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壊れた世界の子供たち  作者: 五葉ノート
一章 壊れた街
2/15

02

 今にも崩れそうな四階建てのビルの屋上。俺はこの場所が好きだった。

 第三地帯と呼ばれるこの地帯には、ニ百を超える人が住んでいると言われている。第三と呼ばれているという事は、同じような集落が他にもあるという事なのだろうか。

 時々、別の集落から人がやって来る事がある、別の集落へ行く者もいた、だが俺にとってそれはどうでもいい出来事だった。

 集落に人が増えようが、知らないうちに誰かが野たれ死んでいようが、ここの奴等にとっては大した事ではない。食べ物を分け与えてくれる訳でも、手を貸してくれる訳でもない。そんな奴等に誰も興味なんてものは沸かないからだ。

 ここに住む者なら誰だってそうだ。毎日の心配と言えば食料のことだけ。俺だって自分の食料が心配だし、家に帰ればチビ達が毎日のように腹を空かせている。

 俺は毎日のように屋上へ登り、丘の上に住むじじぃに貰った写真を見ながら、海の向こうを眺めている。その写真は海の写真だ。世界が崩壊する前にこの場所から撮影されたものだとじじぃは言っていた。

 写真の中では高層ビルが所狭しと並び、海には多くの船が浮かんでいた。海と空は青く輝いていて、今では想像出来ないほどの美しさが広がっていた。

 生きていれば、いつかは俺もこの写真のような青い空を眺めることが出来るのだろうか。青い空は俺の夢だった。

 海岸には海へと続く世界高速と呼ばれる道路があった。まだ世界が崩壊していない頃に作られた建造物で、それは十六車線もある大きな道路を載せた巨大船だった。

 道路を載せた船はひとつひとつが海に浮かび、それ等が繋がって一本の道を作っているそうだ。ソーラーなんとかって機械で半永久的に動いており、全世界が一丸となって作った巨大な道路は、世界崩壊に耐え悠々と海に浮かんでいる。

 世界高速について教えてくれたじじぃによると、最後に繋いだのはこの地より遥か東の大陸だそうだ。当時はまだ完成したばかりで、記念イベントやマラソン大会、軍事訓練や非公開の使用などで用途は限られていたと言う。近い将来、向こう側の大陸からは、ひっきりなしに貿易のトラックや観光の車が通る筈だったと言っていたが、それが行われることは無く、今も海に浮かんでいる。

 そんな世界高速と呼ばれる道からは時々人がやってくる。

 二十五年前に世界が壊れてからは、人々は皆、毎日を生きる事で精一杯だ。略奪や争いが日常的に起き、殺しも珍しいことではない。もちろん俺もその一人だが、綺麗な頃の世界なんて知らないから、これが普通の日常だ。

 大人たちは揃って言う『世界は終わった』とか『もう死にたい』とか。そんなに今の世界が嫌いなのだろうか? 飯は食えるし楽しい事だってたくさんある。今日もあの道の向こうから、何か面白そうな事がやってくるかもしれないじゃないか。

 それに昨日は風が強かったせいか、斑陽(まだらび)がいつもより多い。もしかすると写真で見たような青い空が見えるかもしれない。

「……今日は静かだな」

 風は穏やかだ。頬に当たるそよ風がくすぐったく感じる。じっと世界高速を眺めて期待を膨らませるが、現実はそう上手くはいかない。景色はいつも通り淀んでいる。

 誰もいないこの場所で、俺が出来ることといえば小さく呟くぐらいだ。このまま少し眠るのもいいかもしれない。

 だが、もうすぐ狩りの時間だ。そろそろあいつが迎えに来る頃かもしれない、そう思い始めた時、下の方で声が聞こえた。

「よっと、ほい、ほっ!」

 もうニネットが来てしまった、もう少し空を眺めていたかったが、そうも言ってはいられない。毎日飽きずに俺を迎えに来るニネット、時計も持ってないくせに今日もきっちり時間通りだ。

