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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

戦前線上のリアル ―――ホンモノハドコ?―――

掲載日:2010/11/08



 僕は今日、初めて人を殺した。

 目の前で、人が血を吹き出して倒れる。

 それを、僕は感情のない顔で見ていた。

 ―――それは、五才の時。




 「おい、此奴例の奴じゃねーか。」

 「あーっ、噂の。」

 「全く、餓鬼の癖に。軍も酷い事考えるよな。」

 「俺、あんぐらいの時なんざ、こんな世界すら知らなかったぜ。」

 「しかもだって彼奴・・・・・・なぁ。」

 「全く、可哀想に。」

 大人が僕に同情する。

 けど、そんな同情なんて欲しくない。

 僕が欲しいのは、

 『本物』の愛情だ。

 尤も、もう得る事は出来ないのだが。

 僕は馬鹿だ。

 そこに本物なんてある筈無いのに。

 そんな事を求めて、こんな事をやってる。

 まだまだ、僕は愛情に飢えた餓鬼ってことさ。

 ・・・・・・こんなんでも。




 とある年の、とある国。

 僕は、戦争の前線にいた。

 戦争のど真ん中。

 人が人を殺し合い、血の雨が降る。

 そんな中で、僕は感情を無くした表情で目の前の敵を撃つ。

 千分の狂いも無く、確実に。

 ―――そんな時、僕はまだ七才。

 七才の餓鬼。

 でもそんな僕は、只の大人よりも役に立ち、万能だった。

 人を殺す事に、躊躇が無い。

 殺す事が良い事だと教わったから、殺す。

 人間を殺す為に教育された、兵器。

 所謂、人間兵器だ。

 大人の話によると、僕は両親が殺され孤児となった餓鬼の一人で、路頭に迷っていた所を三才の頃に軍に拾われ、教育されたらしい。

 それ以前の記憶なんて無い。だから、親の顔なんて知らなかった。

 当時、確かに幼い兵もいたが、三才の餓鬼を教育するなんぞ無謀な事だと言われ、僕を拾った奴は随分罵声を浴びせられたらしい。

 しかし、そんな僕を教育したのには訳があった。

 ―――力が欲しかったんだ。

 僕は手榴弾を手にすると、掌に乗せてポウッと浮かばせた。

 そしてそれを、見えぬ糸で操るかのように細かに手先を動かし、敵軍の上空へ持って行くとピンを外し、手を下に思いっ切り振って敵軍の中に落とした。

 僕は、直ぐさま耳を塞ぐ。

 刹那、

 「ッドッッガァァアァアアァァアアアーーーーッッンッッッ。」

 周囲に爆音が響いた。

 それと共に、人間が宙を舞う。

 それはまるで、道端の棒切れが舞っているようで、虚しいほどに軽々しかった。

 そしてボタボタと、人間が地面に叩き付けられていき、

 その人間の雨は、華麗な程に無惨なものだった。

 こんな景色を見て、僕は何度胡蝶の夢を見た事か。

 人は、簡単に死ぬ。

 その現実を身近に知って、僕は何度、人間は弱い生き物と感じた事か。

 まだ生まれて七年しか経っていないのに、僕はそんな事を知りすぎていた。




 そんな重荷を負わせてでも、大人が僕を軍に入れたのにはやはり理由があり、その理由とは、僕が稀にしか現れない、“魔力を持った人間"だからであった。

 魔力。

 それはその名の通り、魔の力。

 生まれ乍らにして魔の力を身に纏った人間は、その力で何でも自由に操る、魔術という技を使う。

 その目に見えぬ魔力を操る魔術は、異質で、異様で。

 歓迎される事もあれば、同時に、人々の恐れの対象でもあった。

 そして僕も、生まれ乍らにしてそんな禍々しい力を持って生まれてきてしまった人間の1人であり、その力を、人殺しの為に使っていた。

 本来、この力はどう使うべきなのか。

 そんな事は、何も知らない。

 僕は只、目の前の敵を全て殺せばいいと教わったから、そうするだけ。

 只、それだけ。それだけなんだ。




 そんな泥沼に浸かっていた、ある日の事。

 僕の率いる班は、敵陣である鬱蒼としたジャングルの中を、密かに敵軍目指して行動していた。

 先刻から、僕の後部より、コソコソと密話が聞こえてくる。

 その緊張感の無い様子に、僕は少し腹を立てていたが、何も言わなかった。

 話の内容は九割方が粗方、僕の事についてであろう。

 しかし、それに無理もない。

 こんな餓鬼の僕が、今班の先頭に立って指揮を執っているのだから。

 そんな密話になるべく耳を傾けないようにしながら、自分の背丈より遙かに高い植物を掻き分け、只ひたすらジャングルを突き進んでいった。




 進んでも、進んでも、見えてくるのは緑だけ。

 変わる景色は、気色の悪いカラフルな生物たちと、地面に横たわる屍の状態くらいであろうか。

 そして、暑い。

 このまま焼けてしまうのではないのかと思う位に、今日は灼熱の太陽がこの地獄を照らしていた。

 何故、僕はここでこんな事をやっているのだろうか。

 不図そう思ったが、意味のない事だと思い、僕はすぐに考えるのを止めた。

 そんな事考える暇があるなら、一人でも多くの人を殺さなくちゃ。

 ――じゃないと、僕は誰からも、偽の愛情すら貰えなくなって捨てられる。

 僕は独り憂いの表情を浮かべながら、ひたすら植物を掻き分けジャングルの中を進んでいった。




 しかし、目的地には一向に辿り着かない。

 迷ったのかとも思ったが、真っ直ぐ進んだのだから、それは無いのではと考える。

 もう少しだろうとは思うが、遠い。

 僕の体力も、半ば限界に近かった。

 しかし、休むわけにも行かなかった。

 ここは、敵陣の中。

 そんな中で、佇むわけにもいかない。

 そう思い、倒れそうになりながらも、僕は目の前の植物を掻き分けていった。

 その時、

 ガサガサッ。

 僕らとは違う場所から、物音が聞こえた。

 しかもそれは大きく、そして複数。少し小さくてよく聞き取れないが、声のようなものも聞こえる。

 目的地に近いのか。

 そう思った僕は、危険を感じ、サッと手を斜め横に出して味方に合図を送った。

 しかし、足音と声が止まない。

 何故だと思った僕は、慌てて後ろを向く。

 するとそこに彼らの姿は無く、彼らの姿が見えたのは十メートル程後であった。

 そんな彼らは、心なしか疲労している様にも見え、会話も減り、元気がない様に見える。

 やっぱり休息を取るべきだったかと後悔するが、今更それは無意味だった。

 取り敢えず、彼らにこの状況を伝えようと無線を取り出し、連絡を取ろうとしたが、

 その行動は、すぐに無意味と化した。

 「!っ敵だ。敵を前方方向に発見、狙撃します。」

 その場に、地を這うような低い声が響いた。

 僕に、その声がはっきりと届く。

 しかし幸いな事に、敵は僕に気づいて無いらしい。

 僕は占めたと思い、周囲に魔力を蔓延らせ、後方援助をしようと周囲の様子を見る。

 しかし、

 僕はその光景を見て、途方もない不安が体を奔った。

 その一瞬、全身の力が抜けそうになる。

 彼らは、敵に殺されそうになっている事に、気がついていなかったのだ。

 やばいっ。

 そう思い、一瞬抜いてしまったその力を入れ直し、彼らを守ろうとその周囲の魔力を一斉に、彼らの所に向かわせた。

 しかし、

 もう、遅かった。

 緑に紛れて、赤い斑点が、舞う。

 頭や胸から、赤い液体を噴出させる彼ら。

 そして彼らは、緑の中へと消えていった。

 敵が狙撃を確認して、他の場所へと移動していく。

 僕はその間、周囲に蔓延らせていた魔力を自分のもとへと戻し、暫く放心していた。

 敵が去った後、僕は彼らのもとへ行った。

 血溜まりに浮かぶ、彼ら。

 その赤い血はまだ動きを見せていたが、それ以外はもう、動く事は無かった。

 やるせない気持ちが胸に込み上げる。

 ・・・・・・きっと、あの時、あぁしていれば、今頃は、きっと。

 そう思ったが、もうすでに時は遅い。

