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壊れた世界の子供たち  作者: 五葉ノート
五章 壊れた世界の空で
13/15

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 ニネットは拳を握り締めると、ソニアへ向けて構えを見せた。ソニアもまた同じ構えでニネットに対峙する。

 二人の黄金色の髪が揺れた。本当にこの二人はよく似ている。

「うおーおーおーお!」

 ニネットが叫んだ。少し変な発声だが、あれはニネットが本気の時の声だ。

「早々に沈める」

 ソニアの冷たい言葉が俺の耳に届く。

 ニネットが姿勢を落として駆け出した。猫のようなしなやかな動きで、右手を尖らせソニアの瞳を狙い突く。だがソニアの緋色の瞳がぎらりと輝き、体を翻しそれを交わす。

 ニネットは勢いのままにソニアの横を通過するが、足首を捻って大地を蹴ると、あの速度からは考えられない反転を見せ、再び手刀でソニアの首元を狙った。

「ふん!」

「甘い」

 ソニアは臆する事無くニネットの手刀を構えた左腕で受け止めた。女性同士の体がぶつかる音では無い。あれは大きな動物でさえも一撃で失神させるような威力だ。

 ニネットは一旦腕を引き、体をその場で回転させた。回転により再び勢いを生み出した手刀で、先程と同じ場所へと打撃を入れる。

 ソニアは二度目の攻撃に耐え切れず体制を崩したが、表情一つ変えずに逆手でニネットの腕を掴み引き込むと、膝を立てニネットのみぞおちに一撃を与えた。

「かはっ」

 ニネットの体が、くの字に曲がる。ソニアは落ちた頭を狙い、顎を目掛け再び膝を振り上げた。

 容赦のない追い討ちに俺は声を上げそうになったが、ニネットは両手で膝を押さえるとその勢いを利用し後方へと宙返り攻撃を交わした。

 だが、ソニアの追撃は続く。片手を着いて前転すると、踵でニネットの後頭部を打ち落とした。さすがのニネットもそれは避けきれずに、地面に倒れこんでしまう。

「くそっ!」

 俺は無我夢中で走り出していた。腕が折れていようと戦う事は出来る。せめてニネットが起き上がるまでの時間稼ぎになればいい。

「邪魔だ」

「ぐはっ!」

 俺は玉砕覚悟の体当たりを行うが、あっけなくソニアに蹴り飛ばされてしまい、ニネットと同じように地面に突っ伏してしまった。

「痛ってぇ……」

「ツバメ!? こんのぉ!」

 ニネットが怒りに身を任せソニアへと向かって行った。続けて放つ連続攻撃に、ソニアは一瞬身をたじろがせたが、一つの攻撃を弾くのを始めとし、続くニネットの攻撃を全て受け流してしまった。

 人間業とは思えない攻防、目で追うのがやっとだった。ニネットの回し蹴りがソニアの肩を撃つと、返し際にソニアは二発の拳をニネットの腹に打ち込んだ。

 一つ一つの打撃に互いが痛手を負っている様子だったが、攻撃の雨が止むことはない。

 ニネットの攻撃は突きや蹴りなど単調な物が多かったが、相手を一撃で沈める強力なものばかりだった。。対してソニアは、その攻撃一つ一つを受け流す達人のようにも見える。

 相手よりも素早く動き、向かってくる力を流すと、生まれた隙に的確に攻撃を当てる。ニネット程の打撃力は無かったが、その集中力と手数にニネットは翻弄されている。

 ニネットの上段蹴りがソニアの頭部を狙った。しかしそれは俺の目にも分かる、隙のある攻撃だ。

 ソニアは軽々とそれをかわすと、重心となった足に払いを掛けた。ニネットはバランスを崩し、地面へと倒されてしまう。

 ソニアは起き上がろうとしたニネットの背後に回り、首に腕を巻いて力を込めた。

「そのまま意識を失え、目が覚める頃には向こう側だ」

「うぅっ、ぅぐぅぅっ」

 ニネットが苦しそうに呻き声を出す。俺はなんとか立ち上がろうとしたが、全身に走る痛みで体が思うように動かない。

 遠くではプロフェッサーがこちらを眺めていた。足元にはじじぃが倒れているのが見える。

 ニネットを助ける術がない。強者に追い込まれていた昔の記憶が蘇る。


 盗みを働けば追われ、食料を持っていれば子供であろうと大人たちに襲われた。奴隷商人はいつも目を光らせ、使えない子供はすぐに切り捨てた。弱者は強者に従わなければならない。夜の暗闇から手が伸びる恐怖を、未だに忘れられない子供は多い。

 その時と同じだった。死を覚悟するその瞬間、どうにもならないと諦めた瞬間、あの時感じた恐怖だ。一人では生きていけない、だからこそ俺たちは力を合わせて生きてきたのに、俺はニネットを助けることが出来無い。