 仕方なく声のする方を覗き込むと、ニネットは崩れ掛かった足場を軽快に飛び、ビルの上へと登って来る。

「やっぱりここにいた! ね、ツバメ。ご飯しよ、ニネットおなか減った」

 ニネットは今にも折れそうな鉄筋の上で器用にバランスをとると、両手をこちらに伸ばして俺を見つめた。

 金色の髪が風に誘われて穏やかに揺れた。向けられた指先は丘の上に咲いた花よりも白い。

「ん、もうそんな時間か」

 俺は届かない手を見るだけに留め、その場に立ち上がった。ニネットは一度笑うと、すぐさま地上へと飛び降りるて手招きをした。

「そんなに直ぐ降りれるかよ……ったく」

 俺は慎重に足場を確認しながら、ゆっくりと地上へと降りて行った。登るのは得意だが降りるのは苦手だ。ニネットは俺を待たずに、もう市の方へと歩き始めていた。

「少しぐらい待ってろよな」

 わざと大きな声で言ったが、ニネットは市の方が気になるようで、俺の声は聴こえていない様子だ。

 ニネットはまだ子供だった。子供と言っても、もうすぐ十六歳になるのでと俺とは二つしか違わない。その筈なのだが、六歳のコッコやコチと一緒になって遊ぶ姿を見ると、どこをどう見ても十五歳には見えなかった。

 何より俺が十五の頃はあんな感じではなかった。ニネットはいつもはしゃいで毎日がとても楽しそうだ。何の心配も無い子供と同じだ。

 ニネットは子供、俺は大人。二つしか離れていないが、俺はニネットに対し時々父親のような気分になることがあった。もちろん俺にもニネットにも親はいないから、父親の気持ちなんてものは分からないが、多分きっとこんな気持ちなんじゃないかと思うことがある。

「今日のごはんはお魚でぇにねのは一番おおきいのぉー」

 俺の数歩前を行くニネットは楽しそうに自作の歌を口ずさんでいる。昨日とは違うまた新しい歌、確か昨日は野菜の歌で一昨日はチョコレートの歌だったかな。

「やっぱりニネットは子供だな」

「うん? きゃははは」

 俺の思いを知ってか知らずか、ニネットは無邪気に笑っていた。


 第三地帯の集落の中心には小さな市がある。瓦礫の中から拾ってきた生活道具が所狭しと並べられ、食料、衣服、薬、燃料、道具、本、部品、奴隷など、生活に必要な物ならなんでも揃う場所だ。

 一番需要の多い物は食料だったが、高価な物といえば燃料や薬だった。もうすぐ冬になるので、市は今が一番賑わっている時期でもある。

 市に並べられた物の中で、俺は本が一番好きだった。文字だけの本は安いが、写真がたくさん載っている本はそれなりに高価だ。食料や燃料に余裕のある物は、ああいった娯楽用の品物を買うことも多い。

 ニネットの後に続きながら、俺は今日もヤマモトのおっさんの店を横目で流していた。

 いつかは手に入れようと思っている『ウォーキング街散歩』という本は、今日もあの汚い敷布の隅に並べられている。あの本には壊歴前にこの辺りで撮られた写真がたくさん載っているらしい。

 ヤマモトのおっさんは、二日分の食料となら交換しても構わないと言っていたが、今の俺じゃ到底交換してもらえる様な代物ではなかった。俺が持っている物といえば、少し長めの樫の棒と赤色に十字の模様が入った十徳ナイフだけだ。

 家に帰れば、ベッドの下に秘密の牛肉缶詰とチョコレートを隠してあったが、缶詰はいざという時の食料だ。本と交換するには勿体無い。偶然廃墟で見つけたチョコレートなら出してもいいと思うこともあったが、あれはニネットの誕生日にプレゼントしよう考えているから、どうにも踏ん切りはつかなかった。

 棒とナイフは狩りや護身用にもなるので、この二つの選択肢は無い。となるとやはりあの本は諦めるしかない……。

 冬が近いので食料の余裕はない。冬に蓄える保存食を優先しなければならないというのに、娯楽用の本を欲しがるなんて贅沢だ。昔の言葉で『贅沢は敵だ』と言う言葉があるとじじぃも言っていた。確かにその通りだ。

