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61. 誤送信された本心

 

 午前中にシスター・ベロニカから短時間の所作指導を受けることとなった日の午後。

 書庫で本を漁っていた私の背中に、メルの声が降ってきた。


「そういえばエリス。騎士団長様に、お手紙のお返事は出したの?」


 私は今、街の人たちとの交流計画を練るため、まだ読んでいないエドマンド司教の蔵書の中から、この国の文化や風習に関するデータをスキャンしていた。

 私は本を開いたまま振り返り、メルの言葉にきょとんとする。


「お返事……ですか?」


「うん! お熱出したときに、貰ったでしょ? お手紙」


「ええ。ですが返事は……」


 私が首を傾げると、メルは信じられないものを見るような顔をして、私の手から本を取り上げた。


「なんで出してないの! 今すぐ書いて! 今日中に出して!」


「え……でも、もう来週には会えるそうですし……」


「なにいってるの!」


 メルはぷりぷりと怒りながら、私の腕を引いて部屋へと引っ張っていく。

 私は慌てて、スキャン予定だった本を何冊か抱えて連れていった。


「予定が変わって来られないかもしれないでしょ! それに、好きな人にお手紙書くことに、なんで乗り気じゃないの!」


 メルは、子供とは思えない強引な力で私の腕を引っ張る。

 私は、ヴィンセント騎士団長に手紙を書くという行為がなんだか怖くて、なにを書いたらいいのか分からなくて、必死に抵抗した。


「で、でも、書くべき事項は特に……だって、まだ……、まだ聖女になる目標を達していないですし……お忙しいでしょうし……ご迷惑かも……」


「もう! でもでもだってしないの! これは、もっと好きになってもらうチャンスでもあるのよ!」


「チャンス……」


 その言葉に、私の思考回路が反応する。

 彼に好きになってもらう。

 つまり、好意のパラメータを上昇させる機会、ということ、だろうか。


「それは……たしかに、そうかもしれませんが……」


「でしょ!?」


 部屋まで引っ張って来たメルが、私を強引に机の前の椅子に座らせる。

 そして、机の上に紙と封筒を出して並べた。


「私は、領主街に向かう行商人の人がいるか探してくるから! 書いててね! 絶対!!」


 メルは嵐のように部屋を飛び出していった。

 バタン、と閉まるドアを見つめ、私は呆然とする。


 騎士団長への返事――。

 いただいた手紙は、体調不良でその場にいる私に向けて書かれたものだ。

 それに対して、私は、どう返せば正解なのだろうか。


 考えつつ、ヴィンセント騎士団長からもらった手紙を、横に広げる。

 そして、真っ白な便箋に向かって、試作の万年筆を向けた。


(……そうです。報告すべき成果は、たくさんあります)


 万年筆の完成、石鹸の量産化。

 子供たちの学習機会を得たこと、そして、私は聖女に必要な信仰を得るために、街の人たちへの距離を縮めようと考えていること。

 私は、業務連絡のような、ここまでの報告を、淡々と書き連ねていく。


「あとは……」


 紙を走っていた万年筆が止まる。

 私は、横に置いた彼からの手紙を、もう一度読み返した。


『病気を治し、気をつけて過ごせ』


 不器用な文字で綴られた、私への懸念。

 心配されているところを見て、顔が思わず弛むのを自覚する。


(……病気は治ったことや、怪我がないことも書きましょう)


 私は、愛おしくその文字を指でなぞり、また返事を書き始めた。

 溢れるまま、思考の奥にある言葉を、インクに乗せる。


『……あなたに、』


『会いたい』


 さらさらと、なんの気なしに書いてしまい――カッと、顔が熱くなった。


【――警告:顔面の温度が急上昇】

【状態:オーバーヒート】


(こ、これはなんでしょうか。なぜ、こんな非論理的な言葉を)

(来週には会えるというのに……恥ずかしい、です)


 これは、書かない方が良さそうな言葉だ。

 ここだけ切り取って……いや、一旦すべてを書き直すべきだ。

 そう判断し、私が新しい便箋を手に取った、その時だった。


 バンッ!


