52. 膨大な知識スキャン
本棚には持ち主の性格が出ると言うが、ここも例に漏れずそうだ。
語学、数学、歴史、神学……並べられているのは、娯楽性を一切排除した、知性的な専門書ばかり。
それは、エドマンド司教という人物の、厳格で理知的な精神構造そのものだった。
部屋にある本をすべて読むと宣言した翌日、私はまた司教の執務室を訪れていた。
執務机の前のソファに陣取り、机に積んだ本を上から順に手に取り、パラパラと捲る速度で記憶していく。
静かな部屋に、紙が擦れる音だけが、異常な早さで響き続けていた。
「……遊んでいるのかね?」
背後から、不審がるエドマンド司教の声がした。
私が本を粗末に扱っているように見えたのだろう。
司教は、私が読み終えて積み上げた本の一冊を手に取り、適当なページを開いて、試すように読み上げる。
「『――故に、第3回聖公会議における決定は、西方教会との……』」
「『……決裂を意味するものではなく、あくまで解釈の相違による一時的な距離であった』。ルーメン教義・深層解釈、142ページ、下段の記述ですね」
私が続けて暗唱すると、司教は少しだけ目を見開き、無言で本を閉じた。
もはやなにも言わず、彼は自分の仕事に戻っていく。
部屋には、私がページをめくる乾いた音と、司教がペンを走らせ――そして、思考を区切るようにカチリとインク壺にペン先を浸す音だけが、規則的に繰り返されていた。
【分析:グリモ前司祭の負債計算は、極めて複雑かつ杜撰】
【分析:司教の筆記速度に対し、インクの補充頻度が非効率になっている】
私は周囲のスキャンも行いつつ、本を取り込みこの世界の文化レベルと、現在の課題を並列処理していく。
『メルカンテ連合商法』『大陸通貨の歴史と流通』 『大陸土壌分類学』『聖女伝説と民衆信仰の変遷』――。
政治、経済、農耕、そして複雑な計算式が並ぶ経済書から、この国の複雑な階級社会のルールまで。
司教の蔵書は驚くほど多岐にわたり、私のデータベース内の、この世界の解像度を、急速に高めていく。
【――警告:知的好奇心のパラメータが上昇中】
【――警告:CPU負荷が増大しています】
そうしてしばらく時間が過ぎ、窓から差し込む日が落ちそうに傾いたころ。
夢中で処理を続け、最後の一冊を読み終えてパタンと閉じた、その時だった。
「失礼いたします。コーヒーをお持ちしましたよ」
ノックと共に、シスター・ベロニカが入室し、そして、部屋の惨状を見て、トレイを取り落としそうになった。
そこには、高く積み上げられた本の塔と、その中心で埋もれるように座り込む私の姿があった。
「な、何事ですかこれは!」
シスターが慌てて本の山をかき分け、私を救出する。
その手が私の額に触れた瞬間、彼女の眉が吊り上がった。
「……熱い」
【――警告:CPUの過剰駆動による、内部温度の上昇を確認】
【状態:オーバーヒート――知恵熱】
「エリス様! まだ病み上がりだと申し上げましたよね!」
「申し訳、ありません……。データの、処理落ちが……」
「司教様もです! 少しは気にしてあげてくださいと言ったのに、なにをさせているんですか!」
シスター・ベロニカの鋭い雷が落ちる。
エドマンド司教は、書類から顔を上げ、ぐったりする私を心配するでもなく、まじまじと観察した。
「この数の本を一気に読むと、人間は熱が出るのか。いや、ただ風邪がぶり返しただけか? 聖女の特性である可能性も……興味深い」
「観察していないでください!」
シスター・ベロニカは眉を吊り上げて、テキパキと私を抱き上げた。
「司教様は、この本の片付けをお願いします。よろしいですね。エリス様は、没収です」
「あ、あの、私の、提案が……」
「寝てから言いなさい!」
私はシスターに連行され、本の山と司教を残して、執務室を後にした。