「ツバメー、あのりんご、おいしそう……」

 ふと、ニネットが呟いた。

 見てみると露店には赤く実ったりんごがいくつも並んでいた。食料の事で悩んでいるというのに、ニネットは今日も俺の考えの裏を行く。

「へぇ、珍しいな。結構いい色してんじゃん」

 俺が言い終える間も無くニネットは露店に近付いていた。りんごを交換して貰えるような物も持っていないのに、お前はどうして向かっていくんだ……。

「おじさん、そのりんごおいしい? たかい?」

「おう、見てみろよこの色。味は保証するぜ! その分、な? 相応の物を出してくれなきゃ交換は難しいとこだ」

 ニネットはポケットに手を突っ込むと、おもむろに何かを取り出した。ニネットが食べ物を持っている筈はないので、俺は嫌な予感しかしない。

「おじさん、これどう? 緑と赤の綺麗なやつなの。にねが昨日見つけた宝物!」

「ううん、なんだこりゃ。はぁ? ビー玉じゃねぇか……お嬢ちゃん、こんなもん腹の足しにもなりゃしねぇ。そんなんじゃダメだな、帰ぇりな」

「むーむー、ダメですかぁ」

 ニネットは眉をしかめて口を尖らせる。

「……ふぅむ、そうだな。お嬢ちゃんよく見ればいい体してんじゃないか……俺の相手をしてくれるなら、好きなだけリンゴをやってもいいぜ。な、別に相手をするのは初めてって年でもないだろう?」

「からだ?」

 オヤジの目付きが変わった瞬間、俺は直ぐにニネットの腕を掴んだ。

 食料に余裕のあるヤツはすぐに女を買おうとする。大人はだいたいそうだ。

「いくぞニネット! 狩りに遅れちまう、りんごはまた今度だ」

「うぅ……はぁぃ」

 わざと少し怒った様子でニネットの腕を掴んだので、ニネットもすんなりと身を引いてくれた。

 ニネットは不思議な子だった。家にいる家族、集落の人やじじぃには無い変わった雰囲気を持っていた。

 見た目は馬鹿な子供のようだったが、運動神経は抜群で、狩りや組み手でニネットに勝てる者はいない。頭も良くて、俺や子供たちには字を教えてくれている。七十年生きているじじぃも驚く程の知識を持っており、相当な教育を受けた子供ではないかと言うぐらいだ。

「うー、ツバメぇお腹減ったよー、りんご食べたかったなぁ」

 ニネットは駄々を捏ねる子供のように言う。

「お前昼飯食ってから俺を迎えに来たんじゃないのか? 今日は昨日捕った魚が残ってたはずだろ」

「油断しているうちにレンカクとカモメに食わりた……二人とも棚の上にチョコレートがあるって言ったのに、行って見るとチョコレートなんて無かった……騙さりた」

 いたずら好きのレンカク・カモメのペアか。年下の嘘に毎回引っ掛かるなんてなんて、ニネットはいつも間抜けだな。

「お前また引っかかったのかよ? 家に余分な食料がある訳無いだろ、いい加減気付けよな」

「ううぅ、あたじのヂョゴレード……」

 今にも泣き出してしまいそうなニネットを見ると、俺は思わずベッドの下にチョコレートがある事を言ってしまいそうになったが、ここで甘やかす訳には行かない。ニネットには誕生日まで我慢して貰おう。悪戯な笑みがこぼれるのを俺は必死で堪えていた。

「うん? ツバメ、何か聴こえない?」

 うな垂れて歩いていたニネットが、突然耳を立て後ろを振り向いた。俺には何も聞こえなかったが、ニネットが言うなら間違いではない。俺も静かに耳を澄ませると、ニネットが指を指した方に人影を見つけた。

「――ドロボー! おい、誰かそいつを捕まえてくれ!」

 ドロボー? なんだ、何かと思えばただの泥棒か、市では盗みなんて日常茶飯事だ。盗まれるやつが悪い、きっと油断でもしてたんだろうよ。バカバカしい。

「ニネット、何でもない。さっさと帰ろう」

「でも泥棒って言ってる、人の物盗む、良くない、悪い人だ」

「まぁそうだろうが余計な事に首を突っ込むな、助けたところで何も貰えな……」

 なんて言い終える前にニネットは行ってしまった。ニネットの悪い癖だ。悪いことではないが無駄な正義感は命を落とす危険だってある。

 聞いた話では、泥棒役とそれを助ける役の二人が、謝礼目当てに芝居を行っている事もあるそうだ。助けた相手が必ず礼を言うとは限らないし、ましてやこちらが泥棒の仲間扱いされてしまっては元も子もない。そんな事もあるので行くなと言ってはいるが、ニネットは毎回、懲りずにトラブルへと首を突っ込んでいく。

 まったく面倒だ。うんざりしつつも俺は十得ナイフの刃を引き抜いた。ニネットは放っておけない。一応の加勢はしてやるかな。

「泥棒! 俺のりんごを返しやがれ!」

「うるせぇ野郎だ! こいつが見えないのか? それとも一思いに殺られたいか!」

 泥棒は先ほどりんごを売っていた露店商に銃を突きつけていた。銃には俺も一瞬危険を感じたが、弾が本当に入っているかどうかは疑わしい。迷って走る速度を落す必要はないだろう。

