14終章
俺たち三人が海を眺めていると、後ろから聞き覚えのある声が聴こえた。
「ほう、波まで出ておるようじゃな、引力が戻ったのかの?」
「えっ! じじぃ、生きてたのかよ!」
「だから勝手に殺すんじゃない。年寄りじゃからと言うて、そう簡単に三途の川は渡らんぞ」
「だってあの時、銃で撃たれたのかと……」
「ホッホッホ、死んだフリをして反撃を狙っておったんじゃが、突然何か硬い物が飛んできて頭にぶつかっての、今の今まで気絶しておったわい」
「なんだよそれ、まぁ生きてて何よりだ」
「よし、よくわからんが解決したようじゃ、帰る準備でもするかの」
じじぃはそう言うと、ヴェイロニアではなくレクシアスの方へと向かって行った。
レクシアスのボンネットを開くと、ニヤニヤと笑みを浮かべ車の中を覗き込んでいる。じじぃは本当に車が好きでたまらないようだ。
「そうだ、ソニア。さっきはニネットを助けてくれてありがとう」
「いや、私は何も……それに私はお前たちに酷いことをした。あの赤髪の事もそうだが……本当に済まなかった。お前たちが望むなら私を殺してくれても構わない」
「おいおい、何言ってんだよ。もういいって!」
「しかし……」
「ソニアはニネットを助けてくれたし、それに世界まで救ったんだぜ? もっと堂々としてもいいぐらいだけどな」
確かに色々あったが、俺はソニアを恨むことはしなかった。ソニアだってあいつにいいように使われていたんだ。それにニネットも助けてくれた。もう余計な事は言いっこなしだ。
「……ふふ、可笑しなものだ、世界を再生させる行いは、世界を破壊させる行為だったのだからな。私は今までに組織として多くの犠牲を生んできた。それが正しい選択だと信じてな。私は所詮、あいつの言うとおり、駒であり道具でしかなかった。最後に良い行いが出来たのはせめてもの救いなのだろうか」
「ああ、そうだよ!」
「にねのこと助けてくれてありがとう!」
「ほら、ニネットだって礼を言ってるんだ。もう気にするなよ」
「そうか、ありがとう。僅かだが心が休まった。ありがとう、ありがとう……」
ソニアは少し笑って涙を落とした。涙を拭う事無くポケットに手を入れると、何かを握り、決意したように顔を上げた。
「美しい空だ」
覚悟を決めたソニアは、ポケットから小さなナイフを取り出すと、首元に目掛けて躊躇無く腕を引いた。
「っ!」
鮮やかな赤が地面を濡らす。
一面の青空とは対照的で、美しい空に似つかわしくない赤は、ぽたぽたと零れて小さな川を生む。
「何を!」
ソニアが首を突く瞬間、俺とニネットは同時に腕を伸ばしていた。刃先が喉元に届く直前、俺たちの手は刃を掴んでいた。
「それはこっちの台詞だ、どうしてこんな事をする!」
「私にはもう存在する価値すらない。このまま世界の悪として消えさせてくれ!」
「ばかぁっ!」
ニネットがソニアの頬を叩いた。ナイフがカラカラと音を立てて転がる。
「イッカクが言ってたもん! 命を大切にしない奴は大馬鹿だって! あなたばかなの! ニネットばかじゃないもん!」
ソニアは涙を流しながら頬に手を当てた。
「ソニア、よかったら俺たちの家族にならないか? お前みたいな危なっかしいやつ放っておけないぜ」
「ツバメないすアイディア! うんうんそれがいい、そうしよう!」
「か、家族……?」
「ああ、それにニネットとは本当の姉妹なんだろ? それなら別になんの問題なんてないさ、ほら、立てよ、行くとこが無いなら俺たちの所に来いって!」
「わーい! 家族増えたぁ!」
ニネットが両手を挙げ、喜びながら飛び跳ねた。
「私は……生きて……いいのか?」
「当たり前だろ! 生を望むのなら自分の手で掴むんだ。あ、でも自分の食料は自分で稼げよ? うちは家族が多いから、海でたくさん魚を取らなきゃだめなんだ。食料を集めるのは結構難しいし、生きるっていうのは結構大変なんだぜ」
「そうか、生きるのは大変か。ふふ、私は泳げないが頑張ろう……生きて行く為にな」
立ち上がったソニアが笑顔を見せた。ニネットと同じで柔らかく美しい笑顔だった。
「えぇー、ソニちゃん泳げないんだぁ。ツバメと同じでタオル係りだ! 役立たずだ!」
「うるせぇ! 俺はそのうち泳げるようになるんだよ!」
「あはは! うそだーうそだータオル係りぃ!」
「何度も言うんじゃねぇよ!」
三人の笑い声が大空へと響いていた。
砕けた月が宙に浮かぶ。
遥か遠い空はまだ暗いのかもしれない。
それでも見渡す世界は青く輝いていた。
何が変わったのか、何が変わらないのかは今も分からない。
それでも俺たちはこの世界で生きていく。
ただひとつの世界、たったひとつの世界。
壊れた世界の子供たちと言われようと、俺たちは知ったんだ。
世界がこんなにも美しいということを。