 悔しさで涙が滲む。イッカクとの約束を果たせない自分に、心底嫌気が差してしまう。敗北は即ち、死を意味している。

「ぐぅ……あたし、こうさん……しないモン」

「黙れ!」

「にねは……負けない……あたし……ぜったいに」

 ニネットがソニア腕を掴んだ。

「ぐっ、貴様!」

 ニネットは無理矢理立ち上がると、ソニアを背負ったまま、反対側の地面へと叩き落した。

 ニネットはソニアに馬乗りになり、肩を掴んで上半身を目一杯に反らせた。まさか、あれをする気か? ソニアはニネットの腕を掴んだが、それはニネットにとって好都合だ。

「あたし負けない! ツバメと一緒に、家に帰るんだぁぁぁぁぁ!」

 ニネットは勝てる、何もかもを奪う大きな敵を、退ける力をニネットは持っている。

「ニネットぉぉ、ひっさつぅぅぅ!」

 ニネットの最終手段。逃げる事の出来ない必殺の一撃。

 あれはとてつもなく痛いと思う。俺も一度経験した事があったが、前後の記憶が飛んでしまい、その時の事はまったく覚えていない。

「ヘッドバットぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ニネットの必殺技である頭突きがソニアの額に命中した。なんとも言えない鈍い音が響く。後先考えないニネットだから出来る、渾身の必殺技だった。

 ソニアはその場で意識を失い、案の定、ニネットは情けない声を出しながら、頭を押さえてのたうちまわってしまう。

「よし!」

 ソニアを倒した! だがすぐに銃声が聴こえた。

 プロフェッサーが俺を狙って撃って来た。ニネットはまだ頭を抱え事態に気付いていない。俺はなんとか身を起こすと、ニネットの手を引きハンヴィーの後ろへと身を隠した。

「邪魔ばかりをしてくれる……」

 プロフェッサーは車椅子から立ち上がり、覚束ない足取りでソニアの元へと向かっていった。

 ハンヴィーにぶつかる弾丸の音、今はあちらの様子を伺うのも難しい。

「ソニア、何をしている。さっさと奴を殺せ」

「お祖父様……も、申し訳……ありま……せん」

 銃声が止んだので、俺は窓越しに様子を確認した。

 プロフェッサーはソニアの腹を杖で突き、冷たい瞳で見下ろしていた。感情の欠片も見せず、道具のようにソニアへ指示を出す。これが家族に向ける視線なのだろうか、俺は怒りさえ感じてしまう。

「フン、所詮お前はただの駒でしかないと言う事か。私の理想には程遠いな」

 駒? 一体どういうことだ。

「お祖父様……?」

「ソニア、ニネット。お前たちは私が作り上げた人間、新たな世界を生きる新人類だった筈だ」

 私が作った? 意味が判らない。俺は大声を上げていた。

「おい、どう言う事だ!」

「フフフフ。まぁいい、発動条件は揃っている」

 プロフェッサーは突如笑い出し、懐から小さな機械を取り出した。

「新しい世界の幕開けだ。歴史的瞬間に立ち会えることを喜びと感じろ!」

 未だにプロフェッサーの言っている事が理解できない。まさか装置を作動させる気か?

「お祖父様……発動にはまだ準備が……整っていません」

「だまれ! 役立たずの駒めが……私の理想について来れぬクローンなど不要だ!」

 プロフェッサーがソニアの肩を踏みつけた。敵だとはいえ家族を踏みつけるなんて許せる行為ではない。

「……クローン?」

 だが、ソニアは抵抗する事も無く、ただ呆然としていた。

「そう、クローンだ。お前たちは新たな世界で生きる筈であった。しかしその計画は崩され、未だ成功には至っていない。しかしようやく私は、新の世界を掴むことが出来るのだ」

「どう言う事だ、説明しろくそじじい!」

 プロフェッサーは俺を一瞥すると、薄ら笑いを浮かべた。

「フフフ、壊れた世界の子供たちか、まさにその名の通りだ。第一次の計画が成功していれば誕生する事もなかったのであろう。悲惨な子等だ……いや、これもまた人類の進化と言うべきか? フフフ、ただ生きているだけの、地を這いずるゴミ虫だな」

「一体何を言ってるんだ……」

「小僧、人類の進化は止まったと思うか? 猿人から始まった歴史は、月の落下によって終ったのではない、始まったのだ!」

 人類の進化ってなんだよ。あいつはまるで、月の落下が良い事の様に言う。

「お祖父様、一体……何を……どういう事ですか」

「ソニアよ、お前は人類進化の為に私が造り上げた、二十六の新人類のうちの一人だ。そこにいるニネットも同様に、私が造り出した一人だ」

「造った……?」

「だがこの世界では駄目だ。なんの変哲の無い人類がのうのうと生を成している。アルファナンバーこそが、新の世界の人類となる筈なのだ」

「てめぇ! 一体何の為にそんな事をするんだ! 世界を壊して何が楽しい!」

「世界を壊す? ハハハ、面白いことを言う小僧だ。私が世界を壊しているとでも言うのか? いいや違うな。私は新たな世界を生み出そうとしているのだ、進化を辞めた人間を一掃し、新たな道を作り出そうとしている、言わば進化の案内人なのだよ」

