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蒼い心

作者: T・有田

初投稿のショートショートです。

この作品はホラーなのかファンタジーなのか、自分でもよくわからない次第です。

今はファンタジーな長編小説を執筆中。

是非、生温かく見守ってください。

気が向いたら読んで頂ければ……ていうか気が向いてくださいwww!!!

 都内から少し外れたレストランが賑わいをみせている。その周辺には手付かずの自然が残っていて、夜になればレストランの傍にある透明度の高い小川や滝壺が淡くライトアップされ、其処に戯れる蛍たち。そして夜空に散りばめられた幾千億もの個性豊かな星たちを仰ぎ見ることが出来るという。

 都内から車で向かって小一時間もかかってしまう、そんな不憫な場所にあるのにも関わらずパーキングエリアは車で一杯だった。

 偉大な自然に囲まれて、のんびりと昼食を楽しむだけのつもりだった。

 その筈だった。それなのに……。

―俺は迷っていた。道に。一時間も。

 青空を隠すほどの、濃い緑の木々たちが緩やかな傾斜に続いている。人工的なものは見当たらず、一欠けらの土地勘もない俺は、ひたすら獣道を下へ下へと歩いていく以外ほかなかった。ゆっくりと森の茂みの中へ一歩、また一歩と足を進めた。木々と土の香りが一層濃くなっていく。うっすらと輝く木洩れ陽を受けながら、俺は道なき道を黙々と歩き続けた。

 聴こえる鳥の囀りと、木の葉の重なり合う音が風鈴代わりになっている。太陽の突き刺すような陽射しも、重なり合う木々によって淡い木漏れ日となって世界を包み込み、今は夏真っ盛りだと言うのに爽やかな暑さが心地よい。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。

「まずい……非常にマズい展開だ」

 そう呟いてみたものの、時既に遅し。幾度も見回しても、現在地を明確に出来る物も、術も何もかった。己の居場所が分からなくなってから、軽く一時間を超えていた。

 出発したのはレストラン専用のパーキングエリアだった。そこから小川や小さな滝壺が見えるレストランに着くには、一通の小道を通りそう時間が掛からないはずだった。

(一通の? そういえば途中で二股の道で左に曲がったような気が………)

 二股と思った片道が獣道だということに気付いた頃には時すでに遅し。

「どこやねんっ、ここ!」

 普段使わないノリで大阪弁でつっこんでみたところで状況が打破できる訳ではない。迷ったときはひたすら下っていけば何とかなると、いつか風の噂で聞いたことがあるが、それは本当に只の噂で、今更信じるのではなかったと後悔したが後の祭、大祭りだった。

「俺って………よっぽど方向感覚おかしいんだなぁ」

 山道とはいえ一方通行を間違えるほどである。これを方向音痴以外に何と言おうか。

 自分に対する苛立ちが急速に膨らんでいく。

―ぐぎゅるるるるッ。

 突然、腹の虫が鳴った。絶望と苛立ちですら空腹には勝てず、俺はその場に腰砕けのように尻もちをついた。


―ザザッ。

 暫くすると頭の上から草を掻き分ける音が聞こえた。目の前に現れたのは今時には珍しい和服の女の子である。栗色の髪のおかっぱ頭に、同色の大きくも少々吊り上がった瞳が印象的だ。

「何……してるの?」

 びっくりした表情で丸くなった瞳のまま、俺に問い掛けてきた。

「腹へって倒れてる」

 返答すら面倒だったが、安堵の溜息とともにそう答えた。

「そう……」

「……君は?」

 相手は無関心な口調で、まるで心配する様ない。声の相手に興味が沸き、上半身を起こして声の主を見詰めながら呟いた。

「私? この近くに住んでるのよ」

 とかく、早く予約済みのレストランに行きたい。

「ねぇ、ここらへんにレストランがあるはずなんだけど……知らない?」

「知ってるわよ」

 彼女は気落ちするほどあっさりと答えた。

「近くに湖があるの。其処からの方がわかりやすいから、ついてきてくれる?」

 湖の方向へ人差し指を向けながら、彼女は俺を見詰めている。

 同じような木々が乱雑に根をはっている深い森だ。それでも彼女は迷うことなく目的地へとそそくさと足を進める。

 そして辿り着いた場所は……。

 高く、何よりも澄んだ青空を仰ぎ見ることが出来る湖の辺だった。大きく連なる真っ白な入道雲が、風に乗って優雅に流れていく。燦々と輝く太陽に、淡く煌めく湖。水面を囲むように連なる木々には、様々な色の緑が重なっている。