 もう、取り返しは着かなかった。

 僕たちは敵を殺しに来たのだから、どのみち人間は死んだ。

 そんな事は分かっていたが、それでも、なんだか悲しかった。

 しかしそんな僕の気持ちとは裏腹に、なんだか彼らの顔が一瞬幸せそうに見えたのは、 僕の目の迷いだったのか、そうではなかったのか。

 僕は複雑な気持ちを胸に浮かべ、その場に佇んでいた。

 その時、




 「動くな。」


 後ろから、声が聞こえた。

 男の人の、低い、感情の無いような声。

 そしてカチャリと、銃を突き立てられる音が響く。

 僕はハッとした表情で膠着し、その額から一筋の汗を流した。




 後ろに、生きた人間の気配を感じる。

 僕は、暗雲低迷の予感を感じた。

 「殺されるかもしれない。」

 そう感じて、突如緊張感に襲われる。

 しかし、僕は撃たれるのを承知で、後ろに思いっ切り振り返った。

 腰に付けていた銃を手に取り、即座に地面に落ちていた細長い木の棒を、魔力を使って敵の首へと巻き付けかかる。

 しかし、敵は、僕を撃たなかった。

 その敵の様子に、僕は思わず力を抜いて、敵に止めを刺せなかった。




 敵は、笑っていたのだ。

 嘲笑いでも、薄笑いでもない、まるで、自分の子供に向けているのかの様な、温かい笑み。

 最初は驚いた表情を見せたものの、突如に笑顔になったその男を、僕は、殺せなかった。

 思わず、僕は力を抜く。

 銃を持っていた手を下に下ろして、木の枝をパサッと地面に落とした。

 そんな僕に、彼は銃を下ろし、僕の鉄兜をトサッと落として、僕の頭をそっと撫でた。




 「・・・・・・どうして・・・・・・。」

 「・・・・・・ただいま。」

 放心状態の僕に、彼はそう言った。

 柔和な笑顔で。何故か、僕なんかに。

 しかしその後、彼は放心状態の僕に、今度は諦めの表情を見せた。

 「・・・・・・な訳無いか。

ごめんな。驚いたろう。

敵なんかに、笑ってただいま、なんて言われちゃ、なぁ。」

 そう言ってその男は、僕の頭をクシャクシャッと撫でた。

 「全く。お前みたいな子を使うなんて、向こうの軍もどうかしてんな。

・・・・・・まぁ、その方が、使い勝手が良いのかもしれないけど。」

 そう言って、悲しそうに微笑む男。

 その男は、見た目二十代後半位の、一味爽涼といった言葉が似合いそうな青い目の男だった。

 敵人種の一番の特徴である、青空のように清々しく、透き通りを見せる、忌々しい青い目。

 その目が、僕に笑顔を向ける。

 そして、僕に言った。

 「帰りな。」

 真顔で、一言。

 「・・・・・・え?」

 「お前一人じゃ、敵軍に突っ込むのは無理だろ。

 味方が全員やられたって引き返せば、きっと上もそこまできつくは言わないさ。

 俺は、お前を見なかった事にする。だから、帰りな。」

 敵なのに、あり得ない発言。

 その言葉に僕は呆気にとられたが、その後すぐ、怒りが込み上げてきた。

 「何故っ、

何故僕を殺さないっっ!!

・・・・・・餓鬼だからか?・・・・・・・っ可哀想だからかっっ?

・・・・・・・・・・・・・っっ僕にそんな同情なんかいらないっっ。

・・・・・・だから・・・・・・っ、・・・・・・・だからっっ、早く僕を殺せよっっ!!」

 目の前の大人に苛立って、僕は思わず叫ぶ。

 すると目の前の男が、僕のことをパチンッと叩いた。

 痛い、痛い平手打ち。

 いつか僕を訓練した軍人が、僕を同じように殴った事がある。

 しかし同じ動作なのに、それは、全く違う痛みだった。

 ―――まるで、親が子を叱る時の様な・・・・・・。

 「そんな事を言うなっっ!!

・・・・・・そんな事を・・・・・・言うなよ・・・・・・。

・・・・・・俺には、っお前を殺せないんだっ・・・・・・。」

 「・・・・・・っだから何故っっ!!」

 「理由は有るっ

・・・・・・でも、その前に・・・・・・、

・・・・・・・・・・・・お前も、俺らと同じ、綺麗な青い瞳を持ってるじゃないか。」

 そう言った青い目は、僕の目を覗き込んでいた。

 ・・・・・・・・・・・・え?

 よく、意味が理解出来なかった。

 ――青い目。それは、敵の特徴。

 憎いほどに透き通るその青い目は、一番の、一番の敵の特徴っ。

 ――そんな物が、僕に?

 な訳無い。僕は、そんな青い目の敵だっ。敵と同じ様相な筈・・・・・・。

 そう混乱している僕の前に、一つの水筒が現れた。

 金属製の、水筒。

 その側面に写るのは、

 青い目をした、僕と思しい男の子の姿だった。

 ・・・・・・・・・・・・え?

 僕は、さらに意味が分からなくなる。

 そんな時、声が聞こえた。

 「おい、誰だっ、大声出してるのはっ。何かあったのか?」

 敵の声。ガサガサと、音を立ててこちらに近づいてくる。

 僕はその声にビクッとして、反射的に銃を構えた。

 しかし、男はその手を取って、

 「逃げるぞっ。」

 そう僕に呟いた。

 刹那、僕たちは飛んだ。

 文字通り、空を。飛んだのだ。

 その宙を、フワリと。

 敵は、僕達に気づかない。

 どうやら僕たちの体は、見えない様になっているようだ。

 そして僕たちは、鬱蒼と茂るジャングルの上空を飛んでいった。




 真下は緑。緑、緑、緑。そして、所々、赤。

 少し離れて横に見えるのは、一面茶色、の筈の、赤に塗られた修羅場。

 そこには綺麗であった筈の自然に蔓延る赤が、此の地を支配していた。

 上から見ると、なんと酷く、なんと醜い事か。

 今なら蝸牛角上の争いの意味が、良く分かる気がする。

 僕達は、何故戦っているのだろうか。

 ――人は、何故戦おうとするのか。

 何だか自分達の無慈悲な心に、悲しみの念が湧いてきた。




 僕たちは飛んでいる。

 今、その上空を。

 僕の力ではない。

 彼の力――。




 ―――僕の目は、青かった。

 自分の顔なんて見た事無かったけど。きっと、あれは間違いない。

 金属製の物は、光を跳ね返して、そこの景色を映し出す。

 いつか綺麗に磨かれたその大きな武器の側面に、それ以上に果てしなく広い空が映し出されているのを見て、僕は仏頂面の軍人に聞いた事があった。

 あれは、紛れもなく、僕だ。

 あの青い目は。あの清々しく青い目は。あの殺せと教わった青い目は。あの憎むべき青い目は。あの殺してきた青い目は。あの青い目は。青い目は。青い目は。青い目は。青い目は。

 ―――僕のだったんだ。

 ・・・・・・つまり、あの大人の会話は。陰口は。悪口は。あの冷ややかな目は。憎しみの目は。蔑みの目は。あの、僕を拾った事で揉めた事は。・・・・・・は。・・・・・・は。・・・・・・・・・・・・は。

 ―――僕が敵人種だったからなんだ。




 フフッ、アハハハッ。

 アハハハハハハハハハッ。

 そうだよね。僕みたいな子供なんか、いくらでも居るもんね。

 アハッ、アハハハハハッ。

 そうか。僕って、便利な芥屑だったんだ。

 死んだって、別に良いもんね。敵人種だもん。

 敵が敵を殺してくれるんだ。楽な事じゃないか。

 もしかしたら、僕を殺すのに戸惑うなんて敵も居るかもしれない。・・・・・・此奴みたいに。

 子供だもん。餓鬼だもん。幾らでも洗脳が効くよ。褒められる為なら、幾らでも、敵殺すよ。

 人を殺す事に躊躇なんて無いよ。それに、僕は魔力を持っているんだ。最高じゃないか。

 ・・・・・・最高の、鴨じゃないか。

 アハッ、アハハハハッ。

 僕って、そんなに良い素材だったんだ。

 アハッ、アハハハハッ。アハハハハハッ。アハッ、・・・・・・アハッ・・・・・・アハハハ・・・・・・ッ・・・・・・。

 僕って、只の玩具(おもちゃ)だったんだ。

 ・・・・・・なのに、あんなに良いように人殺しちゃって・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿みたい。




