第四話 高明殿の女御
伊月がようやく着物の整理を終えて母屋に戻ると、ちょうど女御が癇癪を起こし、暴れているところだった。襖を殴って穴を開け、近くにあった調度の品々は片っ端から蹴り倒している。他の女房たちは真っ青な顔をして隅に身を寄せ合っていた。
「あいつ!!あの女!!私より先に帝の子を授かるなんて!」
あの女と呼ぶのは帝の一番新しい妻、“花明殿の女御”である。
「私のところにはもう半年もお渡りがないというのに!!あいつ!殺してやる!」
もう蹴る物がなくなった女御は、その場で鞭を振るいながら伊月に目をやる。
「ただいま戻りました、皇后様」
「あら、随分と遅かったじゃない」
女御は声を荒げる代わりに低く冷たい声で続ける。
「花明殿の女御が懐妊したそうよ。本当にめでたいことねー」
「・・・さようでございますか。・・・なんとめでたいことでしょう・・・」
伊月が小さい声で答えると女御は再び血相を変えて怒鳴り散らす。
「あーーーー!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!生まれた子が男子だったら?あいつの子供が次の東宮になるじゃない!!そしたら私の立場はどうなるの⁈」
現在、帝の子供は高明殿の女御との間に産まれた内親王が一人いるのみ。つまり、花明殿の女御の子が男児であった場合、次期東宮となる可能性が極めて高いのだ。
「怒りをお沈めください。帝が愛しているのは高明殿の女御様ただお一人にございます」
こんな言葉は気休めにもならないことは伊月もよく知っている。
「五月蠅いわねえ!だったら帝はなんでお越しにならないのよ!」
女御は伊月の着物の袖をまくり上げると、露になった腕に持っていた火鉢棒を押し当てる。「ジュッ」という皮膚が焼ける音と共に伊月は「ヴッ!」と小さく唸った。折角薬の作用で薄くなっていた傷に、また新たな傷が上書きされていく。
「そうだわ。いいこと思いついた」
女御は悪魔のような冷たい笑みを浮かべる。
「私から、懐妊祝いに贈り物をして差し上げましょう。お前、届けてくれる?」
「女御様、それは・・・」
ただの贈り物であるはずがない。
「何よ。出産ってそれはそれは酷い痛みを伴うでしょう。私はただ、愛する帝の大事な女御をその痛みから解放してあげるだけ」
なんて、恐ろしい人なんだろう。
「私は、、、帝の命で宮仕をしているのです。いくら女御様からの命令でも、帝の御子を害することはできません!」
「はぁー?」
「ジュ――・・・」と音がして、また火鉢棒を押し当てられる。前腕部全体が赤く腫れ、ただれた箇所から僅かに出血もみられる。
「ウッッ・・・」
もだえ苦しむ伊月を見ながら女御は不敵な笑みを浮かべる。
「確かお前には弟が居たわよね。確か身体が弱いんじゃなかったかしら」
「・・・左様でございます」
「お前がやらないなら、弟を殺すから」
「?!」
「確かあの土地に向かわせている医者の話によると何も手を施さなければもって一年の命ですって。私が医者を向かわせてなければ、もうとっくに死んでいた命よ。それに今更鬼が一人死んだからって、誰が気に掛けるというの?」
「・・・なんてことを・・・」
「それとも内裏に呼び出してお前の役目を代わってもらおうかしら?」
役目・・・。毎日に殴られ、他の女房たちにこき使われる今の役目をまだ幼い朔太郎に代わる?
そんなこと、できるはずがない。伊月は首を縦に振るほかなかった。
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