08. 氷の騎士は、愉快と感じた
馬の蹄が土を蹴る。
ヴィンセントは、ハドリアン領の冷たい北風の中、出て来たばかりの領主街へ戻るために馬を走らせていた。
(……面白い)
――聖女エリス。
俺が抱いた最初の印象は、まるで人形。だ。
無機質で無表情で、なんの感情も持たない、ただのお綺麗な人形。
ルーメン教の伝承が語る聖女様とは、慈愛に満ち、奇跡的な力で人々を癒す夢物語の存在だ。
そんな夢物語聖女様とは、全く違う印象だった。
司祭の操り人形なのかとも思ったが――それも、確実に違うだろう。
――偽物かもしれない聖女を監視し、その正体を見極める口実を得ます。
――問題なしなどという不明瞭なものではなく、領主へのより正確な報告を行うことが出来ます。
あの少女は無表情で、感情を一切排し、ただ合理的な最適解だけを求めているように見えた。
皮肉なことに、それは氷の騎士などと呼ばれる俺自身の思考にも、あまりにも近すぎた。
(……あれは、非効率なことや、非現実的なことはしない人間だ)
そう、思った。
――なのに、だ。
* * *
「――私に、新しい井戸を掘削させてください」
「なんだと?」
「そのための情報を要求します」
「……俺に要求しているのか?」
「はい。ヴィンセント騎士団長は地質データへのアクセスは可能でしょうか」
* * *
あまりに非現実的すぎて、あまりに愉快だった。
――だが、もしも。
もしもあの人形が、井戸を掘るという行動を、現実的だと、合理的だと、具体的な案をすでに考えているとしたら。
(……愉快だ)
気づけば、俺は詰所ではなく、直接領主邸の資料室へと向かっていた。
用事がなければ近寄りたくもない領主本邸に、自らだ。
資料室の扉を開くとすぐに、俺は担当官に命じていた。
「アウロリア教会周辺の、地質データ、過去の水脈調査記録を寄越せ。――現存するもの、全てだ」
戸惑う担当官に渡された資料にざっと目を通し、分類もしないまま抱えて領主邸を後にする。
専門家でも読み解くことが難しい古びた資料を積み込む途中、同じく領主邸で仕事を済ましたのだろうジャックと出くわした。
「あれ、ヴィンス。お人形聖女様のとこに行ったんじゃないのか」
「行った。が、その人形に使い走りにされている」
「はァ? ……って、そんな楽しそうなヴィンス、久々に見たなァ」
「俺は明日また教会に行く。お前も来い」
「え!」
急な事に驚くジャックに背を向けて、明日の朝また教会へと向かう計画を立てはじめる。
あの人形が、この小難しい情報を前に、どんな答えを出すのか。
それを見届けるためだけに。