 僕達は飛んでいった。

 緑を抜けて、茶を抜けて。赤が少なくなっていくその地の上を、鳥のように飛んでいった。

 人が。生きている人間の数が、段々増えていく。

 見知らぬ土地だというのに、何処からか安心感が高まっていくのは、何故なのだろうか。

 僕が妙な感情に踊らされているとき、

 僕達は、人間が沢山居る場所へと降り立っていた。

 ――此処が、町という所なのだろうか。

 此処の人間は、無闇矢鱈に殺すなと教わった。

 同じ敵人種なのに、何故殺してはいけないものなのかと、あの時の僕には良く理解出来なかったが、

 今なら、その意味が分かる気がする。

 彼の手に引かれ、僕はその中へと引き込まれていく。

 そこに広がっていた光景は、僕にとって異様であった。

 ――僕は敵なのに、誰も、僕を殺さない。

 ――僕を、誰も、冷ややかな目で見てこない。

 ――武器を持っている人も、僕達以外、見あたらない。

 そして、

 ―――人々がみんな、笑顔に満ち溢れていた。

 戦場しか知らない僕が見ているこの光景は、僕にとってあまりにも異常だった。

 そこには、屍も無ければ、赤い、血の海も広がっていないのだ。

 そんなこの町の光景に驚く僕を見て、彼は呟いた。

 「不思議だろ。

向こうは血塗れなのに、こっちはこんな世界が広がっているなんて。

・・・・・・でもな、此処だって平和じゃ無い。

戦地に人が駆り出されていって、段々人が減っているんだ。

・・・・・・それでもお前には明るすぎるんだな。」

 そう言って、悲しそうな顔を見せる。

 しかし僕には、その彼の表情の意味が、良く分からなかった。




 「こっちだ。」

 そう言って、彼が僕を一つの家屋の中へと連れ込んだ。

 そこは、まだ昼間だというのに何処か薄暗く、外とは打って変わって、静かな、寂しさを感じさせる場所。

 その中に僕を連れ込むと、彼が安心した様に息を吐きながら言った。

 「よし。此処まで来れば、誰も軍の奴は居ない。

 暫く来なかったから少し汚いが、そこら辺に掛けてくれ。」

 彼が、ドアを閉めながらそう言う。

 そう言われたこの場所は、確かに埃が集りそこら中に蜘蛛の巣が張られた、暫く使われていた形跡のない、木製の家の中だった。

 その家の中には此といって何も無く、閑散としていた。

 しかし、何故か、懐かしい気がする――。

 僕はそんな家屋の中を見渡し何も罠らしき物が無い事を確認すると、その埃だらけの椅子の上に、疑念を持ちつつ慎重に座った。

 ぶはぁっと、埃が舞う。

 そんな僕の様子を見て、彼は笑いながら椅子に腰掛けた。

 「大丈夫だよ。罠なんか何も無いから。

俺は君を殺す気も、売る気も無い。

・・・・・・だが、此も何かの縁だ。

・・・・・・俺の話を、少し聞いてくれないか?」

 そう言って、彼は僕に、悲しそうな顔を見せた。




 コトンッ。

 彼が、机の上に一つの長方形の物を置く。

 すると、表面に僅かに窓から注がれる日の光が反射し、この場を少し明るく照らした。

 その中には、一枚の写真が入っていた。

 そこにあったのは、三人の、家族らしき人物。

 古ぼけてはいるが、確かに、そこには見えた。

 ―――三つの、笑顔が。

 長い艶やかな髪を前で束ねた、妻らしき女性。

 その隣で微笑むのは、今、僕の目の前に座っている男と瓜二つの、主人らしき男性。

 そしてその中心には、女の人に抱かれた、天使のような笑顔の赤子が写っていた。

 この状況からして、この写真の男は、目の前の男と同一人物と見て間違いないだろう。

 ・・・・・・問題なのは、この赤子。

 ――――この子・・・・・・。

 そう考え始めた時、男の人が僕の目の前に、また長方形の物を置いた。

 今度は写真ではなく、不思議な銀色のガラス。

 その中には、青い目の少年の姿が写っていた。

 ―――それは、先刻見た自分の顔。

 青い目が、銀色の中から僕を見つめる。

 そして、その瞳は、顔つきは、

 ―――写真の中の赤子と、恐ろしい程に似ていた。

 似ている、というのは、少し違うかもしれない。

 『同じ』、なのだ。

 年こそは違うものの、服装が違うものの、表情が違うものの。

 どう見ても相異人物とは思えないほど、同じだった。

 その2つの青い目を見て、僕は驚きを隠せなかった。

 そんな様子の僕を見て、男の人は僕に向かって静かに話し始める。

 「似てるだろ。

敵に、魔力を持った青い目の子どもが居るって噂は、聞いた事が有った。

もしかして、なんては思ったりしていたが、まさか、こんなに似ているとは、な。

驚いたよ、正直。俺は、幻覚を見ているのかと思った。

もう、俺は死んだのかとも思った。

まぁ、その方が良かったかもしれないけど。」

 そう言って彼は、僕に悲しそうな顔を見せた。

 「俺の息子だったんだ、こいつ。」

 男は、僕にそう告げた。

 「七年前に生まれた、俺の、初めての子ども。

あの時はまだ紛争が今みたいには酷く無かったし、こちら側が有利だったから、一般人は戦場に駆り出されていなかったんだ。

息子は、可愛かった。

笑顔が、太陽みたいに明るくって。青い目が、クリクリと、宝石みたいに輝いてて。

そして俺と同じように、魔力を持って生まれてきた、天才児で。

何よりも、妻と俺の、掛け替えのない宝物だった。」

 昔を思い出す、悲しそうな微笑みのまま。

 「だけど、俺はこいつが二才の時、戦地に駆り出された。

戦状が悪化したんだ。

争いが段々激しくなっていって、一般人からも兵を集め出したんだ。

俺は心残りに思いながらも、妻と息子を置いて、戦地に旅立って行った。」

 男の人から、偽の笑顔が消えた。

 そう、思い出は、きっと只辛い物なんだ。

 楽しかった思い出ほど、きっと。

 「けど、それから一年後。

二人は死んだ。

殺されたんだ。突然。

何の前触れもなく、本当に突然。

早すぎた死だった。

戦前線に居る俺よりも、二人は早く逝ってしまったんだ。

今は大分移動したが、昔は、この町よりほんの少し離れた所に前線があったんだ。

食料と、金銭面を目的とした犯行だった。

町の人が半数近く殺され、一人の、息子と同じぐらいだった男の子に至っては、死体が見つからなかった位に、それは酷く、残忍なものだった。

その為だけに、二人は殺され、身包み取られていったんだ。」

 ―――死んだ?

 じゃぁ、此奴は、赤の他人・・・・・・。

 ・・・・・・そうだよな。少し期待した、僕が馬鹿みたいだ。

 ・・・・・・だって、僕の両親は殺されたんだ・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・本当に、殺されたのか?

 僕に、ふと、疑問が浮かんだ。

 あの軍の言う事は出鱈目だった。

 しかも、僕は青い目――。

 ・・・・・・じゃあ、僕は、

 ―――誰の子なんだ?

