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壊れた世界の子供たち  作者: 五葉ノート
一章 壊れた街
3/15

03

「おーい、今戻ったぞ」

 焚き火の前で並ぶ子供達に、俺はわざとらしく収穫したピックとりんごを見せつけた。食べ物の中でも甘い物は珍しい。コッコとコチが真っ先に俺の方へと駆け寄ってくる。

「ツバメにぃちゃんどうしたのそれ!」

「なにそれ赤いの! きれいな色!」

 初めて見る赤い果実に、二人の茶色い瞳がきらきらと輝き始めた。期待に胸を膨らませるコッコとコチに、俺は自慢気に答えてやることにした。

「これはな……」

「おう、ツバメ戻ったか。珍しいな、林檎じゃないか」

 って俺が言おうとしたのに! イッカクはいつもおいしい所を持っていく気がする。

「イッカクにぃちゃん、リンゴってナニ!?」

「コッコ、林檎って言うのはな、果物だ。赤ければ赤いほど甘いらしいぞ」

「甘いの? すごいツバメにぃちゃん! ちょうだい!」

 あーあ、あの物珍しそうに目を輝かせる二人をからかうのが、俺のささやかな楽しみだったのに。まぁいいや、それより大事なのはニネットの背中の子供だ。

「はいはい。これは夕飯のデザートにみんなで食おうな。それよりイッカク、ニネットが子供を拾ってきたんだ。野良の子でまだ小さい」

「そうか、また一人増えたな。よし、それじゃあ今日の狩りは気合入れて行くか」

 イッカクは何の問題もないとばかりに、連れて来た子供の頭を優しく撫でた。

 これで家族は十五人。十歳に満たないチビが五人もいるって言うのに、イッカクの余裕はどこから来るのだろうか。あれがオトナの余裕ってやつか? りんごよりも赤い色の髪を掻き揚げながら、イッカクは豪快に笑っていた。


 三階建てのビルの廃墟に俺たち家族は住んでいた。床が崩れている所もあったが、中はいくつもの壁で区切られ個室となっている。大人数が住むには丁度いい場所だ。

 家族は今日拾った子を入れて十五人。上は二十五歳のイッカクから、下は五歳のコチまで男が七人、女が七人(野良の子はどっちかまだ判らないが……女の子かな)の大家族だ。

 世界崩壊より後に生まれた子供は、壊れた世界の子供と呼ばれていた。

 イッカクは月が降った日に生まれた子供で、丁度二十五歳を迎える歳だった。壊歴では二十五歳までを子供として扱い、この場にいる全員が本来の世界を知らぬ子供たちだった。

 イッカクは五歳まで母親に育てられたと言っていた。五歳の時に強盗に襲われ母親は命を落としたらしい。

 イッカク以外はみな親がいない子供だった。物心ついた時から、瓦礫を漁り、人から物を盗んだりして生きてきた。俺もその一人だ。

 俺がイッカクに出会ったのは十歳の頃だった。市で泥棒をして見つかった時、イッカクが銃を持った店主を棒で殴り俺を助けてくれた。イッカクが助けてくれなければ、俺は確実にあの場で死んでいたと思う。イッカクは命の恩人だった。

 イッカクに付いていくと、そこには俺と似たような境遇の子供が数人いた。イッカクはその頃から既に俺たちのような子供を集め、生活を行っていたようだった。

 イッカクはそんな子供達を拾ったり助けたりしていたので、自然と子供の数は増えていった。一時期は二十人を越える家族になった事もあったが、病気で死んだり、人身売買目当ての奴隷商人にさらわれたりして、今では十五人の家族として収まっている。

 家族になった者に対し、イッカク三つの約束事を伝えた。一つ目は極力盗みを止める事。良心からではなく、報復や反撃に会う事を恐れたからだった。大人はすぐに人を殺す、草木の枝を折るようにいとも簡単と。そうならないように自分自身で必要な物は手に入れろということだった。

