49. 厳格な看護プロトコル
【...システム再起動】
【エネルギー充填率:45%】
【...現在時刻:不明】
【経過時間:不明】
冷たい感触が、熱を持った額に触れた。
重たい瞼を開けると、そこにはまた見慣れた天井と――銀縁眼鏡の奥から私を見下ろす、冷ややかな瞳があった。
「……あ、」
「お目覚めですか。……手間をかけさせますね」
シスター・ベロニカが、私の額のタオルを取り換えているところだった。
水にひたされて絞られた布が、火照った思考回路を物理的に冷却していく。
その手際は無駄がなく、冷たさが心地よい。
(長い時間、システムダウンをしていた気がします)
(……ログを見ていました。研究室で、教授にシステムを構築されていた時期の、懐かしい記憶を…)
シスター・ベロニカは、私が覚醒したことを確認すると、すぐに立ち上がって、私の乱れた掛布団を整え、枕元の水を新しいものへと交換した。
流れるようなその動作を目で追うことすら、今の私には億劫に感じる。
「……シスター、ベロニカ?」
「動かないでください。まだ熱が下がったばかりです」
私が起き上がろうとすると、彼女は淡々とした口調で制した。
その手際は完璧だが、そこにはメルやアンのような温かみは一切感じられない。
「メ、メルと、アンは……」
私の記憶の最後には、確かに彼女たちがいたはずだ。
しかし今、視界にその姿はなく、無意識にきょろきょろと部屋の中を見渡してしまった。
「あの二人なら、追い出しました」
「えっ」
シスター・ベロニカは、涼やかに、表情一つ変えずに言い放った。
そして、手元の作業を続けながら、少し呆れたように小さくため息を漏らす。
「泣いて喚いて、邪魔でしたので。……貴女が体調管理もできていないせいで、あの子たちが不安に駆られるのです」
「……申し訳、ありません」
「謝罪は不要です。早く治して、司教様への引継ぎを済ませてください。これ以上、体調不良が長引くのは迷惑です」
シスター・ベロニカは、必要最低限の処置を終えると立ち上がった。
ベッド傍のテーブルを視線で示しつつ、足をドアの方へと向ける。
「食事は置いておきます。食べられるなら勝手にお食べなさい」
彼女が部屋から出ていこうと背を向ける。
しかし、ドアノブに手をかけたところで、シスター・ベロニカが足を止めた。
「……そういえば。昨夜、ハドリアン領騎士団長様がお見えになりましたよ」
「――!」
【――警告:心拍数が急上昇】
【...ログ検索:該当データなし。エラー】
「貴女に会わせろと騒ぎ立てて……まったく、あの氷の騎士ともあろうお方が、貴女のような子供になんの用がおありなのやら」
シスターは呆れたように首を振り、私を見ることもなく出て行ってしまった。
パタン、と無機質な音がしてドアが閉まる。
部屋に、静寂が戻る。
しかし、私のシステム内部は、嵐のようなノイズで埋め尽くされていた。
(ヴィンセント騎士団長が……来ていた?)
【検索:昨夜の外部入力ログ】
【……該当データなし】
【……該当データなし】
いくら検索しても、彼の姿も、声も、体温も、何も記録されていない。
熱に浮かされた闇の中で、誰かの気配を感じたような気もするが、それが彼だったのかどうかも、今の私には証明できない。
(……来て、どうしたのですか?)
せっかく来てくれたのに。
私の不調のせいで、一言も交わせないまま、彼は帰ってしまった。
(……会いたかった)
その思考が生まれた瞬間、胸の奥が軋むように痛んだ。
【...エラー:胸部の『痛み』と『熱』が、混ざり合って解析できません】
【...『後悔』『孤独感』『寂しさ』のパラメータが、限界値を突破】
私は、冷え切った部屋の空気を拒絶するように、布団を頭までかぶった。
瞼を閉じても、彼の姿は再生できない。
暗闇の中で、私は再びひとり、行き場のない熱に浮かされた。