 「妻は、銃殺されてた。脳天を一発撃たれて、即死だった。

息子は、刺殺されてた。見るに堪えない位ズタズタに。もはや、人間である事すら分からない状態に、ね。

俺は男の癖に、その時は声を上げて泣きわめいた。

――もう、二人の笑顔を見る事は出来ないんだ。って。

その時で、もう俺の涙は枯れちまったよ。

もう、俺は泣く事が出来ない。

だからせめて、二人の分まで笑わなくっちゃって思ってね。」

 そう言って、また彼は無理矢理悲しそうに微笑んだ。

 「・・・・・・人を殺してる人間の癖に、良く言える、そんな事。

それに、敵だぞ?僕は。」

 僕は、そんな彼を冷たくあしらう。

 するとそんな僕に、彼は苦笑いを見せた。

 「まあ、ね。本当はそんなの、只の綺麗事さ。

本当は、二人を殺した奴をこの手で殺してやりたい。

ズタズタに、引き裂いてやりたいんだ。

・・・・・・でも俺は、誰がやったのか、まして奴らの安否すら知らないから、どうする事も出来ないのが現状なんだけどね。

・・・・・・死のうかとも思った。二人の後を追って。

だが出来なかったんだ。二人の笑顔が浮かんで。

・・・・・・二人の笑顔。

それが俺に、何故か生きろって言ってる気がして。

まあ、俺が怖かっただけなのかもしれないけど。」

 そう言って、彼はいろんな表情を見せる。

 そんな彼を見て、僕は笑った。

 「フンッ、馬鹿みたい。

結局、お前とは赤の他人じゃないか。

お前の息子の事なんて知ったこっちゃないさ。敵なんだぞっ、僕は。

今、お前を殺すのだって別に難しくない。敵なんだ。」

 嘲笑い。大人にずっとやられてきた、嘲笑い。

 それを今僕は、大人にしてやった。彼を見くびるように。

 しかし、彼は、

 笑った。

 嘲笑う僕に、微笑んだのだ。

 ――偽の笑顔で。

 「なら、殺せよ。

お前に殺してもらえるのなら、本命かもな。そこら辺の下手な奴に殺されるよりも。

そしたら、向こうで二人に会える。

さあ、殺せよ。」

 そう言って、彼は悲しそうに微笑んでいた。

 僕はそんな彼を、驚きの表情で見つめる。

 そして僕は、そんな彼を、やっぱり殺せなかった。

 「―――ッッ。ハッ、馬鹿みたい。

人を殺してる人間が、二人と同じ場所に行ける訳ないだろ。

お前は精々敵人殺して、サタンにでも好かれるこったな。」

 そう彼に吐き捨てて、僕は立ち上がり、この家を出て行こうとした。

 ―――馬鹿みたい。

 そう、自分にも呟いて。

 「ハハッ。それもそうだな。

御免な、俺に付き合ってもらっちまって。おまえだって忙しいっていうのに。無駄な時間だったよな。

・・・・・・本当に、こんな俺なんかに、な。

また、いつか会おう。」

 しかし彼は、そんな冷たくあしらう僕の所へと寄ってきて、その手を差し出してきた。

 僕に、笑みを向けて。

 「―――ッッパチンッ。」

 しかし僕は、その手を歯をギリリと噛み締めて、思いっ切り払った。

 怒りの情を顔に出して、思いっ切り。

 「誰がそんな汚れた手など取るものかっ。誰がお前の手など、何故好き好んで取るものかっ。

もう僕は、二度とお前なんかに会いたくないっ。

何が死んだ息子にそっくりで殺せないだ。毎日、数えきれない程の人間を殺してきてる癖に。

お前の死んだ息子の事なんて、どーでもいいんだよっ。

二度と僕の前に姿を見せるなっ。

もうその偽笑顔の面なんかっ、二度と見せんなっっ。」

 思いっ切り、思いっ切り。

 今までの不満を、全部奴に投げつけた。

 此奴なんか、此奴なんか、此奴なんかっ、此奴なんかっっ、此奴なんかっっっ、此奴なんかっっっ。

 戦地で醜く、野垂れ死んじまえっっ。

 本気で、そう思った。

 酷い事を、思いっ切り言ってやった。

 でも、なのに、なのにっ、

 ―――彼は、笑ってるんだ。

 ――ックッッ。

 僕はそんな奴の顔から目を背けドアに手を掛けると、音を立てて徐々に開けていきながら、その家屋を後にしようとした。

 「・・・・・・何かを期待した、僕が馬鹿だった。」

 そう、ボソッと呟いて。

 「・・・・・・そうだよな。御免。

・・・・・・そうだ、お前、名前はなんて言うんだ?」

 しかし奴は、懲りずに僕に尋ねる。

 その問いかけを聞いて、僕はさらに奴を鬱陶しく思ったが、僕はその問いかけに、ドアに手を掛けたままボソッと答えを返した。

 「・・・・・・名前なんか、無い。

上には十三号と呼ばれ、周りには、餓鬼だの兵器だの化け物だの機械だの、罵られるだけさ。」

 そう言って、僕はドアを閉めようとした。

 永遠に、奴との回路を断ち切ろうと。

 しかし、彼が帰り際に僕に言った。

 「・・・・・・じゃあ、お前の事、

ジェイドッて呼んで良いか?

・・・・・・宝石。幸福って意味を持つ、宝石の名。

・・・・・・俺達の、息子の名前だ。」

 彼が、微笑んでいった。

 ――――ジェ、イド――?――――

 僕の頭が、その言葉に何かを感じ取る。

 刹那、僕の中に、風が吹いた。

 僕の中の何処かの扉が突如開き、大きく風を吹き込んだ。

 突然の強風。

 僕はそれに目を丸くしていると、走馬灯の如く、何かの記憶が、僕の脳裏を駆け抜けた。

 それは昔の。いつかの何処かの。

 ――――――遠い、過去の記憶。―――――




 「ジェイドッ、ただいまっ。」

 「わぁぁぁっ、パパッ、おかえりなちゃいっっ。」

 「良い子にしてたか?」

 「うんっ!」

 「そうかっ、そーれっ、高い高ーいっ。」

 「うわぁぁっ、きゃはっ、すごいすごーい、たかいたかいよー、きゃははっっ!」




 「みてみてぱぱーッ、ちょれーっっ!」

 「うぉっ!・・・・・・テーブルが、浮かんでる!?

お前っ、魔力が使えるのか?!」

 「うんっ!ちゅごいっ?ねぇパパッ、ぼく、ちゅごい?」

 「アハハッ!すごいぞっ、ジェイドッ!パパと同じだっ!お前は天才児だっ、アハハッ!

ママー、ジェイドが、ジェイドが魔力を使ってるぞーっ!」

 「まぁっ、本当!?わぁぁっ、すごいわジェイドッ。流石、パパの子ねっ!うふふふっ。

じゃぁ、今日は御祝いだわっ!ママ、頑張ってジェイドの大好物作ってあげるわねっ!」

 「ほんとっ!?わぁーいっ、やったーっっ!えへへへっ!」




 「・・・・・・行ってくるよ、ママ、ジェイド。」

 「・・・・・・行ってらっしゃい。・・・・・・必ず、帰ってきてね。」

 「・・・・・・あぁ。きっと。きっと俺は戻ってくる。また、みんなで楽しく暮らす為に。

必ず。必ず戻ってくる。だから、元気にしてるんだぞ。」

 「・・・・・・はい。」

 「アハハッ、泣くなよ。綺麗な顔が台無しだぞ。

・・・・・・必ず、戻って来てやるから。なっ。」

 「ジェイド。ママを守ってくれな。」

 「うんっ、ぼく、ママを守るよっ。」

 「よし、良い子だ。じゃあな。行ってくる。」

 「うんっ、バイバーイッ、パパッ。

ねぇねぇ、パパッ、きょうは、いつかえってくるの?」

 「ジェイド・・・・・・。」

 「・・・・・・・・・・・・。

ジェイド。パパ、絶対早く帰ってくるからな。絶対に。」

 「うんっ。ゆびきりっ。」

 「・・・・・・ゆーびきーりげんまん、うーちょちゅいたらはーりちぇんぼん、のーまちゅっ、ゆーびきったっ!」




 「・・・・・・ねぇ、ママ?パパ、いつかえってくるの?はやくかえってくるって、いったよね?」

 「・・・・・・・・・・・・。」

 「ねぇ、ママ。パパ、どこにいったの?」

 「・・・・・・・・・・・・っ。」

 「ねぇ、ママ。・・・・・・どうしてずっと、ないてるの?」




 「ッバキュゥゥゥンッッ。」

 「いやあ゛ぁぁぁあぁぁあああっっ。」

 「ッバキュゥゥゥンッッ、ッバキュゥゥゥッッ。」

 「あ゛ぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁああああっっ。」

 「・・・・・・ねぇ、ママ、こわいよ。おそとがへんだよ?へんなおとがきこえるよ?なんのおと?」

 「・・・・・・ジェイド。・・・・・・怖くないわよ。怖くない。ママが、付いててあげるからね。」

 「・・・・・・うん。・・・・・・ねぇ、ママ。どうやったら、ママのなみだって、とまるのかな?」




 「お゛うらぁ゛ぁぁあぁぁぁっっ!!誰かんだろっ、金と食いもんだせっっ!!」

 「きゃぁぁっ!・・・・・・っここにはなにも・・・・・・っ。」

 「なんかしらあんだろ?早く出せよこらぁ゛ぁぁっっ。」

 「っっ、本当に、ここには何も無いんですっ、許して・・・・・・っ。」

 「な訳ねぇーだろっ、早く出せよっ。この尼っっ。」

 「っだから、本当に・・・・・・っ。」

 「っうっせぇっっ。」

 「ッバキュゥゥウゥゥゥウウゥウウウンッッッ!!」




 「・・・・・・ママ?ママッッ!!ねぇママッ、こわいよっ。ねぇ、ママァッ!!

