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66. 純白の贈り物

 

 灯火祭でのデートを約束した後、私たちは並んで広場の方へと戻っていた。


 歩いている間、交わされるのは近況報告のような、ぽつぽつとした会話だけ。

 お互い、ひどく緊張していることが分かる。

 けれど、間に流れる空気は、以前のような張り詰めたものではなく、なんとなく柔らかい。


【分析:『幸福度』のパラメータが、安定して高水準を維持しています】


「おーい! 団長ー!」


 遠くから、私たちを呼ぶ声がした。

 ジャック副団長が、メルや子供たちと一緒にこちらに手を振っている。

 彼は、自分とヴィンセント騎士団長の分、2頭の馬の手綱を引いていた。


「まったく……馬を放り出したまま、どっか行かないでくださいよォ。2頭扱うのは大変で、子供たちに手伝ってもらいましたよ」


「すまん」


 あの時、ヴィンセント騎士団長が馬の手綱を投げた先には、ジャック副団長がいたようだ。

 私の視覚には、ヴィンセント騎士団長しか認識していなかったらしい。

 私に気が付くと、ジャック副団長が大袈裟な仕草で挨拶をしてきた。


「やァ、エリス様。ご機嫌麗しゅう」


(あれ……?)


 久しぶりに聞いた彼の声、その言葉の語尾が、わずかに跳ねるような独特のリズムを刻んだことに、初めて気が付いた。

 私の脳裏に、司教の書斎で読んだ言語学の記述が浮かぶ。


「ジャック副団長は……メルカンテ連合のご出身なのですか?」


 ――メルカンテ連合。

 国境を接する隣国であり、商魂逞しい者たちが集う商業国家だ。

 利益を最優先するがゆえに、このオルトリア王国とは小競り合いが絶えない、緊張関係にある国でもある。


「おっと、どうしてそう思われたんです?」


「訛りが少し。先日、本で読みました」


「ははっ! さすが聖女様、博識だァ」


 ジャック副団長は、感心したように口笛を吹いた。


「正解です。生まれはあっちですが、心はオルトリア王国にありますんでご安心を。……それより、団長の突然の訪問は、ご迷惑じゃァなかったですか?」


「いいえ、とても……」


 首を横に振ったあと、私は言葉に詰まってしまった。

 しかし、私の表情や雰囲気が、言葉以上に、嬉しかったと物語っていたのだろう。

 ジャック副団長は、安心したように表情を緩めた。


「よかった。領主街で大雨が降ってる中、今にも飛び出していこうとする団長を必死に止めてたんですよ。とはいえ雨が止んだと同時にここまで全速力ですからねェ。いやァ、参った参った」