「新しい世界だと……お前おかしいんじゃないか!」

「理解は求めぬ、だが知ることは許そう」

 そしてプロフェッサーは語りだした。俺たちが生まれるよりも前の話を。月が落下するよりも古い歴史。話の殆どは理解出来ないでいたが、ニネットとソニアは記憶を辿るように、その話に耳を傾けていた。


 西暦1969年、人類は月面探査機アポロを打ち上げた。まだ子供だった私は、アメリカ航空宇宙局(NASA)で働く父の研究室でその映像を見ていた。人類が初めて宇宙という未知の領域に踏み入れた瞬間だった。

 その後、持ち帰られた月の石を父のチームが調査する事となった。月の石の調査は困難を極め、幾年月にも及ぶ調査期間を要していた。

 大人になった私も研究者の父と同様、月研究の道を進むこととなる。いつか人類が月に住めるかもしれない、私にとってその研究は夢や希望に溢れる素晴らしい時間だった。しかし父と私は月が人類の住めるような環境ではない事を知る、どう足掻いても人が足を踏み入れる事の出来無い領域だった。

 ある日父は結論を出し月の研究を辞めた。間もなく研究室は閉鎖され、人々があれ程までに望んだ月は、あっという間に記憶の片隅へと捨てられてしまった。

 宇宙局の月探査計画終結には私は納得がいかなかった。持ち帰られた月の石には可能性が秘められている、月のコアを利用すれば、人類は新たな進化へと導く事が出来る筈だった。

 私は宇宙局を辞め、新たな研究所を設立し遺伝子研究を始めた。月が人類を拒むのならば、我等人類が変わればいい。遥か昔から人類は進化を続けてきた、科学や技術の発展だけではなく、人類自らも進化を起こす時が来るのだと私は考えた。

 数年後、私の研究は実を結んだ。遺伝子細胞の拡張と増殖は、医学に新たな歴史の一ページを加える事となる。遺伝子研究の権威と呼ばれ、私の元には優秀な医者や科学者達が集まった。世界にアーヴィン・フォスターの名を知らしめ。研究施設も数を増していった。

 研究は世界に認められる存在となったが、私が本来目的としている研究は遺伝子による人類進化であり、医学技術の発展などではなかった。

 それから三年後の1998年。私は宇宙空間でも耐えうる構造を持つ有機体を造り出すことに成功した。そしてそれを元に更なる研究を始めた。

 鷹の瞳は全てを可視し、鯨の耳は不可視な物を立体に捕らえることが出来た。豹の四肢は人の倍以上の速度を保ち、鰐の角質は刃をも通さない硬さを持つ。世界には独自の進化を遂げた動植物が多く有り、その特質な能力を人間が扱う事が出来れば、人の進化に限界などは見えなかった。低酸素領域での活動能力、圧変化をもろともしない肉体、人類の運動性能を覆す新人類の可能性だ。

 人並み外れた身体能力、僅かな酸素量での水中活動。その他にも能力は限りなくある。月の環境下でも生きていける構造を持った人類を生み出すことが出来れば、地球外の環境にも適応が可能だ。

 有機体の完成から二年後、私はAからZまでの名を持つ、男女二十六の人類となる有機培養体を創造し、世界への発表を決めた。

 Aや(アルファやブラボー)は既に人としての形を形成し完成はしていたが、実用には至らない人形であった。しかし後番は私の想像した可能性を秘めているものばかりであった。私はAとBの人形と、完成系である(セタ)の有機体を持ち世界へ向けて発信した。

 だが世界はそれらを否定した。行き過ぎた科学技術は認められず、私は非難を受け裁判の場に立たされる事になる。人は言った『神にでもなったつもりか』と。倫理の為に進化を止めるというのか? 現状で満足している人類に私は強い憤りを覚えた。

 2005年に行われた裁判では、人類進化の停止についてが争われた。倫理に反する行為を認める訳にはいかない。そう結論付けた陪審員たちは、アルファとブラボーの脳死判定や培養段階全ての有機体の破棄など、研究の全面停止を下す決定をした。

 人類進化の為の研究が、無残にも切り捨てられようとしている。なんともひどい仕打ちではないか。

 世界に認められない人類は 世界によって殺されようとしている。人類の進化を妨げるものは、テロメアでも遺伝子エラーでもなんでもない。悪魔の証明と否定する人類そのものだったのだ。

 私は研究チームを解体し、AとBの人形とダミーシステムを葬る事で、二十六のクローンを消滅したように見せ掛け、私の未来である二十四の人類はアメリカ、日本、ヨーロッパにある三つの施設に隠し、培養状態のまま永久睡眠へと掛けたのだ。


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