ねぇママッ・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・なんで、うごかないの?」

 「こいつも殺るか?」

 「・・・・・・ねぇ、ママッ・・・・・・。」

 「あぁ、殺っとけ、殺っとけ。」

 「ねぇ・・・・・・どうして、うごかないの?」

 「了解。」

 「ねぇ、ママッ、ママッ、うごいてよっ、ねぇ、ねぇっ!!」

 ―――「ジェイド、ママを守ってくれな。」

 「ねぇ、やだよっ。ママッ。」

 ―――「うんっ、ぼく、ママを守るよっ。」

 「ねぇ、ねぇっ、動いてよっっ。

ンッマァマァァァアアァァァァァアアアァァアァアアアアアッッッ!!」

 「――――――ッバキュゥゥウウゥゥゥウウウンッッッ!!」




 「――――はっ。」

 気が付いたら、僕はドアの前で地面に倒れ込んでいた。

 僕の脳裏では、虚しく記憶の残像が、後に散ってゆく。

 ――――これは、いつかの何処かの・・・・・・、

 ―――――昔のこの家での・・・・・・、

 ――――――息子の記憶――?――

 不思議な現象に、僕は思わず呆ける。

 ―――何故、そんなものが僕に・・・・・・。

 僕は地面に倒れ込みながら、驚きを隠せずにしていた。

 するとそんな僕のもとに、彼が駆け寄ってきた。

 「おいっ、どうした突然っ、大丈夫か?」

 そう言って、手を差し伸べてくる。

 するとまた、僕の頭の中にある記憶が走った。

 ―――それは、いつか息子に伸ばされた、父親の手。

 その手が、今の彼の手と被る。

 僕はその映像にまたギリリと歯を噛み締め、胸の奥に湧き起こった新たな感情に動かされ、何とも言えない胸くその悪さに、嫌悪の表情を露わにした。

 そして僕は、その感情に流されるがまま、その彼の手を、パチンと弾く。

 「僕に触るなっっ。この親馬鹿っっ。お前に触られると、虫酸が走るっ。

何がジェイドだっ。勝手に人の名前を付けるなっ。他人の癖に、慣れ慣れしいんだよっ。

・・・・・・―――只の、立ち眩みだ。僕を気に掛けるなっ。」

 そう、彼に向かって怒鳴りつける。

 そして僕はそう言い残すと、自力で立ち上がり、思いっ切り、ドアをバタンッと閉めた。




 『僕以外は全滅したため、作戦中止して、引き返して参りました。』

 僕は上に言った。文字通り、飛んで帰ったその後に。

 僕は、それ相当の覚悟をしていた。

 作戦失敗なんだ。上が、いい顔などする訳無い。

 しかし上は、僕に只、『そうか。』とだけ答えた。

 それ以外は、言葉は何も無かった。

 他にそこにあったものと言えば、上の、不気味な笑みのみだった。


 僕はまた、冷たい日常に戻っていった。

 目の前の敵を、殺す毎日。

 感情の無い顔で、次々と敵を撃ち殺す。

 銃声がその場に響き、爆音がその場に響き。

 次々と、人が赤い血を舞い散らしながら動かなくなっていった。

 そんな、戦争のど真ん中に居る僕。

 しかしその僕は、今まで通りの僕では無くなっていた。

 ――青い目。水筒や銀色のガラスに映った、自分の、青い目。

 それと、あの出来事を思い出すと、僕は目の前の敵を、確実に殺す事が出来なくなっていた。

 果たして、僕はこちら側に居て良いのだろうか。

 その疑問が、僕の頭の中で渦を巻き、僕に混乱を与え続ける。

 相変わらず、大人には冷ややかな目で見られ、悪口を浴びせられ続ける。

 その悪意が、僕に深く突き刺さり、前よりも多く、僕の心を引き裂いていった。

 気づくと、僕の周りは、虚構と悪意で満ちていた。

 それをこの前まで、僕は全て知っていると思いながら、何も知ってはいなかった。

 知らない方が良かったであろう事を、僕は知ってしまったのだ。

 知らなかった時が羨ましい。

 僕は、平和だったんだ。

 しかし今は、全ての景色が、赤と黒の二色に見える。

 全てが、光の無い世界。

 もう、太陽の光すら、僕には届かない。

 この世の中に、果たして、他人の事を本当に大切に思うなんて事、有りうるのだろうか。

 僕の問いに、答えが出る事は無い。

 ――――幸福かぁ・・・・・・。

 ―――――君は、幸せ?




 夢。

 僕は、夢を見るようになった。

 悪夢。

 苦しい夢。

 短い睡眠時間の中で、ギリギリ精一杯魘される。

 地獄の中で、地獄を見る。

 夢、なんて言葉に無縁な僕が、夢に付き纏われ、逃げ惑う。

 おかしな事だが、それから僕は逃げ続けた。

 光の中に居る息子の夢と、闇の中に居る僕の夢。

 それを交互に、繰り返し見る。

 交互に、交互に。繰り返し、繰り返し。

 全身の神経がいかれて、発狂しそうになるまで。

 苦しみ続ける。苦しみ続ける。苦しみ続ける。苦しみ続ける。永久に、永遠に。




 あれから、暫く時が経ち。

 戦地に居る僕は、

 敵が、殺せなくなっていた。

 銃を握っても、引き金が引けない。

 手榴弾を手にしても、ピンが抜けない。

 自分の青い目に映る青い目を、僕は殺せないんだ。

 このまま、死んでしまおうか。

 そう、何度も思った。

 けど、死ねなかった。

 何故だろう。何故か、どうしてもあの彼の顔が浮かぶんだ。

 あの、彼の偽笑顔が。

 いっそのこと、この軍の中で反乱してやろうか。

 そうとも思った。

 けど、出来なかった。

 あの事を知らなかった頃の、自分を思い出すんだ。

 そこにあるものは偽であると知りながら、素直に上の言う事を聞いて、人を殺してきた自分。

 最初から、分かってはいたんだ。

 そこに自分の求めるものが、有る筈無い事位。

 だけど改めてそれを知ると、途轍もない絶望感が、僕を飲み込んでいった。

 全てが悪。全てが偽。そしてその全てが、紛れもない真実。

 正反対の言葉がどちらも存在を確立し、どちらも同じ意味を示す。

 しかし、それぞれが互いに相手の事など微塵も気にせずに強く自己主張をし、渦を巻いて、蠢き合う。

 ここは何処よりも、おかしな、おかしな世界。

 そんな中で、僕は何も出来ずに、只佇んでいた。




 僕は、無力だった。

 僕は、只の、無力な餓鬼。

 どんなに人を殺したからって、

 どんなに人より優れていたって。

 所詮、餓鬼は餓鬼だった。

 どうしようとも、その事実から脱却することは出来ない。

 僕は、踊らされていたんだ。

 自ら。自発的に。

 もう僕の無力さは、どうしようもない。

 僕は、所詮只の餓鬼。只の。只の、餓鬼なんだ。




 そんな、全てのものの絶望に浸っていた、ある日の事だった。

 突然、その日はやってきた。

 上からの呼び出し。

 それに僕は、途轍もない不安に襲われた。

 ついに、僕は殺されるのか?

