55. 運動制御の致命的エラー
【システム時刻:翌日、午前9時】
【天候:晴】
【ミッション:畑の種植え】
翌日、私はジェシカにもらった種芋を持って、子供たちと共に、孤児院の裏手にある畑へと向かった。
あの土壌改良から数日。
寝かせていた土は黒々と落ち着き、いよいよ種植えの時期を迎えている。
「よーし! みんな、やるぞー!」
「おー!」
今日は子供たちが総動員で、芋を植えていくことになった。
「あ、エリス様は指示だけでいいからね!」
「座ってて!」
いつもと同じくアッシュとルカの2人が私を止めようとするが、私は首を横に振った。
「いえ。今日は私も参加します」
私は、孤児院の中からこちらを見ているシスター・ベロニカをちらりと振り返る。
彼女は腕を組み、眼鏡の奥から厳しい視線でこちらを監視している。
(……出会った初日、泥だらけの子供たちの前で綺麗な服を着ていた私を、彼女はおそらく、高みの見物をする人間だと判断していました)
(……その誤解を払拭し、早急に聖女認定を得なければなりません)
それに――。
(ヴィンセント騎士団長への不安や、ジェシカへの複雑な嫉妬……身体を動かし、ミッションに集中することで、このノイズを散らしたい)
私は子供たちに、こっそりと耳打ちをする。
「……シスターが見ています。私が主体的に動く姿を見せる必要があります」
「そっか……わかった! 僕たちがフォローするね!」
「聖女様って認められるためだね……! 任せて!」
子供たちが頼もしく親指を立てる。
よし、準備は整った。
【ミッション開始】
私は意気揚々と畑に踏み出し――。
「あっ」
ふかふかの土に足を取られ、そのまま前のめりに、見事な五体投地で倒れ込んだ。
柔らかい土が、私の形にもふりとへこむ。
「エリス様!?」
「も、問題ありません……リカバリーします」
泥だらけになりながら起き上がり、次は水を運ぼうとする。
水汲みミッションでの失敗データは解析済みだ。
平地での運搬シミュレーションも完了している、問題ない――。
「あっ」
畑の段差につまずき、桶の水がバシャンと跳ねる。
畑の一角が、予定外の水没状態になった。
「水やり、成功……だよね!!」
「だ、大丈夫! お芋は水が好きだから!」
子供たちの必死のフォローを受けながら、私は最後の挽回を図るべく、クワを手に取った。
土を寄せるために振り上げたクワが、私の運動制御予測と異なる軌道を描き――、
「あっ」
自分の足の親指スレスレに突き刺さった。
「エリス様――!!!!!」
背後から、悲鳴のような鋭い声が飛んだ。
孤児院の中にいたシスター・ベロニカが、顔面蒼白で駆け寄ってくる。
「いま、あなた、危なかった……! ご自分の足を、耕すつもりで……!?」
「い、いえ、そのような意図は……」
「もうダメだ! エリス様、やっぱ座ってて!」
「なにも出来てないのにぼろぼろだよ!」
「予想通りだけどこれ以上はやめて!」
「全部俺たちがやるから! 見ててくれるだけでいいから!」
「エリス様は司令塔! いいね!?」
子供たちも、早々にフォローしきれないと判断し、私から農具を取り上げる。
その様子を見て、シスター・ベロニカは深く、長い嘆息を漏らした。
「なるほど。こういうこと……だったのですか」
シスターは、呆れと脱力が入り混じった目で私を見た。
「……まさか、ここまで鈍臭いとは」
【評価:『鈍臭い』。……否定できません】
(……ショックです)
私が肩を落としていると、シスターは眼鏡の位置を直し、静かに続けた。
「ですが……あの子たちとの信頼は、厚いようですね。子供たちが、これほど率先して作業をしている。……それは、素晴らしいことです」
その言葉に、私はパッと顔を上げた。
泥だらけの子供たちが、笑顔で手を振ってくれている。
「……はい。自慢の孤児院です」
私は無自覚のまま、自然と口角が緩み、柔らかく弧を描いている泥だらけの顔をシスターに向けた。
シスター・ベロニカは少しだけたじろぎ、ふいと視線を逸らした。
「……鈍臭いのは、もうきっと仕方がないのでしょうから。貴女は貴女の出来ることを、していればよろしい」
「私の、出来ること……」
「まずは、早くその泥だらけの体を流して来なさい。風邪がぶり返しますよ」
「……! はい。」
体を流す――綺麗にする。
その言葉が、私のデータベースにある未達成ミッションをリブートさせた。
汚れた子供たち、汚れた私。
これから身体を綺麗にするための、最適な手順。
【検索:洗浄、衛生】
【……分析完了。必要なリソースは、揃っています】




