若旦那と猫と少年
続読ありがとうございます。
前話の謎の端々が見えてきたらいいなと思います。
7.
カタコトと馬車が揺れていた振動が小さくなり、王宮へ向かう一本道に入ったのだと分かった。
目の前で体を縮めるそいつは不機嫌さを隠さない。
まぁ、王宮の狸どもを考えれば分かりやすく、好ましい態度なのかもしれない。
コイツは気に入らなければ口答えはするし、女中らしくない。
あえて言えば人に馴れない(人に媚を売ることの無い)気ままな猫のようだ。
主である俺に最後は従う辺りは弁えているのかもしれないが…。
気に入らない。
今まで、自分を尊敬の眼差しで見るもの(ソレはそういう風に振る舞っているのだが)や恐れる者にしか会ったことがないからかもしれない。
心ない敬称に苛立ちは募る。
しかし、今の様子を見るととてもではないがそんな気持ちは起きなかった。
「そんなに王宮を嫌がるのは何でだ」
王宮に近づくにつれ蒼褪めて見えるソイツに同情心でもわいてしまったのかもしれない。
「何でもございません、若旦那様」
さっきから一本調子で変わらないそれに溜息が出そうだった。
何故こんな姿をして、馬車になんて乗っているのだろう?
というか、この際姿はどうでもいい。
第一の問題は『どうして王宮に行こうとしているのだろう?』だ。
思わず皺になるのも忘れ、ズボンを握った。
「クジェトリム伯爵の長子、ジストール=フェン=クジェトリムとその小姓だ。登城許可を」
思いのほか簡単に登城許可が下りた所から考えると若旦那は誰かに呼び出されたのかもしれない。
お願いだから何事もなくこの門を出られるようにと願ったりしてみた。
「何とか終わってくれそうだ」
自分の姿を見てしみじみと思う。
若旦那が相手の貴族が待っているという部屋に入って時間が経つ程に頭が冷えてきた。
…この姿を見て私だと分かる人間が王宮に何人といる筈がない。
浮かぶ人間もいるが、まさか私がこんな姿で王宮に上がるとは考えまい。
そう思うとかなり先程までの自分が馬鹿らしく思えた。
パァンッ
突然、隣室から聞こえたその音に思わず扉にタックルをするような勢いで飛びこむ。
「若旦那、何事ですか!?」
ガラス片が部屋中に散らばるその部屋の惨状、人物に目を見開く。
「何事ですか、じゃないだろう…」
「お待ちください」
被ったガラス片を素手で払い落そうとする主を止め、自分の手で払う。
第二撃が来るのは判り切っていた。
聞いたことがある。
若くして台頭してきたある男は周りの貴族から妬まれている。
賢い王子の寵愛を受けており、家庭教師もしている。
誰にも知られている筈の無いそれを知っていることのどうこうはこの際関係の無いこと。
相手は若旦那を狙うことはあっても他を狙うことは無い。
ならば、やることは一つ。
「行きますよ、若旦那」
狙いはあなたです、そう言って手を引き駆けだした。
すれ違いざまに、
「いくらアンタでもなんかあったら許さないわ」
そう言うことも忘れなかった。
「だってさ、ブランク。相変わらずノアは過激だよね」
そういうとこが面白いんだけどさ、そう笑う。
「そんなこと言ったら怒ると思うよ…」
くすくす笑う彼はすぐさま表情を変えて反応にきょとんとしているだろう衛兵たちに指示を飛ばす。
「お前達の仕事は何だ?我らに危害を加えに来た輩をみすみす逃す気か?」
秘密部屋に隠れていたその人たちが彼の『追え』の指示に慌てて飛び出したのに再び笑う姿を見て、ぽつりと漏らした。
「僕、いつだって思うんだ。僕らといる人たちはとても苦労するんだろうなって」
その先に君が言う言葉も分かっちゃってる僕もどうかと思うんだけど。
「使える者は上手に使う。使える立場にあるんだから当然のことだろう?」
問題勃発です。
部屋に残った二人のうち一人は見当が付いたかと思われます。
次回は飛び出していった二人を追っかけます!!
アンタの言葉に二つ意味があるのは分かっていただけたでしょうか?