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第八話 陰陽寮

陰陽寮に着くと、そこには一面に白木の柱、張り詰めた空気。一歩踏み入れた瞬間、世界が変わる。呪と理で構成された場所。妖を排し、星を読み、都を守る機関。伊月は無意識に息を整える。鬼の血がざわりと胸の奥でうずくような気がした。


庭では学生たちが式盤を囲み、呪を唱え、廊下では官人たちが書板を抱えて行き交う。

その視線が、二人に集まった。


「・・・あれが」


「新しい補佐か」


「帝の直命らしいぞ」


鬼、という言葉はない。


だが好奇と警戒が混じる視線。真秀は足を止めない。


「日比谷殿」


年配の陰陽師が立ちはだかる。


「随分と急な人事だな」


「帝のご判断です」


一切の感情を排した声。


「出自の定かでない者を中枢に置くのは、寮としても――」


「責はすべて私が負います」


ぴたりと空気が凍る。伊月は横顔を見る。整った面差しは、彫像のように冷たい。寮に入った瞬間から、彼は別人だ。張り詰め、孤立し、誰も寄せつけない。やがて年配の男は去っていった。


その直後、駆け足の音。


「真秀様!」


振り向いたのは、まだ若い学生だった。


明るい目元、少し癖のある髪。


「本日の式盤、少しだけ南にずれていて――」


そこで伊月を見る。


「あ、もしかして新しい補佐の方ですか?」


真秀が短く言う。


「藤代昌也。学生です」


「藤代昌也です! よろしくお願いします」


人懐っこい笑み。


伊月はわずかに肩の力を抜いた。


「伊月です。こちらこそ」


「へえ・・・真秀様が誰かを隣に立たせるなんて、珍しいですね」


「昌也」


ぴしゃり。


「余計なことを言うな」


「す、すみません!」


慌てる様子に、思わず伊月は小さく笑う。


「はぁ・・・また始まった」


背後から女の声。帳面を抱えた背の高い女が、呆れたように立っていた。


「私は梓。雑務全般担当」


ぶっきらぼうだが、目は優しい。


「大変だろうけど、気にしないこと。ここはいつもこんな調子だから」


「梓」


真秀が制する。


「分かってるって」


梓は伊月にだけ小さく笑った。


「困ったら言いな。裏庭は静かだよ」


胸の奥が、少しだけ温む。鬼だと知られてはいない。伊月はほっと胸をなでおろした。真秀が歩き出す。


「執務室へ」


伊月はその背を追う。


真秀の執務室はそれなりに広い空間であったがそこには山のように書物が積まれていた。


「ここでは博士たちが各々の専門分野を研究し、そこで得た知識を学生たちに教えています」


真秀は今にも倒れそうな目の前の書物の山をどかしながら説明する。


「真秀さまは何が専門なのですか」


「私の専門は妖です。ですが妖関連の書物は3年前の火事でほとんど焼失してしまって。全国から関係しそうな書物を片っ端から取り寄せていたらこんなことに」


「なるほど」


どうやら今日の仕事は執務室の片づけだけで終わってしまいそうだ。それでも高明殿での仕事に比べれば叱咤と暴行がないだけ遥かにましである。伊月は手元にある書物に手を伸ばした。


「それと」


真秀が話を続ける。


「天文博士の日比谷真澄とはなるべく接触しないようにしてください」


「??」


伊月は軽く首をかしげる。


「私の兄なのですが恥ずかしながら兄弟あまり仲が良くなくて」


真秀は誤魔化すように笑みを浮かべながら答える。宮中は外からは煌びやかに見えても、内側は数多の派閥争いや愛憎が渦巻く過酷な世界。それは陰陽寮も例外ではないのだろう。


「分かりました」


伊月は短く答えて作業を続けた。


お読みいただきありがとうございます。

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