 そんな予感を、胸に過ぎらせた。

 覚悟は前々からしていたものの、やはり、恐怖は拭いきれない。

 しかし運命は、もっと残酷なものだった。




 『一人で、ある男を殺してもらいたい。』

 それは、そう言う内容だった。

 僕はその言葉に、悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべ頷いた。

 『死ね。』

 たった今上が言ったのは、この言葉と、意味は全く変わらない。

 戦えない餓鬼に、上は一人で人を殺せと言ったのだ。

 解釈は、間違ってはいない。

 僕は、殺された。

 用無しの僕は、切り捨てられたのだ。

 僕は今、数少ない偽の愛情を、一つ失った。

 もっとも上から貰っていたそれは偽だとはいえ、愛情だったのかは今では疑問の余地があり、数少ないと表現したが、僕に愛情を注ぐものなど、この世界に居る筈無いのだが。

 こうなるで有ろう事は、分かっていた。

 敵を殺せないんだ。必要な筈無い。

 けれど僕の心は、何とも言えぬ感情が蠢き合っていた。

 やっと死ねるんだ。良い事じゃないか。

 次第に、僕の心は楽観的に考え始める。

 しかしその考えはこの後打ち砕かれ、僕をさらなる地獄へと突き落としていくのだが。

 運命は、僕達を玩ぶ。全てが自分の玩具で有るかの様に、楽しそうに。




 『この男を殺してもらいたい。』

 そう言って渡された一枚の写真。

 そこに写っていた人物の姿を見て、僕は半狂乱に陥りそうに成っていった。

 僕は目を丸くしてその写真に目を奪われると、全身が、カタカタと震えだした。

 ・・・・・・何故、よりによって此奴が―――。

 僕が驚ききった表情をしていると、上はニイッと、顔を歪ませた。

 それを見て、僕は思いっ切り歯を噛み締める。

 ・・・・・・知ってたのか、全部。

 僕は上の人の悪さに、嘔吐を感じそうになった。

 ――何故、上がこのことを知っているのか。最初っから全て知っていて、仕組まれた事だったのか。それともあの血溜まりの中で、生きていた人間が居たのだろうか。しかし、そんな事どうでも良い。

 この状況、いったいどうしたら良いものか。

 僕がパニック状態になりかけ、脱却法がないか思考していると、上が言葉を紡ぐ。

 「ちゃんと、お前が任務を遂行出来るか、陰から監視を付けてやろう。有り難く思え。」

 そう紡がれた言葉に、僕は逃げ道を失ってしまった。

 僕は、上を思いっ切り睨み付ける。

 「まぁ、精々頑張れ。餓鬼。」

 そんな僕に、上は気味悪く、ニイッと笑った。




 僕は、どうしてこんな事になってしまったんだろうか。

 今更、自分を不幸少年だとは思わないが、僕は、自分の境遇を憎む。

 上の事を。自分の事を。周りの大人の事を。そして、自分を生んだ、親さえも。全てを憎む。

 そんな事をしても、何も変わらないのは知っている。けれど、僕にはそんな事、もうど うでも良かった。

 どうせ、もう僕は死ぬのだから。

 暑い敵陣のジャングルの中を、僕はそんな事を考え自虐的に笑いながら、植物を掻き分け、突き進んでいく。

 今から、僕は死ににいく。

 もう、後には引けない。

 もう決めたんだ。もう。

 一度進んだ事の有る道。その道を、今度は別の目的を持って進む。

 あの時は殺しに。今日は、死にに。

 あの時の僕がもう懐かしく、もう、羨ましい。

 思えば、七年。僕の命は、七年だった。

 周りから見れば、ちっぽけな数字。しかし、僕には長すぎた数字だった。

 弱音なんて、ずっと口から出さなかった。けど、僕はずっと辛かったんだ。

 ずっと、寂しかったんだ。

 人を殺す毎日。正直、今し方生きていた人間を殺すのは、苦しかった。罪悪感は、少なからず有ったんだ。

 けど僕は、上から偽だとしても愛情が欲しくって、この僕を、認めてもらいたくって、人を殺し続けてきた。

 この醜い操り人形に、いったい何人の人が殺されてしまったのだろうか。

 今では到底、検討も付かない。

 「・・・・・・ごめんね。」

 僕は、ボソッと呟いた。

 「本当に。本当に。」

 「ごめんね。」

 暫く。まるで、呪文の様に。

 繰り返し。繰り返し。

 「ごめんね。・・・・・・ごめんね。・・・・・・ごめんね。―――――――。」




 死期が迫る。

 一歩、前に進む事に、一つ。確実に。澹澹と。湛湛と。

 本当は、死ぬ前というものは、沢山の事を思い出し、懐かしさなどに浸るものなのだろう。

 しかし僕は、人を殺した事しか思い出せなかった。

 僕に思い出なんか無いんだ。良いも。悪いも。

 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、何も変わらず人を殺してきた。

 同じような青い目の光を、毎日奪ってきたんだ。

 もう、思い出す人殺しの記憶が、いつ、何処の物なのかさえ思い出せない。

 それが僕の悪い思い出であり、良い思い出であるのかもしれない。




 ついに、此処までやってきた。

 黒い血の海。腐敗臭が漂い、虫螻が群がり食らっている。

 あの時赤かったそれは、もう完全に、黒へと変化していた。

 僕の班の者だった。人だった、物。もう見る影も無い。

 此処は、あの時の場所。彼と出会った、あの場所。

 唯一僕の人生に変化の有った、――――最悪の思い出。

 これを、心の中に仕舞い込んで、普通に敵に殺されて死んで逝けてたのなら、どんなに良かった事だろうか。

 しかし運命は、僕を、簡単に殺してはくれなかった。

 僕はその黒い海の前で、憂いの表情を浮かべて佇む。

 ―――行かなくちゃ。逝かなくちゃ。

 そう考えてた。

 その時だった。




 「動くな。」




 後ろから、声が聞こえた。

 男の人の、低い、感情の無いような声。

 そしてカチャリと、銃を突き立てられる音が響く。

 僕はハッとした表情で後ろを振り返った。

 するとそこにあったのは、

 彼の笑顔だった。

 「なんてね。驚いたか?

