副騎士団長と女の子
もう無理もう無理もう無理もう無理っ!!
近いよ!このモーモーさん達の角近いよ!耐えられないよ怖すぎるよ死んじゃうよ…っ!先端恐怖症の私がなんでこんなにいっぱい先端に囲まれないと行けないの!?なんか目から汗出てきたよ?!
幸い私は柔らかい草が生えている少し高い段のような所にいたから足元の辺りに角がある状態でまだ良かったけど、何故か足元が少しずつ低くなっていっている気がするの…何で……?私の錯覚…?
「ああもうどうしよう…!私はもうじきこのモーモーさん達の角に刺されて死んでしまうんだわぁああああ…!!」
私が大声で嘆いていると何処かから蹄の音と馬の嘶きが聞こえてきた。…もしや!本当に仏様か神様が馬に乗って私を助けに来たの!?
期待を込めて私は「仏様でも神様でも良いから助けてぇえええええ!」と叫んだ。
…今思い返してみると死にたいくらい恥ずかしいのに、この時の私は本当に頭がおかしくなっていて、ただ無我夢中で叫んでた。普段の私からは想像もつかないようなダミ声でね…。
*
馬というのは非常に賢く素晴らしい動物だ。此方の考えを素早く理解し迅速に動いてくれる、勿論だが余計な事は言わない。…そう、ちょうど俺の隣で騎乗している男のような無駄口は一切叩かないのだ。
「なぁ、マックス!この前行き付けの酒場に行ったらよー若い女の子が新しく入っててさ!その子がめっちゃ可愛いんだよ!!」
「そうか良かったな」
ギルバートは騎乗しているにも関わらず身ぶり手振りで大袈裟に伝えてくる。こっちが落ちるんじゃないかと心配するほどに…。
「ギルバート、そんなことはどうでもいいから集中しろ。」
「はぁ?乗馬にか?俺、乗馬嫌いなんだよ。」
「士官学校時代に乗馬で1位を独占し続けた奴の台詞がそれか?」
「俺は自由に遠乗りするのが好きなの」
ギルバートは肩を竦めながら首を振った。
ギルバートは今はこのとうりの自由主義の軟派男だが、士官学校時代はもっと真面目な優等生だった。奴の家が名門貴族だったせいか、昔は始終気負っていて見ているこっちが鬱々としてくるような奴で、その頃の俺達は寮で同室だったが、俺も奴もずっと机にかじりついて勉強しているか、無心に剣を振るっているかのどちらかだったのであまり意識的に話したりはしなかった。
その関係がいつ頃から変わったかというと…実は俺も曖昧なのだが、騎士団に入ってからだと思う。何の心境の変化か分からないが、奴は憑き物が取れたかのようにさっぱりとした顔つきになり、次第に今の奴になっていったのだ。
「…ん?なんか聞こえなかったか…?」
ギルバートが訝しげな顔をしてそう言ったので俺も耳をそばだてた。
微かに悲鳴が…女性の悲鳴が聞こえてきて俺達は血相を変えて馬を走らせた。
*
私は牛の向こうから二人の騎士の格好をした男性達がこちらに走ってくるのが見えた。……なんだ、神様でも仏様でもないのか。
よく分からない落胆を味わっていたせいだろうか、足元が弱冠ぐらつき始めたことに気づかなかった私は、唯一の救いであった段のような場所から落ちた。
目前と迫る牛の鋭利な角に、ああこれは死んだな…と思い目を瞑った。
「え…っ?!」
だが目の前まで来ていたらしい片方の男性が何かよく聞き取れない言語を喋ったかと思うと、牛達が一瞬にして吹き飛び、私は男性の腕の中にいた。
私は目を思いきり見開き目の前の男性を見つめた。
青く澄んだ綺麗な瞳だった。
「………、…………?」
「え?なに?言葉がわからない…よ…?」
「…?!……………。」
私は緊張が一気に解れたせいかひどく眠くなり、男性がひたすら話しかけてくるよく分からない言語を子守唄に眠ってしまったのだった…。