 ほら、と彼女が指をさした先には、獣道とも人の作ったものとも見える道が存在した。

「この道を真っ直ぐ行けば滝つぼに着くわ。この時間だったら………まだそこには人が一杯いるはずだから」

 女の子は一瞬、もの惜しげな表情を浮かべたような気がした。

「ありがとう。今度お礼をしにくるから………」

「別にいいわ。礼をされるほど大したことしてないし。なにより私はこの湖の近くに住んでるから大丈夫だけど、この森に慣れない人間だったら絶対迷うから。それにあんた……方向音痴でしょ。そうじゃなきゃレストランまでの一本道を迷うことなんてありえないものね」

 俺は返す言葉もなかった。

「ありがとう。また会う機会があればいいな」

「そうね、多分ないと思うけど……」

 先ほどから変わらぬ淡々とした口調で呟くと、彼女はさっき通った道から深い森へと戻っていく。レストランを予約した時間はとうに過ぎてしまっている。

早く戻らねば、と指示された方向へ足を進めた。今度こそ迷わないようにと、一本道であることを確かめながら小道を進んでいく。

 同じ様な景色の中を、十余分歩いた頃だった。頭上を覆っていた木々の重なりが、徐々に薄くなっていくことに気が付いた。そしてただの獣道とは違う、明らかに整備されている小道の脇に出た。その先からは、ざわざわ、と小さいながらも話し声が聞こえたような気がした。それは二、三人の比ではない。かなり大勢の話し声に聞こえた。

 彼は急いで声の聞こえる方へ駆け出した。木々の枝葉の重なり合う道を進んでいく。出口に近付くに連れ、その声は徐々に大きくなっていく。それが空耳ではないことを確信した。

生い茂った雑草を必死に掻き分けると、彼女の言うとおり、サラサラとせせらぎの音を醸し出す滝壺の傍に出た。少し首を横に傾けると、目的地であるレストランが見えた。幾人もの客が笑顔で食事を楽しんでいるのが伺える。

「こんな簡単に帰れるなんて………」

 トボトボと、レストランへ向かっていく。その中へ入ると、昼食どきが過ぎたせいか四割程度しか客が入っていない。

「あの……十三時に予約していた宇治原ですが……。遅れてすみません」

 腕時計を見ると、とうに一四時を過ぎてしまっている。何度も頭を下げながらレジのボーイに声を掛ける。

「はい。宇治原様ですね。到着が遅いので心配していました」

「スイマセン。どうも途中で獣道に入っちゃったみたいで……」

「それはそれは。よくご無事で帰ってこられましたね。この森は非常に深いんですよ。ベテランの男性登山客の方でも、年に一、二人は行方不明になられるほどで……」

 いつだったか忘れたが、新聞で何度か取り上げられていることを俺は思い出した。

「それは怖い。でも湖の近くに住んでるっていう女の子に、道を聞いて帰ってこれた

んです」

「湖……? ああ、あそこですか。あそこは沼地ですので、非常に危険な場所なんです。周りも湿地帯ですし。地元の猟師さんですら近寄らないんですよ。ましてや誰か住んでいるなどということは……」

「そんな! それじゃあさっき会った女の子は……」

 蒸し暑い中、歩き続けて噴き出していた生温い汗がサッと引いていき、背筋に一筋の冷たい汗が流れた。

「狐か幽霊さんにでも会われたのではないでしょうか」

 何処か憎めないボーイの悪戯な冗談とは裏腹に、俺は息を飲んだ。

「それではこちらへどうぞ……」

 ボーイの案内に連れられて、俺は一番眺めの良い窓際の席へ付いた。

 それから一時間弱。不思議な出来事のあった森を目の前にして、俺は少しばかり遅い昼食を堪能した。ボーイに薦められた赤ワインも少しだけ飲んだ。

 そしてほろ酔い気分で会計を済ませると、再び都内へ戻る送迎バスに乗り込んだ。主にカップルや夫婦たちなのか男女一組の乗客が次々と乗り込んでくる。一人身の俺は何だか肩身が狭いような気がした。

俺はユラユラと心地よい振動を楽しんだ。

(今思えば……あの子可愛かったな。もしかしたらまた来たら会えるかもしれない。……)



 俺は男性登山客が行方不明になったことを……ふと思い出して、すぐに忘れた。


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