 二つ目は宝物を見つける事。自身と同じように大切に出来る宝物は、心が折れそうな時の支えになってくれる。大事な物があると言うことは、心に余裕が出来るとも言っていた。

 三つ目はこの世界で最後まで生きる事だった。『生を望むのならば自らで掴め』はイッカクの口癖だったが、この世界での生活に苦しみ、大人といえど自らの命を絶つ者は少なくなかった。

 その為、イッカクは生きる力を身につける事にも拘っていた。海での狩りや、食物の育て方。野草の見分け方や護身術まで。例え小さな子供と言えど、イッカクは家族全員に小さな刃物を持たせるようにしていた。生きて行く上で最低限の必需品だからだ。

 そんなイッカクのおかげで、俺や子供達は幸いにも盗みに頼らず生きていけた。

「おいツバメ、何ぼーっとしてんだ。この子の名前を決めよう、あの本を取ってきてくれるか?」

「あ、あぁ、分かった」

 元々俺たちには名前が無かった。イッカクは母親から付けられた名前があったが、俺たち親無しに名前なんてものは無い。だからいつも子供が増えると、ある本から名前を取ってつけるのが習慣となっていた。

 ニネットと同じ十五歳のハチクマの部屋には『大空を舞う鳥図鑑』の本が置いてあった。その本には青い大空を飛び交う鳥達がたくさん載っている。

 その本を読む度に、こんなに綺麗な空を飛び回れていたなんて、鳥っていうのは幸せもんだなと思う事がある。今では月に数回しか鳥は見かけない。

 丘の上に住むじじぃが俺にくれた本だったが、ハチクマはよほどその本が気に入ったのか、毎日のように本を読みに俺の部屋へ来ていた。そんなに好きならばとハチクマの誕生日にあげた本だったが、ハチクマはそれを宝物にすると、とても喜んでいたのを覚えている。

 俺からすれば鳥を見ても食料にしか見えないので、本よりも実物が欲しいところだといつも思ってしまう。ニネットも同様で、実物の鳥だけではなく、本をみただけでもよだれを垂らすことがあったので、なんだか鳥がかわいそうに思えてしまう事もある。

「ほらよ、どんな名前にするんだ?」

 昔は字が読めるのはイッカクだけだったが、ニネットが家族になってからは全員が文字を読めるようになっていた。

 ニネットは天才だ。知識と言うものはいくらあっても困らない。今では全員が本を覗き込み、あれがいいこれがいいとページを捲っている。

「ねぇねぇ! これなんてどう? 小さくてかわいい鳥だよ、アトリって書いてある、ぴったりじゃない?」

 ニネットの一つ上、一番上のお姉さんであるセッカが言った。全員が頷いていたが、ニネットは違う。

「にねはこれがいい! ハジアカハラヤブモズ!」

「お前のはいつもなげ―んだよ……」

 あきれた様子でニネットの三つ下であるクイナが言った。そういえばカモメの名前をつける時に、ソリハシセイタカシギがいいとニネットが言っていたのを思い出した。なぜか今でも忘れずに、この名前を言えるのが不思議だ。

「よし、全員一致でアトリに決まりだ。よろしくな、アトリ!」

「アトリちゃん、宜しくね」

「仲良くやろうぜ」

 皆が口々にアトリの名を口にした。アトリは嬉しそう笑顔を見せたが言葉は話さなかった。

「さて、新しい家族の名前が決まったところで、そろそろ狩りに行くか! 冬になる前に食料を多く集めておきたいが、最近はどうも収穫不足だ。日が暮れるまでに出来るだけ集められるようがんばってくれ」

「はーい!」

 ニネットが元気よく返事をした。今日はりんごを食べたおかげか、いつも以上にご機嫌だ。

 ニネットは狩りが得意だった。調子のいい時は一人当たり三匹の魚を捕まえる事もある。他の者は一日中頑張っても獲物が取れない時があるというのに、ニネットは毎回必ず獲物を捕まえてくる。腕がいいとか、そんな簡単な言葉では片付けられないと思う事がよくあった。

