噛み合わない二人
レッスン室。
鏡張りの空間。
無音。
「まず確認する」
神崎レイナが言った。
「今回の審査はペア」
「うん」
「つまり“個”じゃなく“関係性”が評価される」
「関係性……」
「簡単に言えば」
一拍。
「二人で一つの作品を作る」
「なるほど」
私は軽く頷いた。
レイナはタブレットを操作する。
「使用楽曲はこれ」
流れる音楽。
少し切ない。
でも強さもある曲。
「テーマは“憧れと現実”」
「おお……難しそう」
「構成はこうする」
レイナは迷いなく説明していく。
「前半は抑制」
「後半で感情解放」
「視線誘導は――」
私は聞きながら思った。
(すごいな)
全部考えてる。
意味がある。
無駄がない。
でも。
「なんかちょっと違うかも」
ぽろっと出た。
レイナの手が止まる。
「……どこが」
「うーん」
私は考える。
「もっと最初から楽しくてもいい気がする」
「……は?」
「だって憧れってさ」
一拍。
「楽しいじゃん」
レイナは無言で私を見る。
「この曲は“現実との対比”」
「うん」
「だから前半は抑える必要がある」
「でも」
「……」
「楽しいまま現実にぶつかった方が、つらくない?」
沈黙。
数秒。
レイナはゆっくり息を吐いた。
「理屈がない」
「え」
「説明になってない」
「うっ」
正論。
でも。
「でもなんかそっちの方が好き」
「……」
レイナは額に手を当てた。
「最悪」
「えぇ!?」
「最も相性が悪いタイプ」
「そんなに!?」
「感覚でしか話さない」
冷静に断言された。
私はちょっとへこむ。
「ごめん……」
「いや」
一拍。
「謝る必要はない」
「え?」
「それがあなたの強み」
レイナは私を見る。
じっと。
まるで観察するみたいに。
「再現性がない」
「うん?」
「つまり“唯一性”がある」
「……?」
「だから評価不能」
その言葉に、少しドキッとした。
「……どうするの?」
私は聞いた。
レイナは少し考えて。
「試す」
「え?」
「あなたの案」
「いいの!?」
「ただし一度だけ」
「うん!」
⸻
音楽が流れる。
私は動く。
最初から。
楽しく。
自由に。
レイナは一瞬遅れて動いた。
計算された動き。
正確な表現。
でも。
どこかズレる。
合わない。
視線。
呼吸。
タイミング。
全部が微妙に違う。
曲が終わる。
沈黙。
「……ダメだね」
私は笑った。
「合わないや」
「そう」
レイナは短く答えた。
でも。
その目は少しだけ変わっていた。
「もう一回」
「え?」
「今の」
「うん」
⸻
音楽。
再生。
今度は。
レイナが変えた。
ほんの少しだけ。
タイミング。
間。
視線。
私に合わせるように。
その瞬間。
一瞬だけ。
ぴたりと噛み合った。
「……っ」
空気が変わる。
何かが生まれる。
でも。
次の瞬間には崩れる。
曲が終わる。
沈黙。
レイナが小さく呟く。
「今の……」
「うん」
「何?」
「え?」
「一瞬だけ」
一拍。
「完成してた」
私は首を傾げた。
「そう?」
「……自覚なし」
レイナはため息をつく。
でも。
ほんの少しだけ笑っていた。
「面白い」
⸻
一方その頃。
別のレッスン室。
一ノ瀬アリスと桐生ユナ。
音楽が止まる。
「完璧じゃん」
ユナが笑う。
「当然」
アリスは即答する。
「ズレは?」
「ない」
「感情の乗り方もOK」
「当たり前でしょ」
ユナは肩をすくめる。
「つまんないくらい完成してるね」
「勝つためにやってる」
「だよね〜」
アリスは鏡を見る。
そこに映る自分。
「負ける要素がない」
一拍。
「一位は奪い返す」
⸻
夜。
レッスン室。
ミライとレイナ。
何度も繰り返す。
ズレる。
合わない。
でも。
たまに。
一瞬だけ。
奇跡みたいに噛み合う。
その度に。
空気が変わる。
レイナが小さく呟く。
「これだ……」
でも安定しない。
「もう一回」
「うん!」
私は笑う。
楽しい。
ただそれだけ。
レイナは思う。
(なんでこんなに――)
一拍。
(目が離せない)
⸻
この時。
まだ誰も知らない。
⸻
完成された100点と。
不安定な120点。
⸻
どちらが“観客を奪うのか。
面白かったらぜひ評価お願いします!