どうかしたのか?こんな所に一人で。もう、俺とは2度と会いたくないんじゃ無かったのか?」

 彼は笑って銃を下ろす。

 しかしそんな顔の彼を見て、僕は苦虫を噛み潰したかの様な表情で俯いた。

 「お前なんかとは、もう二度と会いたくなんて無かったさ。

 そのまま殺されて、普通に死んで逝きたかった。」

 僕は俯いたまま、そう吐き捨てる。

 そんな僕を見て、彼は笑った。

 しかし僕は、そんな彼の顔を睨み付けて、言葉を吐き捨てた。

 「だけど、でもっ、僕はっ、

こういう運命だったんだよっっ。」

 そう、言葉を吐き捨てたその彼の顔は、僕が上から貰った写真の中に写る男と、同じ顔だった。




 「成る程。俺らは死ななくとも、監視にドカンッ、か。

どのみち、俺らは殺される訳だな。」

 僕は、彼に全ての事情を話した。

 敵に殺す事を教えるなんて禁忌であろうが、今更、軍の言う事など耳を貸す気もない。

 それに、僕はそれを、彼に伝えずには居られなかった。

 「で、お前は、俺を殺してくれるのか ?」

 彼は、そう、笑いながら僕に尋ねる。

 しかし、僕はその問いに、答えなかった。

 「殺してくれないのか。」

 僕は、答えない。

 「この前は、殺せるって言ったじゃないか。」

 僕は、沈黙を続ける。

 「俺を殺すのは、簡単なんじゃなかったのか。」

 ―――煩い。

 「もしかして、同情か?」

 ―――煩いっ。

 「お前が、こんな俺なんかに。」

 ―――煩いっ、煩いっ。

 「もしかして、怖いのか?」

 ―――煩いっ、煩いっ、煩いっ、煩いっっ、

 ――――煩いっっ。

 「なぁ・・・・・・。」

 「――っ煩いっっ。」

 「ジャガッ。」

 僕は、彼に銃口を向ける。

 そして、引き金を引いた。

 「ッバキュゥゥウウゥゥゥウウウンッッッ!」

 銃声が、周囲に響く。

 僅かな煙が、周囲にゆっくりと広がり散ってゆく。

 ―――一瞬、時間が止まる。

 目を丸くして見ていたその煙の中には、

 ―――笑った、彼が立っていた。

 一滴も、赤が散る事は無い。

 その光景に、僕は躍起に成って銃弾を乱射する。

 何発も、何発も。周囲に煙が舞い、視界が悪くなっても。

 しかし、微量の赤も、そこに流れる事は無かった。

 僕はその光景を見て、奴に怒鳴り始める。

 「何でだよっ、何で死なないんだよっっ。

何で何時もお前の偽笑顔が頭にちらつくんだよっっ。

・・・・・・・・・・・・何で、僕は、お前なんかの事を、殺せないんだよっっ。

・・・・・・何で。何でなんだよっ。」

 そう、僕が息を切らせるまで彼の事を怒鳴り散らすと、

 彼は、そんな僕の事を、そっと抱きしめた。

 ふわっと柔らかなのに、とても力強く。

 僕はそんな彼の行動に、最初は目を丸くして驚いた。

 しかしその後、ずっと堪えてきた涙が溢れ出てきて、僕は、彼の懐で涙を流した。

 「何で・・・・・・何で何だよっ・・・・・・。」

 そう、呟きながら。

 そんな僕を、彼は離す事無く、強く、強く抱きしめた。




 「お前は、生きろよ。」

 暫くして、彼が僕に呟いた。

 「俺の事なんてどうでも良い。だから、早く殺してくれよ。その方が、俺は幸せだ。

俺を殺して、他にも何人か敵を殺すんだ。この先に行けば、何人かこの中を彷徨いてる奴が居る。そうすれば、お前はきっと。お前は助かる。だから・・・・・・。」

 「僕に人生なんかもういらないっっ。」

 僕は彼の発言に逆上して、突然声をあげた。

 「お前こそ、僕を殺せよっ。僕を殺して、監視を殺して、ばっくれれば十分命は助かるだろ?

お前は殺されそうなんだっ。お前こそ僕をっ・・・・・・。」

 「止めろ。」

 「早く僕を・・・・・・。」

 「止めろっ・・・・・・。」

 「殺・・・・・・っ。」

 「止めろよっっ。」

 今度は、彼が僕に怒鳴った。

 「そーやって、命を簡単に・・・・・・っ。」

 「お前もだろっ!?」

 二人は交互に怒鳴り散らす。

 そしてその息を荒くさせ、その暫しの沈黙の間、二人の荒い呼吸音だけがその場に響いた。

 「もう、僕には、帰る場所がないんだよ・・・・・・。」

 僕はその沈黙の後、ボソッと呟いた。

 するとそれを聞いた彼は、しゃがみ込んで、僕の銃を持った手を取って呟いた。

 「まだあるさ。・・・・・・だから、お前は生きろ。」

 彼はそう言うと、僕の手を持って、己の頭へと突き立てた。

 「・・・・・・何を・・・・・・。」

 「お前は、生きろ。」

 そう言って彼は僕に向かって微笑むと、その銃を、カチャリと音たてた。

 「・・・・・・っやめろ・・・・・・っ。」

 僕は彼の行動に恐怖を覚え、ガクガクと体を震わせ、弱々しく言葉を発する。

 しかし彼は、銃を下ろそうとはしなかった。

 彼は、僕に微笑み続ける。

 僕はそんな彼の行動が怖くて、弱々しく声を吐き続けた。

 「・・・・・・やめろ・・・・・・っやめろ・・・・・・っっ・・・・・・。

・・・・・・僕は・・・・・・青い目が・・・・・・殺せな・・・・・・。」

 「じゃあ、これならどうだ?」

 すると彼はそう言って、自らの魔力で、その青い目の色を変え始めた。

 青い目の瞳の色が蠢いて、段々と、その青色を、違う色へと変えていく。

 そして変わったその色は、

 ――――――味方の人種だった、赤色だった。

 僕はその赤い目に、無理矢理といえど、その己の力で銃口を向けている。

 ―――――これは・・・・・・っ、いつかの・・・・・・―――――。

 そう、何かを思い出して心の中で呟いた後、僕の中で、もの凄い勢いで、時が逆回りし始めた。

 そして、辿り着いたのは・・・・・・・・・・・・何時かの・・・・・・――――。

 ・・・・・・あの時の・・・・・・記憶――――――。




 「お゛うらぁ゛ぁぁあぁぁぁっっ!!誰かいんだろっ、金と食いもんだせっっ!!」

 とつぜん、ぼくんちにだれかがはいってきた。

 ぼくはこわくって、からだをふるわせてる。

 「きゃぁぁっ!・・・・・・っここにはなにも・・・・・・っ。」

 「なんかしらあんだろ?早く出せよこらぁ゛ぁぁっっ。」

 「っっ、本当に、ここには何も無いんですっ、許して・・・・・・っ。」

 ママもぼくとおんなじように、こわそうにからだをふるわせてた。

 ママのいってることは、ほんとうなんだ。パパがいなくなっちゃったから、おかねがなくなっちゃって、ママもおしごとがんばってるけど、もうしばらく、ぼくとママは、なにもたべてないんだ。

 ママのいってることは、ほんとうなんだよっ。

 そう、こわいおじさんたちにいいたかったけど、ぼくはこわくて、こえがでなかった。

 「な訳ねぇーだろっ、早く出せよっ。この尼っっ。」

 「っだから、本当に・・・・・・っ。」

 「っうっせぇっっ。」

 「ッバキュゥゥウゥゥゥウウゥウウウンッッッ!!」

 そしたら、とってもすごいおっきいおとが、ぼくのいえのなかにひびいた。




 おとがしたあと、ぼくはママがしんぱいになって、ママのことをみた。

 そしたら、ママはゆかにぐったりとたおれてて、ママののまわりには、あかいみずみたいのがいっぱいながれてた。

 そのまえで、てっぽうをもった、こわいおじさんたちがわらってる。

 「・・・・・・ママ?ママッッ!!ねぇママッ、こわいよっ。ねぇ、ママァッ!!

ねぇママッ・・・・・・。

・・・・・・なんで、うごかないの?」

 ぼくはこわくなって、ママをゆすっておこそうとした。

 けど、ママはゆすってもうごかなくって、かわりにあかいのがいっぱいでてきた。

 「こいつも殺るか?」

 こわいおじさんたちが、ぼくのことをみてる。

 「・・・・・・ねぇ、ママッ・・・・・・。」

 「あぁ、殺っとけ、殺っとけ。」

 ぼくはこわくって、ママをいっぱいゆすってみた。けど、

 「ねぇ・・・・・・どうして、うごかないの?」

 ゆすっても、ゆすっても、もう、ママはうごかなかった。

 ぼくは、なんとなく、ママがなんでうごかなくなっちゃったのか、わかっちゃった。

 でもぼくは、それをしんじたくなかった。

 「了解。」

 「ねぇ、ママッ、ママッ、うごいてよっ、ねぇ、ねぇっ!!」

 ぼくはなみだをながしながら、ママをゆすった。

 いやだった。ママがうごかなくなっちゃうのは。

 そのとき、ぼくはあのひ、パパとやくそくしたことをおもいだした。

 ―――「ジェイド、ママを守ってくれな。」

 それをおもいだして、ぼくはもっともっとママをゆすった。

 「ねぇ、やだよっ。ママッ。」

 ―――「うんっ、ぼく、ママを守るよっ。」

 ぼくは、パパとやくそくしたんだ。

 なのに、ぼくはママをまもれなかった。

 ぼくは、やくそく、やぶっちゃったんだ。

 ママはもう、ずっとうごかない。

 ・・・・・・やだ。・・・・・・そんなの、やだよ・・・・・・。

 そんなの、やだよっ。

 「ねぇ、ねぇっ、うごいてよっっ。

ンッマァマァァァアアァァァァァアアアァァアァアアアアアッッッ!!」

 ぼくはかなしくって、おもいっきりさけんだ。

 けど、かなしさは、まったくおさまんなかった。

 かなしくって、かなしくって、かなしくって、かなしくって。

 でもぼくは、ひとりじゃそれを、どうしようもできなかった。

 こわいおじさんたちがぼくに、ママをうごかなくしたてっぽうをむけてる。

 わらう、あかいめ。

 それが、すごいこわかった。

 そしてそのとき、ぼくはおもった。

 そうだ、おじさんたちが、ママをうごかなくしたんだ。

 あの、おじさんたちが。あの、あかいめが。

 そうおもうと、なんだかぼくのなかに、おじさんたちへのいかりのきもちがでてきた。

 そうだ、うごかなくしたのは、おじさんたちなんだ。

 ぼくと、パパのやくそくをやぶったのは、おじさんたちなんだっ。

 ぼくは、おじさんたちに、イライラしてくる。

 ・・・・・・よくも、ぼくのママをっ。

 ・・・・・・よくも、ぼくのママをっっっ!!!