 ニネットは誰よりも頭が良くて、誰よりも強い。狩りの腕も申し分無く、いつも明るくみんなを幸せにする力を持っていた。

 そんなニネットを初めて見つけたのは俺とイッカクの二人だ。

 使える物が無いかと崩れかけた建物の中を探した時だった。環境保険管理センターと書かれたその建物は半分が水の中に沈んでいたが、僅かな隙間から建物に侵入することが出来、その立派な建物に獲物を期待していた。

 建物の内部は不思議な場所だった。研究室のような部屋がいくつも並び、何に使うかも判らない機械がたくさん並べられていた。収穫といえば白くて長い服や、窓を隠せる大きなカーテンぐらいで、期待とは裏腹な収穫に残念に思ったのを覚えている。

 諦めて帰ろうとした時。どこかで泡が弾けるような音が聞こえた。それが気になった俺たちは、浸水している建物の奥へと進むことにした。

 斜めになった階段を下り、半開きになった自動扉の間を潜った。通路には電気が通っているようで、奥の部屋には非常灯の明かりが薄く点滅していた。

 浸水した通路を抜け辿り着いたその部屋には、大きなカプセルが七つ並んでいた。部屋は傾いており、僅かに崩れて浸水していたせいで、六つのカプセルは海水に浸かっていた。

 六つのカプセルのガラスは割れ、中には何も入っていなかったが、部屋の隅に置かれた最後の一つは無事で浸水も免れていた。

 中を覗き込むと小さな女の子が眠るように横たわっていた。カプセルの中の少女。まさか人がいるとは想像もしていなかったが、蒼白でやせ細ったその子を俺達は放っておくことは出来なかった。

 赤いランプのボタンを押すとカプセルの中の水が排出され、ガラスの扉がゆっくりと稼動した。触れると崩れてしまいそうなか細い腕、生気の無い表情は本で見たアネモネの花よりも白かった。俺はその時、世界で一番美しいものを見たような気がしていた。

 イッカクがその子を抱き抱えると、首の後ろにNのマークが浮き上がっているのが見えた。気のせいかと思っていたが、カプセルにはニネットと書かれたプレートが掲げられていたと、後になってイッカクから聞いた。その謎の少女は、ニネットという名だった。

 この事を知っているのは、俺とイッカク、そして眠ったままのニネットを助けて貰う為に頼った丘の上のじじぃの三人だけだ。

 秘密にするような事でもなかったが、じじぃの言うとおり、敢えてその事は他言しないようにと決めた。

 その後ニネットはすぐに元気になり、数日後には家族にも溶け込んでいった。そんな不思議な事があったからか、俺はいつもニネットを気にかけている。

 不思議な性格を面白がっているところもあるが、俺とニネットはお互い相性がよく、行動を共にする事も多かった。

「はいツバメ、タオル係り!」

 そんな事を思い出していると、突然ニネットが俺の頭にタオルを乗せた。

「きゃはは、タオル係りのツバメちゃんだぁ!」

「あはは、今日は五枚持って行くのだー!」

 俺は頭に乗せられたタオルを抱えると、それを見たコッコとコチが俺をからうように踊り出した。

 午後は海で魚を探す事が多い。食料のほとんどは海からの物だったが、残念な事に俺はまったく泳げない。

 俺の仕事と言えば、浅瀬での貝探しや、潜りを終えたみんなにタオルを配ることぐらいだった。タオル係りは海での狩りの際につけられた不名誉なあだ名だ。だが何度練習しても泳げないのだから、こればかりは文句も言えない。しかし。

「コッコ! コチ! お前らもおよげねーじゃないか! 人の事言えんのかよ!」

 一応の悪態はつきながら、俺は嵩張るタオルをいつもの調子で紐で纏めると、勢いよく肩にぶら提げた。

「へへーん ぼくたちは大きくなったら泳げるんだもん。今は子供だから泳げなくてもいいんだよぉ、フフン」

 こいつら……いつか目に物見せてやる。俺だっていつか泳げる日が、きっといつか、そう、そのうち……来るのだろうか?

