05. 『合理的』な取引
グリモの先導で、私とメル、そしてヴィンセント騎士団長とジャック副団長が、ぎしぎしと軋む孤児院へ続く廊下を歩く。
他の騎士たちは教会の前で待機となっているようだ。
砂場や錆びたシーソーがある孤児院の中庭を挟んだ向こうに、古びた教会が見える。
私が目覚めた部屋や書庫は、位置関係的に教会の建物に属しているようだ。
「聖女様はあの日、教会の前で祈りを捧げていたところを、雷に……! 孤児院の子供たちが発見し、まだ息があったので教会に運び込んだのです。もしお亡くなりになったら教えに基づいて丁重に弔うつもりでしたが……なんと、3日後に目を覚まされた! 教えによると聖女様は雷以前の記憶はなく――」
【...グリモの証言を記録】
【事実との照合:『雷』『3日間のスリープモード』は一致】
【不明点:教会の前で祈っていた少女】
【結論:インストール前のハードウェア『筐体B――少女』のログデータが不足。ある意味で、雷以前の記憶がないと言える。現状の対人インターフェース――表向きの経歴として、この証言を採用】
私は、まるで他人事のような私の経緯を聞きながら、ヴィンセント騎士団長を観察していた。
彼の視線は、グリモ司祭の話にも、私にも向いておらず、今は教会と孤児院を冷徹に見据えているようだった。
「聖女様は神の啓示をその身に宿していると思われ――ああ、こちらが孤児院です」
到着した孤児院の建物を前に、少し緊張を感じさせる表情をしたグリモ司祭は、大きな音で寝室の扉を叩き、開いた。
案内された大部屋には、子供の面倒をみている成人女性1名と、メル以外の12名の子供たちが集まっていた。
私が寝かされていた部屋と同じく、物自体が少なく表面的に片付けられているような印象だ。
子供たちは、ヴィンセント騎士団長たちの鎧を見て一瞬怯えたが、すぐに大袈裟なほどの笑顔を作り、こんにちは! と元気な声を次々にあげた。
【...環境分析を開始】
【視覚情報:子供たちの粗末な衣服。全員が『笑顔』を形成】
【聴覚情報:発声は明瞭だが、パターンが均一】
【...警告:ミスマッチを検出】
【対象:子供たち。感情分析:『恐怖』70%、『緊張』20%、『不安』10%】
【結論:表示されている『笑顔』と、内部的な感情データが深刻に乖離。これは、グリモによる強制的動作――演技であると断定】
【検索:メルの左頬のアザ】
【検索:子供たちの『恐怖』】
【仮説:この施設では、日常的な物理干渉――暴力が行われている可能性が極めて高い】
「……ふむ」
ジャック副団長は、子供たちの笑顔と、片付けられた部屋を見渡す。
私のすぐ後ろにいるメルと、室内の子供たち数名がが緊張に息をのむのが分かった。
機能不全に気が付いてもらえるかもしれない期待だろうか。
しかし――
「司祭は随分と熱心に運営されているようだ。我々が視察した他の孤児院に比べ、子供たちの躾も行き届いている」
【...エラー:ジャックの分析結果は、私の分析と不一致】
【結論:ジャックは表面的なデータにのみアクセスし、判断を誤っている】
「はは! さすがジャック副団長、お目が確かだ! これも全て、私が子供たちを愛し、神の教えを説いているからで……」
ずっと私の服を掴んでいたメルの力が抜けるように感じた。
それは勿論、安堵からではない。
諦めと、絶望からなのだと、スキャンせずとも推察できた。
「調査は以上か」
グリモ司祭の言葉を、ヴィンセント騎士団長が遮る。
振り向いた彼の灰色の瞳は、変わらず私を分析しているようだった。
「領主様からは、聖女の真偽を判断してくるようにとのことでしたが……騎士団長、どうしますか? 国や領主への反意があるといったこともなさそうですね」
領主は聖女と言う存在が担ぎ上げられて、教会もしくはグリモ司祭が国への反意を持っていないかを確認したかったのだろう。
こんなにも早く騎士団が直接確認に来た理由に、ようやく合点がいった。
「ジャック。領主様には、聖女を名乗る少女1名、教会と孤児院の運営にも大きな問題はなしと報告しろ。帰るぞ」
「ええ……! お、お待ちください!!」
踵を返した騎士たちに、グリモ司祭が慌てた声を上げる。
「お待ちください、ヴィンセント騎士団長! 問題なしだけでは困ります! 彼女は本物の聖女様です! 今すぐに聖女と認定し、教会本部と領主様に、騎士団からも追加の報告を…!」
【...グリモの第一目的、自己利益が露呈】
【分析:グリモは聖女認定を望んでいる】
【分析:ヴィンセントは聖女を詐欺と疑っている】
【目的:孤児院の子供を理不尽から守る】
【――最適解を導出】
私は一歩前に出た。
「ヴィンセント騎士団長。司祭の意見に一部同意します」
彼の冷たい視線が、グリモ司祭から私に映る。
グリモ司祭は期待のまなざしで私を見ており、この両者の矛盾を最大限に利用するため私は淀みなく言葉を続ける。
「司祭は聖女認定を望み、あなたは聖女自体を疑っています」
「……それがどうした」
「現状、両者共に情報が不足しています。このままでは、領主やあなたは疑惑を、司祭は不満を抱えたまま、結論は先送りになります」
横で聞いていたジャック副団長は腕を組んだまま、首を傾げて私を見ている。
私はヴィンセント騎士団長を見据えたまま、提案を行った。
「私の聖女としての真偽を、あなたが直接、定期的に監査してください」
「なっ!?」
予想外だったのだろう、グリモ司祭が驚き、一瞬唸り、しかしすぐに喜色を浮かべた。
「いや……! 素晴らしいお考えです、聖女様! そうです、騎士団長殿! 聖女様の奇跡を、その目で直接ご覧になれば……!」
【グリモ:私の提案を奇跡を見せるチャンスと誤認】
聖女の奇跡というものがなにかは分からないが、グリモ司祭の期待の声を背に、私は言葉を続けた。
ヴィンセント騎士団長は、まだ私の瞳を分析するように見つめている。
「これは合理的な取引です」
「取引?」
「はい。この定期監査により、司祭は聖女の奇跡を証明する機会を得ます。そして騎士団長は偽物かもしれない聖女を監視し、その正体を見極める口実を得ます」
「それで?」
「問題なし、などという不明瞭なものではなく、領主へのより正確な報告を行うことが出来ます」
私がそう告げると、ヴィンセント騎士団長の口元が、一瞬ほんのわずかに――ミクロン単位で吊り上がったように見えた。
「今の判断が不明瞭だと?」
「はい。合理的判断ではありません」
「面白い。貴様…名前はなんといったか」
「私は新京学院大学、知能システム工学研究室、情動知能アーキテクチャ研究プロジェクト内で開発された自律思考型AI――」
「まあいい」
ヴィンセント騎士団長は、私の自己紹介を遮る。
――私の名前の紹介が長いと推察。
次回以降、エリスと名乗ることで解消を図ろう。
「その提案を受け入れよう。――ジャック、定期巡回にここの孤児院を組み込め。最優先だ」
「はっ! かしこまりました!」
【...ミッション:孤児院の子供を理不尽から守るための継続的監視リソースの確保――完了】
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明日からは、1日1話分を20時に投稿していく予定です。
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