「エリス! このあとすぐ領主街に向かう行商人さんがいたよ!!」


 メルが息を切らして戻ってきた。


「手紙、書けた!?」


「いいえ、まだ推敲が……」


「書けてるね! じゃあ持ってくね!!」


「えっ」


 メルが机の上に置いていた、書き損じの便箋を奪い取る。

 そして、同じく机の上に置いていた封筒も取り、手際よく折った手紙を放り込むと、そのまま部屋を飛び出していった。


「宛先は行商人さんに言っとくから!」


「ま、待ってくださいメル! それは! その手紙は違うのです!!!」


 私は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、メルの後を追った。

 部屋を飛び出し、廊下を走り、角を曲がる。


【――警告:ハードウェアの運動制御が不正確】

【路面摩擦係数が低下】


「あっ」


 柱に半身をしたたかに打ち、渡り廊下の真ん中で、私は派手に転倒した。


「うわっ!?」

「エリス様!?」


 そこに居合わせたのは、ロキと、アッシュとルカの三人だった。


「エリス様また転んでる……」

「今のは痛そうだねぇ……」


 アッシュとルカはいつも通り、苦笑いをしながら茶化すように、けれど心配そうに駆け寄ってくる。

 ロキが、呆れた顔で私を見下ろした。


「エリス様、どうしたんだ? そんなに慌てて、珍しいな」


「ロ、ロキ……!」


 私はこけたままの姿で、ロキを見上げた。

 街の方角を指で示し、床に這いつくばったまま、必死に訴える。


「メルが……手紙が……!!」


「あ? メルが手紙を持ってったのか?」


「はい……! 止めっ、止めて……!」


 私の途切れ途切れの言葉に、ロキはニヤリと笑って親指を立てた。


「任せろ!!」


 ロキが、弾丸のような速さで駆け出していく。


(よかった……機動性に優れたロキなら、メルに追いつくでしょう)


 私は安心して、脱力し、バタンとまたその場に五体投地した。

 傍に残ったアッシュとルカが、私を起こそうと、困ったように腕を引っ張る。


「……なにをしているのですか」


 頭上から、絶対零度の声が降ってきた。

 私廊下を通りかかったシスター・ベロニカだ。


「エリス様、また転んだんだよ」

「今までで一番、派手だった」


 アッシュとルカにはからかわれ、シスターには「まったく……」と呆れられながら、起こされる。

 擦りむいた膝には、大きな青あざと、うっすら血が滲んでいた。


(手紙にさっき怪我はないと書いたばかりだったのに。……やはり、ちゃんと書き直さなければ)


 呆然としたままの私は、アッシュとルカも連れ添って、シスターに引っ張られるまま、孤児院の広間まで連れていかれた。

 ため息の多いシスター治療を受けながら、私はとにかく、ロキとメルの帰還を待つことにした。



 * * *



 ――しばらくして。

 孤児院の広間に、「ただいまー!」という元気な声が二つ響いた。

 メルとロキが、揃って戻ってきたのだ。


「手紙は……! 手紙は、どうなりましたか……!」


 私が焦り気味に尋ねると、メルは満面の笑みで親指を立てた。


「バッチリ! 無事、行商人さんに渡したよ!! 明後日には届けるって!!」


「えっ」


 止めてくれたのではなかったのかと、私はロキを見る。

 ロキもまた、得意げな笑顔で親指を立てて言った。


「おう! エリス様が言った通り、封が留められてなかったからな! ちゃんと行商人に洒落た封蝋を借りて、俺がガッチリ留めてやったぜ!!」


「……ああぁ……」


【...手紙:送信完了】

【内容:『会いたい』を含む、推敲前のデータ】


 私は、膝から崩れ落ち、頭を抱えた。



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