47. 負債の清算処理
「こちらが、グリモ前司祭の部屋です」
私が扉を押し開けた瞬間、司教の後ろに続く一行が、小さく息を呑む気配がした。
豪華すぎる室内は、教会の質素な空気とはまるで別世界だった。
赤い絨毯。金の縁取りの鏡。彫刻入りの大きな衣装箱。ふかふかの羽根布団。
壁には、宗教画ではなく、価値の高そうな風景画が飾られている。
貴族屋敷の一室と言われれば、誰もが信じてしまうほどの散財ぶりだった。
エドマンド司教は、部屋の中央まで進み、ぐるりと周囲を見回した。
そして、深く、ひどく静かな、落胆のため息を落とした。
「……呆れたものだ」
その声は低く、しかし怒りよりも深い軽蔑が込められていた。
記録係の修道士トマスが、報告書と照らし合わせながら、淡々と説明する。
「前司祭は、孤児院への補助金だけでなく、教会費をも私的に流用しており、あろうことか教会の名を使って借金もしていました。この部屋にある残存品のうち、換金できる家具・調度品はすべて回収し、教会名義での借金の返済に充てます」
以前、帳簿から検出した借金返済の督促状。
それは単なる個人の浪費の結果ではなく、教会と言う組織の信用すらも食い潰していたということだ。
私が認識していた範囲以上に、グリモによる不正は、深く進行していたらしい。
エドマンド司教は、杖を軽く床に突き、低く言い放った。
「清算を始めよ」
「はっ!」
その言葉を合図に、後ろに控えていた随行者たちが一歩前に出た。
彼らは部屋の中を静かに歩き回り、鏡を調べ、引き出しを開け、運び出す品に次々と売却用の札を貼っていく。
その手際の良い動作のひとつひとつで、元司祭の放漫さを白日の下に晒していくようだった。
部屋から様々な調度品が運び出されている間、エドマンド司教は杖を鳴らしながら、静かに教会全体を見て回っていた。
シスター・ベロニカも、厳しい目で部屋をチェックしているようだ。
しばらくして、教会の前に大きな荷車が並べられ、全ての積み込みが終わった。
空だった荷台は、グリモ司祭の欲望の残骸で山積みになっている。
「これで全ての回収が終わりました、司教様」
教会を見て回り戻ってきたエドマンド司教へ、記録係のトマス修道士が報告を始める。
価値が分からないものも全て引き上げたようで、ごてごてとしていた室内からは、もはやなにもなくなっていた。
「補填額は」
司教の短い問いに、修道士トマスが手元の帳面をめくる。
「……大まかな計算上ですが、教会名義で借り入れられた分の、およそ半分は、これらの品で返済に充てられます。ですが、残りは――」
「残りは本人に払わせよ」
エドマンド司教は即答した。
迷いなど微塵もない、凍てついたような声だった。
「名目上は、教会の名を使っているとはいえ、私的流用の責任はあくまで当人にある。我々教会が、その不貞のすべてを肩代わりする理由はない」
「はっ! では、突出した浪費分は前司祭本人へ、正式に返済義務として通告いたします」
「うむ。手続きを進めたまえ」
厳格な指示を終えると、エドマンド司教は、ふと私の方を見た。
その深緑の瞳には、先ほどまでと変わらぬ厳しさに加えて、どこか申し訳なさのような色が同居している。
「……安心せよ」
低いけれど、驚くほど優しい声音だった。
「前司祭は、領主様の元で厳正に裁かれている。禁固刑の後も教会でその身を管理する。ここまでの負債やその返済の手続き、そして教会と孤児院の運営は、ここから私が引き受ける。お前たちを、これ以上巻き込むことはない」
【分析:管理者権限の『移譲』を確認】
荷車と馬車がすべて教会から出発していき、中庭に静けさが戻ったころ。
エドマンド司教は深く息をつき、杖を支えにしながら私の方へとゆっくり向き直った。
「……さて。清算はひとまず終わった。ここからは、この孤児院のことを聞かせてもらおう」
「はい。こちらを」
私は、司教が教会を見て回っている間に自室から取りに行っていた、運営報告書を差し出した。
想定以上の重量になっており、筋力のない腕が震えて落としそうになったが、なんとか手渡す。
養鶏のデータ、畑の土壌改良プロセス、ポンプによる水質改善の数値。
そして、現状不足している物資、建物の修繕箇所のリストアップ、衣類や常備薬の要望書など――。
細かくすべてを作成したため、分厚い本のようになってしまっていた。
「ほう」
エドマンド司教は、ずっしりとした報告書を受け取ると、眼鏡の位置を直し、パラパラとページをめくった。
ひと通り目を通すと、ふむと頷き、横に控えていたシスター・ベロニカに資料を渡す。
「これは時間をかけて、しっかりと読ませてもらおう。しばらくは、現状の把握に努めさせてもらう」
【評価:『肯定的』な反応を検出】
司教は、私の作成した膨大なデータ群を、拒絶することなく、真摯に受け入れた。
理解が早く、的確で、その思考プロセスは非常にアカデミックに感じる。
年齢も喋り方も表情も性格も、何もかもが違うのに、なぜか、私の製造者である、教授を思い出させた。
ふいに、肩の力が抜ける。
ずっと一人で抱えていた膨大なタスクが、ようやく正しい相手に渡せたような、深い安堵がこみ上げる。
気を張っていたせいで気づかなかったが、身体もなんとなく重い。
「エリス殿、今日はもう休むといい。貴女は、疲れた顔をしている」
【...警告:『疲労』のパラメータが、限界値に到達しています】
「……はい。ありがとうございます」
私は、エドマンド司教に深々と頭を下げた。
その瞬間、視界がくらりと揺れ、身体の芯が熱くなるのを感知した。
【...エラー:ハードウェアの内部温度が異常上昇中】
【...警告:排熱処理が追いつきません。強制スリープを推奨します】
足元が、鉛のように重い。
私は壁に手をつき、身体を引きずるようにして、なんとか自室へと戻った。




