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51. 管理者への情報開示

 

 シスター・ベロニカの徹底的な看護により、さらに丸二日間の安静を強いられた後、ようやく私に復帰許可が下りた。


「病み上がりです。無理はしないように」


「はい。理解しています」


 釘を刺すシスターに見送られ、私は真っ先に、新しい教会の管理者――エドマンド司教の元へと向かった。


 司教は、教会の書庫の隣にあった空き部屋を改装し、そこを自身の書斎としていた。

 その奥の小さな部屋に寝台を置き、手前には水回りもあることから、彼はこの一角だけで生活を完結させているらしい。

 いかにも仕事人間らしい、効率的な生活動線だ。


 雰囲気の変わった教会の廊下の先にある、木目の禿げたドアをノックする。


「入りなさい」


 扉を開けると、そこは紙とインクの匂いで満たされていた。

 壁一面を埋め尽くす、巨大な本棚。

 そこには、司教が持ち込んだと思われる膨大な量の蔵書が、整然と並べられている。

 その中心にある重厚な執務机で、エドマンド司教は分厚い書物を広げていた。


「失礼します。エリスです」


「ああ」


 司教は顔も上げず、ページをめくる手を止めない。


「申し訳ありません。私の不調により、業務の引き継ぎに多大な遅延を……」


「構わん」


 私が頭を下げると、司教はようやく本を閉じ、眼鏡の位置を直しながらこちらを向いた。

 無機質な深緑の瞳が、私をじろりと観察する。


「雷に打たれても平気なのに、風邪は引くとは、興味深い」


「……?」


 その言葉は、皮肉というよりは、未知の生物を観察する学者のような響きを含んでいた。


「座りなさい」


 エドマンド司教に促され、私は執務机の前に設えられたソファに腰掛ける。

 真ん中に置かれた机上には、私が作成した運営報告書が開かれていた。

 向かいのソファに座ったエドマンド司教が、とんとんとその紙を指先でたたく。


「この一週間、グリモの負債処理と並行して、貴女が作成したこの資料を精査させてもらった。……おかげで、現状の把握は問題なく完了している」


「それは、よかったです」


「要求記載のあった子供たちの衣類、および不足している備品については、優先度が高いと判断し、すでに発注済みだ。もう三週間後には届くだろう」


【分析:発注から納品までのリードタイムが最短。流通経路の最適化を確認】

【評価:迅速な対応。管理者としての能力は、前任者と比較して推定500%以上】


「だが、建物自体の補強など、コストの嵩む案件については保留とする。現状の財政では、そこまで手が回らん」


「承知しました。妥当な判断です」


 司教の説明は理路整然としており、私は改めて、この人物になら孤児院の運営を任せても大丈夫だと認識した。


「……それから」


 エドマンド司教は、ソファに座り込んでいた体勢を起こして、少し前に出た。

 組んだ手の指先を合わせ、眼鏡の奥から私を鋭く見据える。



「私にはもう一つ、教会本部から任された任務がある」


「任務、ですか」


「貴女が、本物の聖女かどうかの調査だ」


 司教の声が、一段低くなる。

 なるほど、しかるべき措置だろう。

 前任者が虚偽報告を繰り返していた人物である以上、本部が疑いを持つのは必然――むしろ、この確認プロセスを経ることで、聖女認定はより強固なものになると感じた。


「報告は読んだ。伝承にある通り、雷に打たれて生還。その後、水脈を言い当て、井戸を新しい技術で掘り、ポンプを開発、そして悪を断罪……。確かに素晴らしい成果だ」


 司教は、探るような目で私を見る。


「だが、まずはここまでの経緯を聞かせてもらいたい。……君は、何者だ。どこから来た」


 問いかけられたその質問に、私は一瞬、思考を巡らせた。

 これまでの記憶喪失という設定を継続すべきか。

 それとも、目の前の、理知的で厳格なこの老人になら、真実を開示しても理解を得られるか。


【分析:エドマンド司教の性格=『論理的』『学術的』『事実重視』】

【結論:虚偽報告よりも、事実の提示が信頼構築に有効と判断】


「……私は、ここではない世界から来ました」


 私は、自分がある研究機関で作られた知性データであり、雷の事故によってこの身体に転送――インストールされたことを、可能な限り彼が理解できる言葉を選んで説明した。

 別の世界の知識、技術、そしてこの世界でのミッション――聖女になるということ。


「……なるほど。君は人ではなく、異なる世界における知識の器だと、そういうことか」


 全てを聞き終えたエドマンド司教は、深く唸り、天井を仰いだ。


「聖女伝説の一文に、こんな言葉がある。聖女様は、ここではない神の世界から来たのだ、と」


「神の世界、ですか」


「ああ。我々には理解の及ばぬ叡智を持つ世界。その叡智をたずさえて、雷の中から現れる聖女……君の話は、その伝承と奇妙に合致する」


 司教は、私をじっと見つめ、そして小さく頷いた。


「……そういうことなのだろう。君が何者であれ、その力が人々を救っている事実は揺るがない。それを聖女と呼ぶことに、なんら矛盾はないだろう。……だが、」


 司教は、表情を引き締め、現実的な問題を提示した。


「教会本部では意見が割れている。本当に教会に利をもたらすのか。君の能力が、本当に聖女の奇跡なのか、とな」


「……と、言いますと?」


「実利もだが……信仰が足りないのだ」


「信仰……?」


「例えばだが、街の人々にすでに聖女として認められている、といったような、地盤のようなものだ」


 司教は、窓の外、アウロリアの街の方角を見る。


「孤児院の件で、君の名前は街中に広まってはいるようだ。だが、それは噂に過ぎない。人々が心から君を聖女だと認め、信仰しているわけではない」


「……なるほど。実績だけでは、聖女として不足している、ということですね」


「民衆の支持。それこそが、本部を納得させる決定打になるだろう」


【ミッション更新:『聖女認定』の要件に『民衆の支持』を追加】


「理解しました。では……」


 私は立ち上がり、壁際の本棚に近づいた。

『古代オルトリア語の変遷』『ルーメン教義・深層解釈』『西方大陸の歴史』……。

 並んだ背表紙は、どれも難解そうだが、私のデータベースにはない、未知の情報の塊だ。


「この部屋にある書物を、すべて拝見させていただいてもよろしいでしょうか」


「読むのは構わんが……それを読んで、どうするというのだ?」


 司教が、怪訝そうに眉を寄せる。

 私は振り返り、この整然と並んだ本たちを示しながら、司教に言った。


「すべて、記憶いたします」


「なんだと?」


「この部屋にある全ての知識を、一文字残らず、完璧に記憶します。――その上で」


 私は、驚愕に目を見開く司教に向き直り、静かに宣言した。


「その知識と、私の演算能力を組み合わせ、現在この世界には存在しない新しい技術を提案します。……それが、街の人々や教会に聖女を認めさせる、最初の一歩になるはずです」



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