56. 廃棄物からの錬成
畑の種植えから、数時間後。
孤児院の広間には、納屋にしまわれていた古びた大鍋や棒、調理器具が広げられていた。
私に続いて汚れを落とした子供たちと、午後になって顔を出したアンで、机を囲んでいる。
「……なんの騒ぎですか」
異変を察知したシスター・ベロニカが、広間に入ってくる。
彼女が見たのは、机の上の大鍋を囲んだ子供たちが、交代でとろみのある灰色のなにかを懸命に混ぜている光景だった。
「これは、なにを作っているのですか? 料理……にしては……」
「いいえ。石鹸です」
私の言葉を聞くと、シスターは眼鏡をかけ直した。
彼女は眉間の皺を深め、疑わしそうに鍋の中身――灰色に濁ったドロドロの液体と、楽しそうに作業する私や子供たちを交互に眺めた。
「石鹸……? 貴族が使う、あの……? それが、石鹸なのですか?」
彼女が知る石鹸とは、隣国の商業連合国から輸入される、真っ白で香りが強く、高価なものだろう。
対して、この鍋で煮えているのは、灰色で粘度が高く、廃油特有の酸化臭が鼻を突く代物だ。美しさや香しさとは対極にある。
「貴族向けの高級品とは異なります。今回作るのは、生活で使用し衛生の向上を図るための、実用的なものです」
私は作業の手を休めず説明する。
「なにで出来ているのですか」
「子供たちがカマドと暖炉から集めてくれた灰と、アンが広場のお店から譲ってもらった使用済みの廃油です」
「そんな、ゴミのようなものを集めて……本当に石鹸に?」
シスターは眉間の皺を深めつつも、興味深そうに大鍋に近寄ってくる。
そこに、外へ行っていたロキが戻ってきた。
「聖女様! 言われた草、取って来たぜ!」
「ロキ、完璧なタイミングです」
ロキが抱えているのは、青々としたハーブの束だ。
本当は乾燥させて入れるのがベストだが、今回は試作なのでこのまま使用する。
「ここに、その草を入れるの?」
メルが、ロキから受け取ったハーブの束と、鍋の中の灰色の液体を交互に見比べて、不思議そうに覗き込む。
「はい。このままだと、油の臭いが残ってしまいますから」
「……貴族向けの、薔薇の香りなどの部分でしょうか」
それまで半信半疑で距離を取っていたシスター・ベロニカも、興味を引かれた様子で鍋のそばへと歩み寄ってきた。
「ええ、そうです。今回は、この2種類を使用します」
私はロキが摘んできたハーブをシスターと皆に見せた。
その摘みたてで瑞々しい緑色は、無機質な鍋の中身とは対照的な、生命力に溢れた彩りを放っている。
「まずはローズマリー。すっきりとした香りで、油臭さを打ち消す力が強いハーブです。抗菌・防腐作用に優れており、清潔感を与えます。そして、ラベンダー。こちらも抗菌作用がありますが、柔らかく甘い香りが特徴です」
「へえ、その辺に生えてるやつなのに……」
「比率は、まず3対1で試作しましょう」
私はロキに、残りのハーブを乾燥させておくよう指示を出し、刻んだハーブを鍋に投入した。
年長で力持ちのギルが鍋をかき混ぜ、その横ではニーナが楽しげに鼻歌を歌っている。
熱で蒸されたハーブの香りが、湯気と共に広間に立ち上ると、廃油の重たい臭いが消え、甘く爽やかな香りが満ちていく。
「わあ、いい匂い!」
「すごい!」
十分に混ざり、とろみがついたのを確認し、私は用意していた古布を敷いた木箱を寄せた。
手先の器用なマリが、さっと布のシワを直してくれたのを確認し、アンが鍋の液体を流し込み上面を平らにした。
「これを一日冷まして、明日、固まってから包丁で切って完成です」
「楽しみだね!」
「早く使いたい!」
子供たちはワクワクした様子で木箱を囲んでいる。
シスター・ベロニカは、その様子と、鍋に残った石鹸の素を見つめ、最後に私を見た。
その瞳には、先ほどまでの呆れとは違う、新たな光が宿っていた。
「……廃油と灰から、これほどのものを……」
シスター・ベロニカは、信じられないものを見る目で、木枠に入れられた石鹸の元を凝視している。
「……信じられません。貴族の贅沢品を、ゴミから錬成するなんて」
「ゴミではありません。資源です」
私が訂正すると、シスターは呆気にとられた顔をし、やがてフッと小さく吹き出した。
「そうですね。ですが、エリス様」
「はい?」
「人々を綺麗にする道具を作るために、ご自分が汚れてどうするのですか」
言われてみれば、私の服も顔も、灰と油で真っ黒だった。
シスターは、懐からハンカチを取り出すと、私の頬の汚れをぐいっと拭った。
【分析:ベロニカの行動に『世話焼き』の傾向を検出】
【結論:彼女は『口うるさい』が『面倒見が良い』性格です】
私はシスターに背中を押され、メルに引っ張られ、そして子供たちの笑い声に包まれながら、本日二度目の洗浄へと向かった。