「はぁ、わかったよ。行けばいいんだろ行けば」

「わかればよろしいのです!」

 コッコは日に日に生意気になっていく気がする。

「おうツバメ、今日はお前にも仕事があるぞ。これ持ってけ」

「うん? イッカク、なんだこれ」

 イッカクから手渡されたのは、使い古された鑿と金槌だった。こんな工具が海で役に立つのか? 疑問に思いながらも俺はその二つを腰に挿した。

「あ、あとこれもだ」

 ざる? 余計に分からない。しかもこれは微妙に邪魔だ。だからこういうときはニネットに限る。

「ほい、ニネット。帽子当番」

 俺はざるをひっくり返しニネットの頭に載せた。

「おおぅ! 今日は帽子当番ですとな! 頑張りますツバメさま!」

 すっぽりと収まったざるを掴みながら、ニネットは嬉しそうに声をあげた。

 ニネットは訳の分からない事でも、新しい事はなんでも楽しむ癖がある。適当な名前をつけてやれば割と便利な荷物持ちだ。

「う、でもこの前ヘルメット当番があったよ、それと似てる?」

 おっといけない、この前鍋を持つのが面倒で、似たような手を使ったのを忘れていた。

「いいや、ヘルメット当番は身を守るための術だ。帽子当番は……そうだな、防寒の術だ! 覚えておくようにニネットさん」

「おおぅ! 了解しましたツバメさま!」

 隙間だらけのざるで防寒と言うのも変だが、ニネットが了解しているので問題は無い。

海までは距離があるから、荷物を持つのは面倒臭い。肩に掛けたタオルも邪魔だが両手は開いた、手ぶらで行ける……と思った瞬間、コッコとコチが左右に別れて俺の両手を握った。

「結局こうなるのか」

 生意気な二人だが自然と俺に甘えてくれる。いつもめんどくさそうにしている俺はなぜか子供に好かれる傾向にあった。

 面倒見の良いイッカク。いつも笑顔のニネット。しっかり者のセッカ。なんでも頼みを聞いてくれるハチクマ。俺は年齢で言えば上から二番目だが、そんなことはあまり関係ない。もしかして大人ぶってる俺が一番子供っぽいのか? だから子供に好かれ……いやいや、あまり考えたくは無い。

 そんな事を思いながら歩いていると海はもう目前だった。海は今日も静かだが、緩やかな風が小さな波を生んでいるようだった。

「昨日は風が強かったからな、まだ今日も波はあるみたいだ」

 俺たちは斑陽が当たる僅かな陽の隙間に荷物を置いた。辺りは薄暗いが、今日はいつもより斑陽から入る光が多い。海底を照らす光が多いときは獲物の収穫も良いので狩りには上々の天気と言える。

「よし、それじゃあ俺は左側、ニネットは中央。波が出ると危ないからコバトは右の浅瀬にしようか」

「イッカク、俺は何すればいいんだ?」

「タオル当番!」

「うるせぃ!」

「きゃきゃ」

 コッコとコチが狙っていたように口を挟んだ。いつもの事だ。俺もまた飽きずに毎回同じ事を言うのが決まりみたいになっていた。

「今日は奥の岩場に行ってくれるか。じじぃに聞いたんだが、岩に張りついてるぎざぎざがあるだろ? どうやらあれは食えるらしい」

「へぇ、それが本当ならいい収穫になるな。岩場にたくさんあるやつだろ?」

「ああ、割って取るのが大変みたいだが、さっき渡した道具を使えばそれなりに収穫できそうだろ?」

「あぁそうだな。やってみるよ」

 俺は腰に挿した鑿を抜くと、くるくると手のひらで回した。

「あれぇタオル当番わぁ?」

 さっそく砂の城を作り始めたココとコッチが、不思議そうに俺を見上げた。

「コッコ、コチ。どうやら今日の俺は忙しいらしい。お前たちも獲物を見つけないと夕飯は抜きになるかもな。壊暦前の偉い人が言ったそうだ『働かざる者食うべからず』ってな。なんともありがたいお言葉だ、お前たちは働かないから食えないみたいだな、ハッハッハ」

