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第十話 登山とおにぎり

「はあ、はあ・・・皆さん、ちょっと待って」


真秀たちが歩く数十歩ほど後から昌也のしんどそうな声がきこえる。逆三山は標高こそそこまで高くはないもののごつごつとした岩場が多くて足場が悪いことで有名だった。


「ついてこられないならさっさと帰れ」


真秀は戦闘を歩きながらぴしゃりという。


「そんなあ」


昌也の足取りはふらふらで今にも倒れてしまいそうだ。それに気づいた伊月はすかさず駆け寄る。


「大丈夫? お水飲む?」


そう言うと竹筒を差し出す。伊月はまだ口を付けていないものだ。昌也は受け取るとそれをごくごくと飲み干した。


「くはあ! 助かりました」


「よかった」


「それにしても伊月さん、よくばてずについていけますね」


昌也の疑問に、伊月は少し考えてから答えた。


「うふふ。それは、山育ちだから」


これくらいなら話してしまっても大丈夫だろう。伊月の故郷は都からそれほど遠くない場所にある血霞岳だ。ここよりずっと標高が高くて空気も薄く、常に濃い霞に覆われていた。だからこれくらいの登山は伊月にとって余裕なのだ。


「本当ですか?僕てっきり伊月さんは都会育ちのお嬢様だと思ってましたよ」


そう思ってもらえたということは伊月の擬態がうまくいったということだろう。

「都会育ちのお嬢様じゃなくてごめんね」


伊月は袖で口を覆い微笑みながら答える。内裏の高貴な家出身の女房たちは皆こうするのだ。


「いえいえ、そんな」


「なあ!そろそろあたしも限界!一旦休憩にしようぜ」


少し前を歩いていた梓がこちらを振り返って言う。


「梓さんに大賛成です!」


昌也は嬉しそうに答えた。


「伊月。はいこれ、握り飯」


「ありがとうございます。梓さん」


一行は近くの岩場に腰掛けてもらった屯食(現代のおにぎりのようなもの)に口をつける。身体を動かした後というのもあって以上に美味しく感じる。いや、通常時に食べてもきっとおいしいのだろう。お米の粒が立っていて口の中で噛むたびに甘みが広がる。


「どうだ、旨いだろ?」


梓はおいしそうに食べる伊月をみて得意げに聞く。


「はい、とっても美味しいです。あの、本当に真秀さまは食べなくていいのでしょうか?」


「ああ、真秀さま?」


この一週間、伊月はずっと気になっていたことがある。それは真秀の陰陽寮での態度だ。陰陽寮の人々といる真秀は常に気を張っているというか警戒しているというか、冷酷とすら思える気配で、誰も寄せ付けない。目つきも声音も冷え切っていて、花明殿の女御や伊月の前で見せる穏やかな姿とはまるで別人のようだった。


陰陽寮は派閥争いが激しいと聞いたから神経質になるのも分かるが、直属の部下であるはずの梓と昌也に対してもそんな調子なのだ。現に今も、梓の作った屯食を拒否して周囲の様子を探ってくと言いどこかに行ってしまった。


伊月といるときの真秀が演技で、陰陽寮での姿の方が本当の彼なのだろうか。もっとも伊月は真秀が自分に丁寧に接する理由を角折の儀への罪悪感からだろうと理解していた。そう思えば、胸のざわめきにも説明がつく。


「それにしてもこの山に住んでいる妖怪ってのはどんなのだろうねえ」


屯食の最後の一口を食べながら梓がぼそりと呟く。実は山に入る前、麓の里で妖の神隠しの正体について尋ねてみたのだが、大した情報は得られなかった。だが被害は徐々に拡大している。今月だけで5人も山で遊んでいた子供が行方知れずになったというのだ。


「攫われた子どもたちも、早急に見つけてあげないとですね」


昌也も深刻そうに言う。


伊月は考えた。妖退治にこんなところまでついてきて、それで目的の妖に遭遇したとして、自分はどうしようというのだろう。妖力を封じられた今の状態では何の役にも立たない。伊月は着物越しに鎖骨付近の呪印をさすった。その時・・・


「伊月! 伏せろ!」


茂みの向こうから真秀の叫び声が聞こえる。伊月が反応する間もなく、伊月の身体は浮遊感に襲われる。両脇を何者かに捕まれ、足は地面から離れて上へ上へと引っ張られる。伊月が身をよじって正体を確認するとそれは真っ赤な顔に高い鼻で山伏の装束に身を包んだ若い男性であった。


「天狗」


人攫いの正体は天狗だったのだ。


「やめて! 離して!」


伊月は必死に抵抗するも太い腕でがっしりと掴まれては振りほどくことができない。あたりを見回すともう二体、後ろから天狗が飛んでいる、その腕の中には梓と昌也がいた。二人とも気絶しているようだ。


そうこうしているうちに地面から離れたところまで来てしまい、落ちたらただでは済まないことを悟った伊月は抵抗を辞めて天狗をかっと睨んだ。天狗は伊月が気を失わないことに少々驚きながらも、そんなことは何でもないかのように山頂めがけて飛行を続けるのだった。


読んでいただきありがとうございます。

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