「ジャック」


 ヴィンセント騎士団長が低い声で圧をかける。

 ジャック副団長はなおも軽い調子で、おっとこの話はここまでと、笑って口をつぐんだ。


「……無理やり出て来たので、もう帰らなくてはならん」


「はい」


 前回、彼を見送った時のような、気持ちの断絶はもうないように感じた。

 寂しさはあるが、それ以上に次への期待が胸を満たしている。


「ああ、そうだ。忘れるところだった」


 ヴィンセント騎士団長が、ふいに思い出したように声を上げ、自身の馬の鞍に下げていた袋を探る。

 何だろうと私が見ていると、たいそう立派な箱が取り出され、私の手に渡された。



「これは……?」


 渡された箱の重みに戸惑う私に、彼は開けてみてくれと促した。

 私は言われるがままに、結ばれたリボンをほどき、箱を開く。


「あ……」


 中に入っていたのは、真っ白な、可愛らしい編み上げのショートブーツだった。 革は上質で柔らかく、靴底もしっかりとしている。


「贈り物には宝石かとも思ったのだが……君は、よく転ぶだろう」


 彼は、少し決まり悪そうに頬をかいた。

 視線は私から外し、どこか遠くの木々を見つめている。

 耳の先が少し赤いのは、きっと夕日のせいだけではないだろうと、今なら分かる。


「それに、普段から使えるものが良いと、考えた。……足首を保護できるし、これなら動きやすいはずだ」


 不器用に説明する彼と、箱の中の可愛らしい靴を交互に見る。

 実用性を重視しながらも、私が女の子であることを意識して選んでくれた、純白の靴。


「……私への、プレゼント、ということですか?」


「ああ」


 頷く彼を見て、驚きの後に、じわりと喜びが湧き上がってくる。

 彼が、私のために、私のことを考えて、選んでくれた。

 その事実が、どんな高価な宝石よりも胸を熱くする。



「わあ! かわいい!」

「真っ白だー!」

「絶対エリスに似合うよ!」


 メルや子供たちも、箱の中を覗き込んで嬉しそうだ。

 私の横から代わる代わる覗き込み、口々に騒いでいる。


「いやー、よかったですね、エリス様」


 ジャック副団長が、ニヤニヤとしながら軽口を挟む。


「本当は団長、最新の軍用ブーツにしようとしてたんですよォ。グリップ力が最強だ、とか言って。それを必死に止めた俺に感謝してほしいです」


「ええっ!? 軍用!?」

「それはないよー!」

「ジャック副団長、ナイス判断!」


 子供たちが盛り上がる中、ヴィンセント騎士団長が、余計なことは言うなとばかりに、鋭い視線を飛ばす。

 ジャック副団長は、その眼光を肩をすくめて受け流した。


 私は、ぎゅっと箱ごとブーツを抱きしめた。

 胸がいっぱいで、言葉がうまく出てこない。


「とっても……とっても、嬉しいです。大事に、します」


 じわりと滲んでしまいそうな瞳を細めて、緩む口元をそのままに、彼を見上げた。

 ヴィンセント騎士団長は、ハッとしたように目を見開き――。


 次の瞬間、見たこともないほど愛おしげに、柔らかく瞳を細めた。

 氷の騎士と呼ばれた男が、ただ一人の少女の前で、雪解けのような優しい表情を見せる。


 彼は引き寄せられるかのように、自然と私に歩み寄る。

 そして、少し屈むと、私のプラチナの髪を一束、さらりと持ち上げた。


「……っ」


 長い指が、髪を梳く。

 彼は、持ち上げた私の髪の先に、恭しく、愛しげに、小さく口づけを落とした。


「明後日、それを身に着けた君を見たい。楽しみにしている」


 耳元で囁かれた声に、全身が沸騰する。

 彼は名残惜しそうに髪を放すと、ひらりとマントを翻し、馬に跨った。


「行くぞ、ジャック」


「はいよ。じゃあなァ、エリス様、みんな!」


 二騎の馬が、夕暮れの森に向かって駆け抜けていく。

 その背中が見えなくなるまで、私は身じろぎひとつできなかった。


「わあぁ……」


 息をのんでいた女の子たちが、口に手を当ててとろけている。

 男の子たちもその去り際に、興奮冷めやらぬ様子だ。


「騎士団長様、すごかったね……」


 メルが赤くなりつつあっけにとられながらも、私に声をかける。


「……」


「エリス?」


 直立不動だった私は、処理能力の限界を迎えていた。


【――警告:システム温度、計測不能】

【――エラー:『幸福』『羞恥』『恋』のパラメータが、制御範囲を逸脱】


「はわ……」


【分析:オーバーヒートによる『フリーズログ』が多数発生】


 私は、真っ赤な顔で、箱を抱いたまま、ぐらりと倒れ込みそうになる。

 私に駆け寄り、慌てて支える子供たち。


「わわっ!?」

「エリス様!?」


 足の力が抜け、視界がぐらりと傾く。

 世界がスローモーションのように見えた。


「待って! ここで気絶しないで! 教会までは歩いて! エリスー!!」


 メルの悲鳴に近い呼びかけが、遠のく意識の中で響いていた。



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