「ご飯抜き!? コッコ、僕たちもはたらかざるしよう! 負けるもんかぁ!」

「うん! コチ、コバトお姉ちゃんのいる浅瀬なら私たちでも行けるよ!」

「ハッハッハ。せいぜい頑張りたまえ」

 やっと二人をからかう事が出来た。一日一回はやらないとどうも落ち着かない。俺は満面の笑みを浮かべながら、慌てて駆けて行く二人を見送った。だが……さて、偉そうにした分、ちゃんと成果は出さないといけないよな。

 確かぎざぎざは、あの岩場の奥でよく見かけたような気がする。秋が終わると海は突然に冷たくなる。イッカク達は今はなんとか耐えられると言っていたが、せめて体が冷えないように焚き火だけは準備していこう。

 冬は生きていくには厳しい季節だ。枯れ草に火をつけるライターも、そろそろ替えがほしい頃合だった。ヒャクエンライターは食料三日分と交換が相場で、オイルライターの交換オイルだと半月分の食料が必要となる。燃料の量を考えると交換オイルの方がいいが、それを手に入れるのは中々難しい。せめて余裕が出来るよう俺も頑張らないといけないな。

「さて、行くか」

 見渡すと海面からイッカクが顔を出しているのが見えた。こちらを見て首を振る様子だと、獲物はまだ獲れていないらしい。コバトは小さな貝を見つけたようで、コッコとコチに渡していた。ニネットを探してはみたが中々見つからない。あの金色の髪は遠くでもよく目立つが、どこで潜っているのだろうか。

 潮溜りを避けながら岩場を登ると、ぎざぎざがたくさん張り付いた岩を見つけた。俺は足元を確認すると鑿を取り出しざるを横に置いた。まずは鑿で打ち叩いてみたが、力が強すぎたのか中の身がちぎれて海に落ちてしまった。

 今度は端に鑿を当て何度か金槌で打ち込んでみる。すると綺麗に殻が避け、丸く白い身が手のひらにこぼれた。

「へぇ、思っていたより大きいな。外もぎざぎざだけど、中もぎざぎざだ。はは」

 白い身に黒いぎざぎざ、最初は苦戦していたが、慣れると思った以上に収穫をする事が出来た。謎の食べ物はあっという間にざる一杯になっていく。

「一応殻のままでも取ってみるか、少しぐらいなら鮮度も保てるかもしれない」

 俺は比較的大きなのを狙い殻のまま剥ぎ取る事にした。鑿を打つ度に破片が顔にぶつかったが、夢中になって殻を叩き、なんとか人数分のぎざぎざを取る事に成功した。

「ツバメー、獲物取れたー?」

 振り返ると、海に浮かんだニネットが俺を呼んでいた。銛には魚がたくさん刺さっており、よく見ると、あと一匹刺せば先の部分が埋まってしまうほどの成果だった。しかし魚を大量に刺したまま次を狙えるなんて、ニネットにしか出来ない芸当だ。

「お前、今日も随分と獲ったみたいだな。あと一匹で銛が埋まっちまうぞ、っていうか一旦岸に戻るとかしろよな……」

「だってめんどうだもーん。そうだツバメ、あとニ匹刺せばみんなの分獲れるんだ」

「ああ、だから一旦岸にもど――ぶへっ!」

 突然生臭い物が顔にぶつかった。驚いてざるを落しそうになったが、これは俺の今日の頑張りの成果だ、このざるを落す訳には行かない!