 ぼくは、おじさんたちのことを、おもいっきりにらみつけた。

 ・・・・・・よくもっ、よくもっっ!!!

 「ッバキュゥゥウウゥゥゥウウウンッッッ!!」

 そのとき、ママがうごかなくなるまえにきいた、おっきなおとがひびいた。

 おじさんたちが、ニイッとわらう。

 だけど、そのえがおは、すぐにこわいものをみたような、おどろいたかおになった。

 ぼくは、ママみたいに、うごかなくならなかった。

 ぼくからは、ママみたいな、あかいみずはながれない。

 ぼくは、おじさんたちのことを、にらんでる。

 そのまえで、てっぽうからでたたまは、くうきのなかでとまってた。

 よくも・・・・・・っよくも、よくもっっ!!

 ぼくは、おじさんたちのことをにらみながら、そのたまを、ママとおんなじ、おでこのまんなかにむかって、まりょくでおじさんのひとりになげた。おもいっきり。おもいっきり。

 そしたらそのおじさんは、ママみたいにうごかなくなった。

 あかいみずをながして。

 まいったかっ。

 そうおもった。

 すると、もうひとりのおじさんが、そんなぼくをみてさけんだ。

 「ばっっ、ばっ、ばけものだぁ゛ぁあああぁぁぁああああああっっっっ!!」

 そのおじさんは、そうさけんで、にげようとする。

 しかし、ぼくはそのおじさんに、まりょくをつかってとった、うごかなくなったおじさんのてっぽうをつかって、おでこのまんなかに、それをむけた。

 すると、にげようとしたおじさんは、そのあと、じめんにたおれてうごかなくなった。




 いえのなかが、しずかになった。

 ぼくいがい、なんにもうごいてるのはない。

 なんだか、ぼくはそれが、こわくなってきた。

 ずっと、ぼくのいえのなかは、いろんなおとでいっぱいだった。

 パパのいるときは、よるでもさわがしくって、たのしくって。ぼくは、しあわせだった。

 だけど、いまはなにも、おとがきこえないんだ。

 こわかった。

 なにも、おとがないのが、こわかった。

 こわくって。こわくって。

 ぼくはママのまえで、おもいっきりないた。

 なにか、おとがほしかった。

 けどもう、ぼくいがい、なにもない。




 「うわぁぁぁあああああああんっっっ、ふぇぐっ、ぐすっ、ふぁっ、

うわぁぁぁぁあああああぁぁぁぁあああああああああんっっっ!!」

 ぼくがないたら、いえのなかに、よくひびいた。

 いえに、おとはもどってきた。

 けど、それがぜんぶぼくのものなのが、もっと、ぼくをかなしくさせる。

 ぼくは、なみだがとまらなかった。

 まっかないえのなかで、ぼくはひとりぼっち。

 ママも、パパも、おじさんたちも、だれもいない。

 『ぼく、ひとりでおるすばんできるよっ。』

 このまえ、ぼくはおるすばんをした。

 そう、ママにいったけど、やっぱりこのまえも、おるすばんできなかった。

 ぼくは、このまえも、ひとりでおおなきした。

 ひとりが、こわいんだ。

 しずかなのが、こわいんだ。

 このまえは、かえってきたママが、ぼくをだきしめてくれたけど、もう、いまぼくをだきしめてくれるママはいない。

 ずっと、もうぼくは、ひとりぼっちなんだ。

 そうおもうと、もっとかなしくなって、もっといっぱいなみだがでてきた。

 「どうしたんだっ!?」

 そんなとき、ぼくのなきごえをきいて、こんどはまた、ちがうとこからおじさんがやってきた。

 あかいめ。そのおじさんのめも、あかいめだった。

 ぼくはそのあかいめをみると、ゆかにおちていたてっぽうをまりょくでとって、そのおじさんのおでこにむけた。

 するとおじさんは、とってもおどろいたようなかおをした。

 ぼくは、そのおじさんにむかって、てっぽうからたまをだそうとする。

 けれど、おじさんはそのあと、わらった。

 そんなおじさんをみて、ぼくはおもわず、たまをだすのをやめた。

 「・・・・・・グスッ・・・・・・お、おじさんは、・・・・・・こわいひと・・・・・・?」

 ぼくは、おじさんをこわくおもいながら、なみだをふいて、ゆっくりきく。

 するとおじさんは、そんなぼくにむかって、にっこりとわらった。

 「違うよ。おじさんは、坊やの味方だ。

怖かったろう。こっちにおいで。助けに来たぞ。」

 「ほんと?・・・・・・グスッ、ほんとにほんと?」

 ぼくは、おじさんにもういっかいきく。

 するとおじさんは、えがおでふかくうなずいた。

 「あぁ、そうだとも。さぁ、こっちにおいで。」

 ぼくは、そのおじさんのことばをきいて、おもいっきり、おじさんにだきついてないた。

 ぼくは、おじさんのことをしんじた。

 だけどこんどは、おじさんが、ちがうえがおになった。

 「・・・・・・だから、今までの記憶は、全部、忘れようね。」

 「・・・・・・えっ?」

 おじさんの、こわいえがお。

 それが、ぼくをふあんにさせる。

 そしてさいごに、おじさんはいった。

 「そしたら、軍の中でまた、こーやって、人を殺させてあげるよ。」

 そういったおじさんのかおは、こわいくらい、とってもえがおだった。




 ――――――――はっ。

 僕は、やっと気を取り戻す。

 まだ頭がボンヤリとしているが、僕は微笑んで、涙を流した。

 全て、僕は思い出した。

 自分の名前も、自分の親も、自分の過去の記憶も全て。

 全部。全部思い出した。

 僕にも、思い出があったんだね。

 僕は、その事実を嬉しく思った。




 そして、思った。

 僕は、幸福だったんだ。と。

 僕が貰った、愛情。探していた物は、案外近くに有った。

 求めなくたって、僕は持ってたんだ。

 ・・・・・・僕は、世界で一番、幸せ者だ。

 ジェイド。その名の通り。

 良い名前をありがとう。パパ、ママ。




 ママ、パパ。

 僕を生んでくれて、ありがとう。




 「・・・・・・・・・・・・パパッッ。」

 僕は笑顔で涙を流しながら、そう彼の事を呼んだ。

 しかし、そこにあったのは、

 ―――血塗れで倒れる、己の父親の姿であった。

 その様子に、僕は一度、涙が止まる。

 しかしその父親の表情を見て、僕はまた涙を流し、父親に向かって、とびきりの笑顔を見せた。

 そして僕は自分の額に、自分で銃を突きつける。

 僕は父親の顔を見ながら、引き金を引いた。

 「ッバキュゥゥウウゥゥゥウウウンッッッ。」

 その銃声はもう、僕には聞こえていない。

 しかし、最後に父親に言った言葉は、きちんと自分の耳に聞こえていた。




「おかえり。」

そう、本当の笑顔に1筋の涙を流していた父親に向かって、僕は涙を流しながら笑顔で言った。





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― 新着の感想 ―
[一言] 昔のスイスなら有りうる話やな 昔スイスは、貧乏で男は、傭兵で出稼ぎしてたからスイス人同士が殺し合う事が有ったらしいです。 が故に永久中立国と成り得たと思う 悲しいけど良い話だと思います。
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