07. 最適解の要求
「もー、エリスったら! お着換えの仕方も知らないなんて!」
「難易度、高。ボタンは非効率的な固定具です」
「こら! 言い訳しないの!」
もはや昼下がり、メルに連れられて孤児院の子供たちが集まるという広間へ向かうことになった。
しかし、衣服――ハードウェアの換装に、想定の5倍の時間を要してしまった。
広間へ向かう途中、メルは昨日の出来事を嬉しそうに話してくれた。
「騎士様たちが、また来てくれるんだよね! きっと孤児院、良くなっていくよね……!」
【対象:メル】
【感情:『希望』】
メルの様子に、私のシステムも、なぜか少しだけ動作を軽く感じた。
しかし、広間に集まっていた子供たちの感情は、メルの希望とは正反対のものだった。
【環境分析:子供(12名)
【健康状態:『栄養失調』『低体温』が多数】
【感情:『無気力』80%、『諦観』20%】
昨日の演技された元気さは微塵もない。
メルが私のことを聖女様だよ、と紹介しても、子供たちの覇気のない視線がこちらを向くだけだった。
「……聖女様、か」
「本当に聖女様なら、おなかいっぱい食べさせてくれるのかな」
「どうせ、あの司祭様のウソだよ」
口々に呟かれるのは現状からくる、諦め。
子供たちは、もはや神も聖女も信じていないようだった。
【ミッション――孤児院の最適化の難易度を、レベルBからAに上方修正します】
その時だった。 ゴーン、ゴーン、と教会の鐘の音が響く。
すると、子供たちが無気力なまま次から次へ立ち上がり、重たい木製の桶を持って外へ向かい始めた。
「子供たちはどこへ行くのですか」
「えっと、鐘が鳴ったら、川まで水を汲みに行くの」
メルが当然のことのように説明をする。
教会の鐘が鳴るのは、日中3回だと記憶している。
1日の内に3回、子供たちは水汲みという労働を行っているということだろうか。
【データベースを検索:アウロリアの街・地図】
【分析:教会(現在地)から川(目的地)までの距離:約1km】
データベース内の情報との照らし合わせも含め、確認のために私は子供たちを追いかけて教会の外へ出た。
外は北の冷たい風が吹いている。
教会の敷地を出ていく子供たちが向かう先は、急な下り坂だった。
【……再計算】
【ミッション:水汲み(往復)】
【距離:2.0km】
【工程(復路):高低差20mを、水を運搬しながら登坂】
【水質分析:泥、砂、動物の排泄物による汚染多数。飲用には煮沸が必須だが、孤児院の燃料不足により不徹底と推測】
【対象:栄養失調の子供】
【――警告:これは『労働』ではなく『虐待』である】
「聖女様! いけません! 正式なお披露目まで、あまり教会の外には……!」
私が外に出るのを見ていたのだろう、後を追ってきたグリモ司祭が、慌てた様子で声をかける。
私はグリモ司祭の言葉を無視し、分析を続けた。
――教会の隣の家、その庭先には、井戸がある。
――向かいの家の庭にも。
「グリモ司祭」
「は、はい! なんでしょう!」
「隣の家には井戸がありますね」
「……はい?」
「あちらの家にも」
「え、ああ、はい。各家庭の庭に井戸くらいは…」
「なぜ、ここにはないのですか?」
私の問いに、グリモ司祭の視線が不自然に泳いだ。
「あー……、いえ、あるにはあるのですが……それは教会用でして……」
「孤児院用はないのですか?」
「い、いや、昔はあったのですが……その、井戸が枯れたので……」
【...グリモの証言を記録】
【証言A:『教会用の井戸』は存在する――事実】
【証言B:『孤児院の井戸は枯れた』――真偽不明】
「では、論理的な最適解は一つです。孤児院の子供たちも教会用の井戸を使用する。これでミッション…水汲みの負荷は99%削減されます」
「だ、駄目です! それだけは!」
グリモ司祭が血相を変えて私の前に立ちはだかる。
「あ、あれは私…っ、いえ! 教会が使う神聖な水! 子供たちが大量に使ったら、すぐに枯れてしまいます! 教会の井戸が枯れたらどうするのですか!」
【――ミスマッチを検出】
【グリモの証言C:子供たちが使うと、教会用の井戸も枯れる】
【客観データ:周辺の民家が、現在も稼働する井戸を所有】
【分析:アウロリアの町の地下水脈は、複数の世帯の井戸を同時に維持できるほど安定している】
【結論:グリモの証言C…教会用の井戸が枯れる、というロジックは、99%破綻している】
グリモ司祭の第一目的は教会用の井戸の独占――リソースの私物化。
枯渇の恐怖という、非論理的で自己中心的な理由で、虐待とも呼べる子供たちの労働を正当化しているようだ。
「あのぉ、聖女様……?」
「あなたのロジックは破綻しています」
「はい?」
「周辺の民家が利用できている時点で、この土地の地下水脈は安定していると結論できます。あなたの枯渇するという主張には、論理的な根拠がありません」
「な、なにを……!」
私がグリモ司祭の非論理を指摘した、その時だった。
教会の門の前で、馬の大きな嘶きが聞こえた。
「――ずいぶんと騒がしいな」
昨日聞き覚えたばかりの、冷徹な声。
そこには、昨日の今日だというのに、予告もなく訪れたヴィンセント騎士団長の姿があった。
【対象:ヴィンセントの出現を確認】
私は、グリモ司祭からヴィンセント騎士団長へと交渉相手を変更する。
彼にも聞こえるように、少しだけ声を張って、私はグリモ司祭へ宣言した。
「グリモ司祭。あなたの井戸が枯れるという非論理的な懸念が、子供たちの損耗の原因であると、そう結論します」
「なっ…!?」
「――この土地には、安定した地下水脈が確実に存在する」
こちらへと歩いてくるヴィンセント騎士団長の重たい足音が近づく。
グリモは私と騎士団長を交互に見てうろたえているが、私は構わずに結論を続けた。
「であれば、最適解はひとつです」
グリモ司祭を視界に入れたままヴィンセント騎士団長にも向き直り、要求した。
「――私に、新しい井戸を掘削させてください」