「ツバメー、あと二匹突いてくるー、それ預かっておいてぇ」

「だからって魚を投げるやつがあるかよ……いってぇ、ちょっと鼻血出たし」

 足元では活きのいい魚が跳び跳ねていた。これは確か……ボラって名前の魚だっけか? でかいけど味はイマイチなんだよなぁ。まぁ食えるんだから文句は言うまい。俺はざるいっぱいのぎざぎざと魚を抱え、海岸へと戻る事にした。

 岩場を下り海岸の方を見ると、コッコとコチが緑の光を振り回しているのが見えた。

 斑陽に何かが反射しているのかと思ったが、近付いて見てみると、コッコの手のひらには緑色に光る小さな石が乗せられていた。

「お前らなんだそれ、蛍か?」

「ううん、コバトお姉ちゃんが海の中で見つけたの。光る石……とってもキレイ」

「へぇ、変わってんな。それより獲物は見つけたのか?」

「ううんない、でも石見つけた! これ私の宝物にする!」

「なんだよそんな石、腹の足しにもなんねぇぞ。俺なんかほら! どうだすごいだろ」

 確かに光る石は珍しいが食えなきゃ意味は無い。俺は海で初めて獲った獲物を自信満々に見せ付けた。しかし改めて確認するとかなり変な食べ物だ、本当に食えるのか、これ?

「わぁ、すごい! ツバメ兄ちゃん、タオル係りもうしなくていいね!」

 コチの言い方にはなにか引っ掛かるがまぁ良しとしよう。これが食えれば食料不足も少しはマシになるってもんだ。

「ぷぅ、ただいま! みてみて、にねもたくさん獲ったよ!」

 陽が暮れ始めた頃、ニネットに続いてイッカクとコバトも岸に戻って来た。

 イッカクは昨日仕掛けた網に魚が掛かっていたようで、魚がついたままの網を背中に担いでいた。コバトは腰に海草をぶら下げ、手には小さいながらも味のいい貝をいくつか握っている。ニネットは先まで埋まった銛いっぱいの魚と、おまけのつもりなのか紫の液体を出す謎の生物を握り締めていた。

 あれはニネットのお気に入りのようだが、家族全員が口を揃えて気持ち悪いと言う。

「今日も見つけたよ! はい、ムラサキさん!」

「あー、はいはい……」

 力いっぱい握り締めていたのか、ニネットの通った跡には紫色の道が続いている。

「にね姉ちゃん、見てみて! 光る石拾ったの」

「おおお! 何それすごい! ムラサキさんと交換する!?」

「しなーい」

 当然ニネットは喰い付くと思った。俺からすれば、食えない物や役に立たないものはとにかく興味が沸かない。いや、でもあの光る石がずっと発光するのなら、明かりの無い夜には便利かもしれない。

「あ! お姉ちゃんが壊した!」

 暗い部屋で本を見たり、トイレの時に外を歩……え? 壊した?

