72. 氷の騎士と小さな探偵たち
祭りの当日の朝。
本来なら数日かかる業務を、ここ数日の不眠不休で強引にねじ伏せた俺は、ジャックと共に領主街を飛び出した。
「ったく、無茶苦茶ですよ団長ォ。不眠不休の身体で馬を飛ばすなんて、デートの前に落馬しますよ」
ジャックが呆れたように言いながら馬を並べて走るが、耳には入らない。
俺の頭の中は、今日のエリスとの約束で埋め尽くされていた。
純白のブーツ――彼女はそれを履いてきてくれるだろうか。
馬を飛ばし、アウロリアの街に到着したのは昼過ぎのことだった。
だが、向かった先の教会は、異様な光景だった。
「……ううっ、うあぁぁぁ……!」
教会の入り口で、小さな子供が泣き崩れている。
いつもエリスの傍にいるあの子供――メルだ。
その傍らで、気丈なはずのシスター・ベロニカが、蒼白な顔で膝をつき、メルを抱きしめていた。
「……シスター? どうした」
俺が馬を降りるなり問いかけると、シスターが弾かれたように顔を上げた。
「き、騎士団長様……!」
「エリスが……! エリスが……!!」
メルが俺の足に縋りつき、悲鳴のような声を上げる。
「連れていかれちゃったの……! 私が、私の手が届かなかったから……!」
「なんだと?」
世界が、反転したような感覚。
俺はシスターに視線を向けると、彼女は唇を噛み、震える声で告げた。
「エリス様が……何者かに、連れ去られました……!」
「……ッ!」
話を詳しく聞こうとするが、二人とも、一瞬のことで顔も見ておらず、心当たりもないと彼女は項垂れる。
「あの子は……今日の祭りを、それはそれは楽しみにしていたのです……!」
シスターの悲痛な声が響く。
「好きな人から貰った白い靴を履いて、お祭りに行くのだとはにかんで……! こんなことなら、朝から準備をさせてあげればよかった。神託なんてさせずに……!」
「神託……?」
「ま、街の人が殺到してしまったから、相談会のようなものを開いたのです……」
「……ううっ、ごめんなさい、ごめんなさい……! 私がもっと強く掴んでいれば……!」
その時、絶望的な空気を破るように、教会の外から、賑やかな声が近づいてきた。
大きな荷物を抱えた、なにも知らない孤児院の子供たちだ。
俺の姿を見つけるなり、彼らは駆け寄ってきた。
「騎士団長様だ!」
「早く到着できたんだね!」
「どうしたの? メル、なんで泣いてるの?」
ロキやアッシュたちが駆け寄ってくる。
メルは、顔をぐしゃぐしゃにして子供たちに告げた。
「エリスが……誘拐されたの……!」
「は……?」
「私の目の前で……! 私が、私がエリスを守れなかったの……! 私のせいで……!」
子供たちの顔に動揺が走る。
泣き出しそうになる幼い子たち。
絶望的な空気が流れたが――。
「ふざけんな!!!」
ロキが、大声で一喝した。
彼はメルの肩を掴み、強く揺さぶる。
「お前のせいなわけあるかよ! 泣いててエリス様が帰ってくるのか!?」
「……っでも……!」
「あのエリス様だぞ! すぐに帰ってくるに決まってんだろ! 俺たちが泣いてたら、帰ってきたエリス様が悲しむだろうが!」
ロキの言葉に、メルが、そして他の子供たちがハッと顔を上げる。
「……そうだ。エリス様だもん」
「ポンコツだけど、聖女様だもんね!」
「そうだ! 俺たちが泣いてたら、エリス様が悲しむぜ!」
子供たちは口々にメルに言う。
それを聞いたメルも、涙を乱暴に拭い、顔を上げた。
「……そうだね。エリスなら……エリスなら……泣くのは非効率ですって言う。最適解を探しますって……そう言って、たくさん考えて、絶対に解決する!」
「……!」
ハッとした。
そうだ。彼女は、どんな時でも思考を止めない。
ならば、俺がここで立ち止まっているわけにはいかない。
「エリスを助けなきゃ……! エリスがいつもやってるみたいに……みんなでデータを集めるの! すれ違った馬車、広場の人たち! きっと誰かがなにかを見てるはず!」
「「「おおーっ!」」」
子供たちが弾かれたように、街の広場へと走って行く。
あのか弱い少女が、これほどまでに子供たちを強くしたのか。
「……俺たちも行くぞ」
俺は、ジャックと手分けをして、広場へ散らばった聞き込みに走る子供たちを援護すべく動いた。
子供の言葉をまともに取り合おうとしない大人たちも、騎士が背後に立てば、口を開かざるを得ない。
そして、最後にエリスに相談をしたという、若い娘に行き当たった。
「……そういえば。あの商人、変だったかも」
若い娘が、記憶をたぐるように顎に手を当てる。
「聖女様に隣国の人って出身を当てられて、すごく驚いてて……。なんか、目が怖かったっていうか。そのあともずっと、離れて聖女様を観察してたみたいな感じで……」
「――隣国」
その単語に、俺の中の点と線が繋がった。
メルカンテ連合。
技術や商材に貪欲な、商人の国。
――エリスの知識、新しい技術。
狙いは、それか。
「……ジャック、行くぞ」
俺は再び馬に跨った。
「おいヴィンス! 今のだけでどこに行ったか分かるのかよォ!? 国境超えられたら終わりだぞ!!」
「わからん。だが、……探す!」
俺は手綱を引き、隣国と接している北西の森へと馬首を向けた。
「彼女なら……エリスなら、ただでは捕まらないはずだ」
合理的で、賢くて、でもどこか抜けている彼女なら――。
「恐らく逃げ出して……そして、正確に、この街の方角へ走るはずだ」
俺たちは街の広場から馬を走らせ、森の中へと踏み入った。
「ジャックは街道沿いの獣道を洗え。俺は森を抜けるルートを潰す」
「了解!」
俺たちは二手に分かれ、街へと続く道を、手当たり次第に駆けた。
日は傾き、夕闇が迫っている。
視界が悪くなる中、俺は地面に目を凝らした。
(……あった)
ぬかるんだ地面に、新しい蹄の跡。
そして、その先に続く茂みが、不自然に折れている。
「……こっちか!」
俺は馬の腹を蹴り、道なき道を突き進んだ。
焦燥ばかりが胸を焼く。
――その時だ。
ガサガサッ!!
前方の茂みが激しく揺れ、泥だらけで、ボロボロになった少女が、飛び出してきた。
「――っ!!」
俺は、叫んでいた。
「エリス……!!!」
馬が止まるのも待たず、俺は鞍から飛び降りた。
ふらりと倒れ込みそうになった彼女の身体を、俺は強く、抱きとめる。
「……ヴィンセント、騎士団長……?」
腕の中で震える彼女は、泥だらけで、傷だらけで。
それでも、俺が無事を願った、彼女そのものだった。