「うっ、ちくしょう。いや……どうせ弾なんて入ってないんだろう? 脅しが通用すると思うなよ!」

 あーあ、強気な事言っちゃって。相手を挑発してどうすんだよ。

「オラァ! じゃあそこで死んじまえ!」

「うわっ、ひぃぃぃぃ、やっぱり撃たないでくれぇぇ!」

 露店商がしりもちをついた瞬間、ニネットの飛び蹴りが泥棒の後頭部を直撃した。

 走り込みからの蹴り、あれは相当痛いだろうな。っと、眺めてる場合じゃなかった。

「ニネット、右に飛べ!」

 俺はニネットに指示を出すと、すぐさまナイフを強盗の右手に向けて投げ放った。ナイフは予定通り強盗の甲に刺さり、強盗は銃を地に落とした。

 前面に突っ伏した強盗は、躊躇するか、そのまま逃げ出すかと思ったが、思ったよりも頑丈で、振り向き際に懐からアイスピックを取り出していた。

「ぐぅっ、何しやがる……!」

 泥棒はニネットに向けてピックを振るうが、切っ先は虚空を突いただけだった。何度もピックを振り回すが、ニネットは軽々とその全てを避けていた。

 泥棒が疲れを見せた瞬間、ニネットが飛び、強盗の延髄に一撃必殺の回し蹴りを放った。

 あれを食らえば確実に意識は無くなるだろう。だが昏倒し倒れこむ泥棒に、ニネットは続けてみぞおちに蹴りを入れる。泥棒の体は曲がり、小さなうめき声だけが聞こえる。

 しかしニネットは止まらない。両手を着き、最後には左足を高らかに揚げ泥棒の顎を砕き割ったのだ。延髄、みぞおち、顎。まったく想像もしたくない。

 俺がニネットの隣に並んだ時には泥棒は横たわり、僅かに体を痙攣させるだけだった。

「ふぅ、成敗かんりょう!」

 右手の指を立て、左手で髪を掻き揚げる。何事も無かったかのように見せる笑顔が妙に怖い。ニネットはとにかく強かった。

「おおぉ、助けてくれたのか、ありがとう助かった!」

 露店商が礼を言った。疑ってはいないようだから、これは報酬をせしめるチャンスだな。

「大丈夫かおっさん、ほらりんご、随分とたくさん盗られていたみたいだな」

 ご丁寧に紙袋に詰められたたくさんのりんご。中を見るとその数は十を超えていた。とりあえず半分は吹っ掛けてみるかな。

「銃で狙われて大変だったな。おっさん、助けてやったんだから少しぐらいは分けてくれよ、どうせ盗られる筈だったんだ、礼は……そうだな、半分でどうだ?」

「おいおい、それは言い過ぎだろう。二個だ、それ以上は譲れん」

 先ほどまで頭を下げていた露店商だったが、俺が礼を求めるとすぐに目つきを変えた。しかも二個だって? 完全に頭数だけで判断してやがる。それはないよな、命の危険もあった訳だしさ。

「じゃあ四個で。おっさんさ、今さっきあいつが持ってた銃を後ろに隠したろ。りんごも取り返して銃まで手に入ったんだ、命も助かった訳だしそれぐらいは妥当なんじゃないか?」

「うっ、見てたのかよ……し、仕方ねぇな、じゃあ四個だ。持っていきな」

 おっさんは痛いところをつかれたのか、すぐに態度を変え俺の申し出に素直に応じた。

「へへ、話がわかるじゃん。じゃあそういう事で、確かに四個。頂いていくぜ」

 袋からりんごを取り分けながら、俺はそっと地面に落ちたアイスピックをポケットに忍ばせた。弾の入っていない銃なんて、りんご一個よりも価値はない。それよりもピックの方が何倍もマシってもんだ。

 確かに銃の中に一発でも弾が入っていれば、一週間は飯に困らないだろう。だがそんな確立の低い賭けに乗るのも馬鹿を見る。りんご四個にピック一本、十分な収穫だ。

「ニネット、ほらよ! よかったな」

 ニネットはりんごが貰えるのを今か今かと待ち構えていたようで、俺が声を掛ける前から両手を伸ばしていた。

「おじさんありがとう!」

 ニネットは胸の辺りで乱暴にりんごを磨くと、口をいっぱいに開き、勢いよくりんごをほお張った。

 ニネットの口元から果汁が零れるのを見た俺も、たまらずにりんごに齧りつく。

口の中いっぱいに果汁が広がり、ほんのりと甘い香りが鼻からすっと抜けていった。これはうまい! これほど赤く輝いたりんごは初めてだったが、りんごがこんなにも酸味を感じない果物だとは思いもしなかった。