「わわっ、なんでなんで、光が消えちゃった!」

 ニネットを見ると、先ほどまで煌煌と輝いていた石は光を失っていた。一瞬の出来事だった、どうやら役には立たない石らしい。少し期待してしまったのが残念だ。

「うわぁーん、にね姉が壊したぁ」

「うぅ、ごめんね……あたし壊しちゃった」

「コッコ、仕方ないぞ。すぐに消える石だったんだよこれは。石は諦め――」

 俺がニネットの手から石をつまむと、再び石が緑の発光を始めた。俺が持った瞬間に発光するなんて、もしかしてこれは奇跡ってやつか? まぁそんな都合のいい事はないか。

「あれれ、ツバメが持ったらまた光った」

「変わった石だな、もしかして生き物か?」

 イッカクも不思議そうに石を覗き込む。

「ツバメ兄ちゃんが治してくれた? ありがとう!」

 先ほどまで泣いていたコッコがすぐに笑顔を取り戻した。だが、ニネットが面白がって再び石に触れると、またもやコッコは涙を浮かべてしまった。

「うわーん! にね姉また壊したぁ」

「ええっ! なんでなんでぇ!」

 慌ててニネットから石を取り上げると、石は再び発光を始めた。

 どうやらニネットが触れると光が消えるらしい。ニネットの不思議事件がまた増えてしまったようだ。まぁ石が光ったり消えたりなんて、割とどうでもいい事だが。

「もう帰ろうぜ、収穫はあったんだし腹も減ってきたよ、とりあえずニネットは石に触るな。分かったか?」

「はーい……」

 帰り道のコッコとコチは、ニネットを警戒し、冷たい視線を送っていた。


 今日も夜は静かに更けていった。食事の場所はビルの入り口前と決まっている。

 レンカクが用意していた焚き火の前に座ると、さっそく先ほど取れた魚を焼き始める。一番大きな魚を串刺し、ニネットが誰にも取られないようにと自分の前に焼く場所を確保した。

 小さな魚は小さい子供たちが食べ、大きな魚は俺たち上の物が食べる事になっていた。鍋には海草と貝を入れたスープを作り、残り一つとなったが今日は真っ赤なりんごもある。みんなで分ければ小さな欠片になるが、デザート付きの食事は贅沢だ。

 俺が獲ってきたぎざぎざは初めて食べる食材だったので、まずは俺が毒見をする事になった。初めての食材は腹が痛くなったりすることもあるので抵抗はあったが、じじぃが食えると言うのだから気は楽な方だ。

 普段ならイッカクも少しは口にするのだが、どうも今日は遠慮をしているように見える。何か違和感を感じるが、これは気のせいだろうか?

「まぁとりあえず食べてみるぜ。コッコとコチにはやんねぇぜ、働かざる者食うべからずだ」

 からかい半分で言ってみたが、二人は自分の魚に夢中で俺の言葉は聞こえていないらしい。

 まずは串に刺した身を火で炙ってみよう。熱を持ち始めた身はすぐに縮み始めたので、俺は勿体無く感じてしまい慌てて口の中に入れた。

「うお!」

 それを口にした瞬間。俺は驚いて思わず声を上げてしまった。謎のぎざぎざ……これはうまい。

 ほどよく弾けた身からは、潮の香りと濃厚なエキスが口いっぱいに広がっていく。こんなにうまいものが身近にあった事に、俺は心底驚いてしまった。

「ツバメ、そんなに旨いのか?」

 俺の表情を見たノビタキが、思わず手を伸ばしそうになっていた。

「ノビタキも遠慮せずに食えよ、頑張って獲ったんだぜ」

「い、いや……やっぱやめとく」

 ノビタキは昔、初めて食べたキノコで腹痛を起こしたことがあった。それが原因で食べ物には特に気を使っている。それがあってからは、初めての食材には敏感になっているようだ。

 でも、これは本当にうまい。これだけの味ならば、たとえ明日腹が痛くなったとしても後悔は無い。そうだ、もう食べてしまったのだ、どうせなら生でも食べてみよう。

「んぐんぐ、サカナうまうま!」

 ニネットはこちらを見ることも無く夢中で魚を貪っている。腹一杯飯を食う事が俺達にとっての幸せだ。

 焚き火から少しでも離れると人は闇に包まれてしまう。

 歩く事もままならない大地。昔は外灯が消えていても、月明かりがあれば道を行く事が出来たと、じじぃは言っていた。

 だが、その月はもう見えない。空を覆う雲は、僅かな月明かりも隠してしまう。

 雲の隙間から壊れた月が覗くことはあったが、道を照らすほどの光は無い。

 だから、夜はとても長いのだ。

 焚き火の枝が小さく弾けて火の粉を蒔いていた。


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