63. 奇跡への変換
昼過ぎからの豪雨に閉じ込められた昨日とは打って変わり、翌朝は見事なまでの秋晴れとなった。
「エリス様ー!」
「待ってたよ!」
昼過ぎ、露店で賑わう街の広場の手前で、子供たちが待っていた。
昨日の石鹸配布失敗の件を、メルたちに相談した結果、養護院の帰りに広場で合流して、一緒に石鹸を配ってくれることになったのだった。
「エリス。石鹸を配るいい方法は思いついた?」
メルに聞かれ、私は頷いた。
昨晩、膨大なアーカイブから検索していたのだ。
「はい。実演販売や、寸劇などはどうでしょうか」
「なんだそれ?」
ロキが不思議そうな顔をする。
「私が実際に石鹸を使ってみせたり、汚れが落ちる様をドラマチックに表現したりするのです」
「えー……。エリス様にできるかなあ?」
「また怪我しないかな?」
「あはは! 転んだ拍子に石鹸が飛んでいきそう!」
アッシュやルカ、他の子供たちも楽しそうに笑う。
(……不本意ですが、否定しきれません)
広場に到着し、子供たちに石鹸の入ったカゴを渡しつつ、どこを回ろうかと子供たちと話し始めたとき。
「おお! 昨日のお嬢ちゃん!」
昨日、ジェシカと私の話を聞いていた商人の男が、ご機嫌な様子で話しかけてきた。
「昨日はありがとな! あんたが、もう撤収してもいいかもってんで、あの後早めに商品を片してたらよ、本当にどしゃぶりになってびっくりしたぜ!! おかげで商品は無事だ!」
「それは……お役に立てて、光栄です」
私は少し嬉しくなり、小さく頭を下げた。
すると、その声を聞きつけた他のテントの商人たちも、次々と集まってきた。
「あんたのとこだけズルいわよ! うちは雨でいくつかダメになっちまった!」
「俺もあの話聞こえてたのに。信じたらよかったなぁ……」
「いやあ、昨日のお嬢ちゃんの様子が、なんつーかこう、普通のと違ったから、うっかり信じちまってなぁ!!」
他の露店から出てきた不服そうな商人たちに、昨日の商人が豪快に笑って返す。
私が、予想外の歓迎ムードに戸惑っていると――。
「聖女様ー!!」
遠くから、手を振る女性の姿が見えた。
ジェシカだ。
「ちょっと! 昨日の石鹸なにあれ!!」
彼女は私の両手を勢いよく掴むと、きらきらとした顔を近づけてきた。
「貴族様の真っ白なやつと全然違うから期待してなかったのに! 見てこれ! インクと油が落ちなかった手が、めちゃくちゃ綺麗!! しかもいい匂い!!」
「は、はい……」
「工房でも試したいから、もういっこちょうだい!!」
興奮した様子のジェシカに押され気味な体制になってしまう。
私がカゴから一つ手渡すと、ジェシカは笑顔で受け取った。
「ありがと! 天気も当てて、ホント聖女様ってすごいのね!」
ジェシカは振り向きざまにたいそうキュートな笑顔でそう言い残し、また嵐のように工房の方へ去っていった。
「……すごい勢いだったね」
「でも、わかるかも。僕らも初めて使わせてもらった時、びっくりしたもん!」
子供たちがクスクスと笑う。
そのやり取りを見ていた周囲の商人や街の人たちが、子供たちと、私のカゴの中身を交互に見た。
「それが……石鹸なのかい?」
「こんな灰色の塊が?」
「あ……はい。平民向けの石鹸となります。無料で試作品を配っています。将来的には、孤児院から聖女の刻印が入った正規品が出る予定なのですが……まずは試しに、おひとついかがですか?」
私は、失礼にならないように気をつけつつ、おずおずと差し出した。
一瞬の間。
そして――。
「ひとつ試させてちょうだい!」
「俺もだ!」
「この子供たちも、さっきの姉ちゃんもいい匂いしてたぞ!」
どっ、と人だかりが押し寄せた。
「わわっ!?」
子供たちも慌てて石鹸を配り始める。
「平民向けの石鹸だよー!」
「聖女様が作ったんだよ!」
「もうすぐお店でも売るよ!」
子供たちが的確なプロモーションをしながら配っている。
(感心します。子供たちは優秀な広報担当です)
わっと人がたかって、山積みだったカゴは、瞬く間に空になってしまった。
「今日はおしまいです! 今度またお配りします! ぜひお試しください!」
子供たちが声を張り上げる。
石鹸に寄っていた人だかりが落ち着いてもなお、周りを取り囲む人たちは興味深そうに私を見ていた。
「いやあ、あんたが噂の聖女様だったんだなあ」
昨日の商人が、感心したように私を見た。
「やっぱり、聖女様ってのは特別な力を持ってんだな。天気を当てて、平民向けの石鹸を生み出すなんて」
「たしかに。すごいことだ、魔法か?」
周囲がわいわいと盛り上がる中、私は首を横に振った。
「いいえ。知識を持っていれば、天気を予測することは可能です。この石鹸も、すぐに一般的になるでしょう」
「特別な能力じゃないのかい?」
「天気の予測方法があるならわしも聞きたいのぉ」
「私も知りたいわ!」
ちょうどそのおかみさんに作物の納品を終えた農夫や主婦も、話に加わってくる。
私は、天気の予測の仕方――雲の形や動き、風の匂いについて、説明を始めた。
最初は硬い説明だと首を捻っていた人々も、私が身近な例えで噛み砕いて説明すると、ほうほうと頷き始めた。
子供たちは、私の横で少し胸を張っている。
僕たちの聖女様はすごいんだぞ、とでも言いたげな顔だ。
「そういや、水脈を当てて、未知の力で掘り当てたって噂も……」
「水脈は地図から計算しました。掘ったのも、未知の力ではなく新しい技術を提案しました」
どうやら、魔法のような奇跡の力でなんだか上手くいった、というファンタジーな解釈で噂になっていたらしい。
私はそれらを全て事実に基づいて訂正し、彼らの認識をアップデートしていく。
「じゃあなにかい? 聖女様ってのは、魔法で奇跡を起こすもんじゃないのかい?」
一人の老人が呟くと、別の誰かが言った。
「いや……時代の先をいく、人智を超えた知識を持ってるってのは、ある意味、奇跡なんじゃないかい?」
「……違いねえ。うさんくさい眉唾もんの夢物語より、ずっと信ぴょう性がある奇跡だな」
商人や街の人が、私を囲んだまま、笑いながらお互いに話し合っている。
聖女とは、知識の人である。
その新しい定義が、人々の間に浸透し、受容されていくのを感じた。
【分析:民衆の支持率が、急速に上昇中】
【ミッション:『信仰』の獲得、達成の見込みあり】
私が人だかりの熱気と、予想以上の成果に圧倒されてる。
不意に、石畳を叩く蹄の音が響いた。
「――エリス!!!」
緊急性が高い、切羽詰まったメルの大きな声がした。
振り返ると、メルが指さしていたのは、人波の向こう。
そこには、息を切らした馬に跨り、私を真っ直ぐに見つめるヴィンセント騎士団長の姿があった。