 斑陽の影響で大地には太陽の光が一部しか届かない。植物が育ち難い環境で、どのようにすればこれ程赤い果実が実るのだろうか。

 そんな事を考えながら、俺とニネットは休むこと無くりんごをむさぼり、あっという間に芯だけにしてしまった。

「おいひーい!」

 ニネットは口に芯を入れたまま、両手を頬にあてて叫んだ。

 こんなにうまい物、あの露店商はどこで手に入れたんだろうか? 俺は気になって問いかけようとしたが、振り向いた時には既におっさんの姿は無かった。

「いないか……まぁいいや。ニネット、帰るぞ」

「はい!」

 右手を上げて調子のいい返事をするニネットは、獲物を狙う鷹のように、残りのりんごを睨みつけていた。

「だめだ、これはみんなへの土産だ。切り分ければ一人一欠けらぐらいはあるだろ、ニネットはもう食べたんだから我慢しろ」

「うぅ、了解ですぅ……」

 ニネットは肩を落とした。そんなニネットを視線から外そうとした時、俺はニネットの背後にある瓦礫の隙間から、別の視線を感じた。

 瓦礫の隙間から覗く小さな瞳。それは、指を咥えた、小さな……子供?

「どしたのツバメ?」

 俺は思わず顔を背け、何事も無かったように家へと足を進めた。

 危なかった。多分あれは野良の子供だ。親に捨てられたか、奴隷商人から逃げた子供だろう。ニネットがあの子供を見つければ、絶対に拾って帰るに違いない。

 家には俺達の他に十二人の家族がいる、冬を前に拾い子は辛い。明日の食べ物もないこの時期に、もう一人子供が増えるのは避けたいところだ。

 春ならば連れて帰ったかもしれないが、孤児ばかり身を寄り添って生きる俺たちにとって、見過ごすのは辛いがこれも運命だ。仕方ない、冬は仕方ないんだ。恨むなら自分の運命を、世界を恨んでくれ。

「あ、ツバメ! こどもハッケン!」

「――って、あーもう! 俺は今苦渋の決断を終えた所なんだ! なんでお前はそうすぐに首を突っ込む!」

 言った所でもう遅い。ニネットに見つかってしまえばもう終わりだ。食料の心配ばかりが頭の中を巡ったが、ニネットが子供を見つけてくれた事に、心の奥底ではほっとした自分がいた。

 ニネットが瓦礫の前で屈むと、子供に向かって声を掛けた。

「どうしたの? あなた一人? おなかへってるの?」

 ニネットのやさしい言葉に、瓦礫の中の瞳が左右に揺れた。

「おいで、困ったときはお互い様じゃ」

 あれはじじぃの口癖だ。警戒を解こうとしてるのか?

「でも食料は自分で見つけろ。生を望むのならば自らの手で掴め」

 これはイッカクの口癖。

「大丈夫だよ、海の潜り方はあたしが教えてあげるから」

 泳げない俺への当て付けか? なんか癪に障る……。

「ほらっ、おいで!」

 最後の言葉の瞬間、瓦礫からはココとコッチと同じ、五歳ぐらいの子供が飛び出した。

 痩せ細った体にボロ布を巻き、肩にはまだ新しい傷が残っている。刃物で切られたのだろうか、赤の他人だが、あどけない子供の傷は見るに耐えない。

「ほら、腹減ってんだろ。食えよ」

 俺はニネットの背中におぶられた子供にりんごを差し出した。家の者達へ渡す貴重な食料だったが、そんな思いとは裏腹に俺の手は自然と子供に伸びていた。

「えへへ、ツバメ優しい、そゆとこ好き」

「う、うるせぇ! ほら、さっさと帰るぞ」

 自分でも顔が赤くなったのを理解した。ニネットの笑顔には誰もが癒されてしまう。

 ニネットの笑顔はまるで科学のようだ。いや、こういうときは魔法のようだって言うんだっけか? どうでもいい事を自問自答しながら、俺は照れを隠し早足で歩いていた。


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