観客の視線
本番当日。
ステージ裏。
ざわめき。
緊張。
静かな呼吸音。
私は軽く体を動かした。
「……ちょっとドキドキしてきた」
正直な感想。
でも。
嫌じゃない。
むしろ――
「楽しみ」
口から自然に出た。
その時。
「本当に変わってる」
神崎レイナが言う。
「普通は不安が先に来る」
「うーん」
私は少し考えて。
「だってステージだよ?」
「……」
「楽しい場所じゃん」
レイナは一瞬黙る。
そして小さく息を吐いた。
「……理解不能」
「ひどい」
でも。
その横顔は少しだけ柔らかかった。
「最終確認」
「うん」
「構成は二案併用」
「最初は私で、途中からレイナに寄せるやつだよね」
「そう」
一拍。
「完全には合わせない」
「うん」
「ズレを残す」
「うん」
「その“瞬間”を狙う」
私はにっと笑った。
「奇跡タイム」
「……その言い方はやめて」
⸻
アナウンスが響く。
「次のペア――」
一拍。
⸻
「星宮ミライ、神崎レイナ」
⸻
「行こう」
「うん!」
⸻
ステージ。
ライトが眩しい。
観客席は暗い。
でも。
わかる。
人がいる。
見てる。
期待。
疑問。
全部混ざった視線。
私は深呼吸した。
音楽が流れる。
⸻
最初の一歩。
私は笑った。
自然に。
楽しく。
体が動く。
レイナは一歩遅れて入る。
静かに。
丁寧に。
感情を乗せる。
ズレている。
意図的に。
でも。
観客はまだ気づかない。
ただ見ている。
“綺麗なパフォーマンス”として。
中盤。
レイナが主導を取る。
表情。
視線。
間。
空気が変わる。
観客の呼吸が揃う。
引き込まれる。
“魅せる”。
完璧な技術。
私はその横で動く。
少し自由に。
少し外れて。
でも。
楽しく。
そして。
その瞬間。
レイナが視線を寄せた。
私に。
私はそれに気づく。
自然に。
合わせる。
音。
呼吸。
感情。
⸻
“噛み合う”。
⸻
一瞬。
本当に一瞬だけ。
世界が変わった。
空気が揺れる。
観客の目が動く。
「……あれ?」
誰かが小さく呟く。
今まで“全体”を見ていた視線が。
“どこか一つ”に引き寄せられる。
それは――
私だった。
理由はない。
説明もできない。
でも。
目が離せない。
視線が固定される。
心が引っ張られる。
レイナはその変化に気づいた。
(……持っていかれた)
一瞬のはずなのに。
余韻が残る。
観客の意識が戻らない。
私はただ。
楽しんでいた。
最後のポーズ。
静止。
――沈黙。
一秒。
二秒。
そして。
爆発した。
拍手。
歓声。
ざわめき。
「なに今の!?」
「意味わかんないけどすごい!」
「え、どっち見てた?」
「……ミライって子」
「私も」
「なんで?」
「わかんない」
⸻
ステージ裏。
私は息を吐いた。
「……楽しかったぁ」
本音。
レイナは黙っていた。
「レイナ?」
「……」
「どうだった?」
一拍。
「悔しい」
「え」
「完全に持っていかれた」
正直な言葉だった。
でも。
その顔はどこか満足していた。
「でも」
一拍。
「最高だった」
私は笑った。
「うん!」
⸻
審査員席。
ざわついている。
「評価が割れるな」
「いや、でも中心は明らかだ」
「だが完成度は……」
「アリスの方が上だ」
「だが“目が離せなかった”のは?」
沈黙。
一人が呟く。
「……まただ」
「何が」
「評価不能」
⸻
舞台袖。
一ノ瀬アリスが立っていた。
無言で。
ステージを見ていた。
「……」
目が細くなる。
「なるほど」
小さく呟く。
「そういうこと」
隣のユナが笑う。
「面白くなってきたね」
「ええ」
一拍。
「潰しがいがある」
アリスの目が変わる。
完全に。
“本気”の目に。
⸻
この瞬間。
⸻
観客は気づき始めた。
⸻
“完璧”よりも。
“目が離せない何か”が存在することに。
⸻
そして。
⸻
星宮ミライという存在が――
⸻
常識を壊し始めていることに。
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