよ! お前ならそんなやつ等なんて楽勝だろ! 早く終わらせてイッカクを外へ連れて行くんだ! ニネット!」

 もうこの場にはいないであろうニネットに向けて俺は大声を上げた。

 冷たくなるイッカクの体。月のコアが一層強い光を放ち始めた。爆発により天井が崩れ、破片が部屋に散乱する。

「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」

 今更になってあの時動けなかった自分を後悔する。例え弾丸を受けようとも、どうしてあの時ニネットに手を伸ばしてやれなかったのか。なぜイッカクと同じ行動が出来なかったのだろうか。

 俺はイッカクを背負い、扉へと向かった。

 何度も建物が揺れ、部屋の床が崩落を始める。必死に手すりを掴み階段を辿って降りていると、すぐ横で大きな瓦礫が落ちてきたが、俺はそれを気にする余裕も無かった。

 巨大な柱が軋み、地下からは水が溢れる音がする。

「コッコ……コチ……カモメ……レンカク……キジ」

 イッカクが家族の名前を呼び始めた。

「コバト……ヒバリ……クイナ……ノビタキ」

 ここ数日の出来事が、頭の中を一気に駆け巡っていく。

「セッカ……ハチクマ……」

 どうしてこんな事になったのか。俺があいつ等に興味を持ったから? 光る石を見つけてしまったから? 青い空をみたいなんて言ったから?

「ニネット……」

 全ての行動に後悔を感じる、あの時何かをしなければ。あの時何かをしていれば。

「みんな仲良く……するんだぞ……」

 イッカクの思いが胸に響く。俺はイッカクに心配ばかりを掛けていたに違いない。

「ツバメ……ツバメ……」

 返事なんて出来なかった。溢れる涙を止められず、震えで喉が開かない。

「一番上は……大変なんだぞ……アトリの面倒も……見なくちゃ……な」

 世界を救うという者に、俺たちの世界が奪われた。

 理不尽なまでに容易く摘まれ。小さな希望をも見失う。

 僅かな夢も、大事な家族も。大事な兄も。俺の手の中から全てがこぼれていく。

「泣くなよツバメ……お兄ちゃんだ……ろう」

 耳の奥まで響いた。イッカクの言葉。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! イッカクぅぅ!」

 叫んでも誰も解決してくれない、叫んでも誰も助けてはくれない。それでも俺は叫ばずにはいられなかった。

 全てを包み込んでくれたイッカクの大きな手は、赤く染まって揺れていた。

 俺は何人の家族と出会い、俺は何人の家族を失ってきたのだろうか。俺達の世界はなんと儚いものなのか。斑陽の向こうに見えた空は、とても遠い。

 イッカクの声が消えた瞬間。足元の床が崩落し、俺はイッカクもろとも建物の底へと落ちていった。

 もうこのまま死んでもいいと思う程に、俺は絶望に包まれていた。


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