45. 循環型システムの構築
鶏の導入から五日が経過した。
子供たちの鶏の世話は順調で、鶏それぞれに名前を付け、愛着を持って育てている。
「ごはん持ってきたよー!」
「こら、喧嘩すんなって」
餌は当面、台所から出る野菜くずや、中庭の雑草で賄うことにした。
老鶏たちも環境に慣れたのか、随分と活発に動いているようだ。
産卵は現在、二日に一回程度のペースだが、それでも今までほとんど具がないスープを飲んでいた子供たちにとっては劇的な変化で、子供たちの顔色も明らかに良くなっている。
「エリス様ー! 掃除したんだけど、これ、端っこに貯めたままでいいの?」
鳥小屋の掃除当番のリーダーであるロキが、箒を片手に聞いてくる。
指差す先には、鶏小屋の隅に集められている、乾燥した鶏糞の山があった。
「はい。一角にストックして、乾燥させておいてください」
「えー? 臭くはないけどさ、なんで鶏のウンチなんか取っとくんだよ」
ロキが呆れた顔をするが、私の計算に間違いはない。
私は、次のフェーズへ移行するため、子供たちを孤児院の裏手へと案内した。
そこには、家ひとつ分ほどの広さがある、荒れ果てた土地があった。
アンに聞いたところ、かつては畑だったらしいが、今は腰の高さまで雑草が生い茂り、石が転がっている。
【分析:農業における最大のボトルネック『水資源の不足』は、ポンプ設置により解消済み】
【結論:現在、この場所での農耕は『可能』かつ『推奨』されるミッションです】
「ここを使わない手はありません」
「でもエリス様、そこは私が……昔と同じように、調理で出た野菜くずや生ゴミを捨てていただけの場所で……」
アンが申し訳なさそうに言う。
以前は畑として機能していたが、管理者がいなくなってからは、ただ生ゴミを捨てる場所となっていたようだ。
「いえ、最適解です」
私は足元の雑草を引き抜き、その下の土を掘り返して見せた。 現れたのは、ボロボロの表面とは裏腹な、しっとりと湿った真っ黒な土だった。
「わ! なんか土が黒い!」
「森の匂いがするー!」
子供たちが驚きの声を上げる。
【分析:有機物の長期的な堆積により、微生物分解が進行。高品質な堆肥の層が形成されています】
「アンがここに生ゴミを投下し続けてくれたおかげで、ここは今、栄養満点の黒土になっています」
「ええっ!? 私、ただ捨てる場所に困って……」
「結果的に、土壌改良は完了しています。あとは、ここを畑の形に戻すだけです」
私は子供たちに向き直り、新たなミッションを提示した。
「これより、畑の再生を開始します」
「「「おー!」」」
私の補佐をするメル以外の子供たち十二名を三名ずつの四班に分け、作業を開始する。
経験者であるアンにも加わってもらい、草刈り班、石拾い班、土を耕す班、道具運び班へ、細かな指示を行う。
「ギル、サラ、その鎌の使い方は非効率です。手首の角度を修正してください」
「アッシュ、ルカ、その石は枠に使います。捨てずに確保を」
「ニーナ、水分補給を忘れないでください」
共に生活をする中で、私は子供たち全員の名前と特性を把握していた。
孤児院で一番の年上で力仕事を一手に引き受けるギルと、年下の子らを母親のように甲斐甲斐しくまとめるサラ。
私をよく茶化しながら心配する双子のようなアッシュとルカ。
マリは手先が器用で、トビーは誰よりも張り切ってクワを振るい、ハンナは私の指示を一度で理解し、小さい子たちに噛み砕いて教えてくれている。
最年少のダンは土の中から出てきたミミズに夢中だが、フィンは憧れのロキの真似をして懸命に土を運び、ノアとニーナも小さな手で一生懸命に草を抜いている。
「あ! エリス様は鎌、触らないで!」
「石も運ばなくていいから! そこで見てて!」
「エリス様もちゃんとお水飲んで!」
「危ないから座ってて! 僕がやるから!」
「エリス様が怪我したら、みんな泣いちゃうよ!」
年少のフィンやノアまでもが、私から道具を取り上げようと駆け寄ってくる。
「……」
そして彼らもまた、私の特性を理解しているのだろう。
私が作業に参加しようとすると、子供たちは慌てて私を止める。
扱いが少々不服だが……私の指示に対しては、テキパキと動いてくれているので良しとする。
作業で汚れた農具も、汗ばんだ体も、すぐにポンプの水で洗い流せる。
かつての水汲み労働の苦労を知る子供たちは、蛇口から溢れる水を見て、畑仕事の疲れも忘れたように笑顔を見せていた。
そうして、作業を始めて五日後。
荒れ地だった裏庭は、見違えるような畑の形を見せ始めていた。
「うわ、やっぱこれ撒くのかよー」
「鶏糞は非常に強力な肥料です。この黒土と混ぜ合わせることで、爆発的な成長促進効果が見込めます。ただし、強すぎるので量は控えめに」
「あ! そこは危ないから!」
「汚れるから下がってて!」
「今こけたら最悪だからね!!」
手伝おう一歩踏み出すと、ロキとともに、いつも私を保護対象として扱ってくる仲良しな2人組――アッシュとルカが慌てて私を止める。
彼らの過保護な管理により、私の衣服は作業現場にいるにも関わらず、埃ひとつついていない状態を維持していた。
子供たちにより畑にはまんべんなく鶏糞が混ぜ込まれ、畑作りは一旦ひと段落となった。
すっかり整地された畑を見て、アンが静かに息を吐き、目を細める。
「懐かしいわ……私が子供の頃も、こうやってみんなで畑を作って、野菜を育てていたんです。なんだか、あの頃に戻ったみたい」
泥に汚れた汗を拭いながら、メルが聞いてくる。
「これで、完成なの?」
「いいえ。現状は土壌の発酵が活発な状態です。このまま一週間から二週間ほど寝かせて、分解熱が落ち着くのを待ちます。種まきはその後です」
「そっかぁ。待ち遠しいね」
「はい。ですが、基礎は整いました」
目の前に広がる、黒々としたふかふかの畑。
ここに作物が実れば、孤児院の食糧事情は劇的に改善される。
私は、泥だらけになった子供たちやアンと共に、達成感に似たパラメータの上昇を感じながら、夕暮れの畑を見渡した。
(……教会の新たな管理者の到着まで、あと数日といったところでしょうか)
孤児院の改善は大きく進み、迎え入れる準備は整いつつある。
そう、結論付けた、その時だった。
ゴトゴト、という重たい車輪の音が、静かな夕暮れに響いた。
「……?」
「え、嘘……司教様が到着されたのでは……!?」
アンが声を上げ、泥だらけの手を慌ててエプロンで拭う。
教会の門へと向かう私とアンに続いて、子供たちも、見慣れない立派な馬車に怯えつつ、後ろから隠れるように集まってきた。
教会の前の道には、すでに三台の車列が停まっていた。
一台は、教会本部を示す紋章が刻まれた、重厚な意匠の馬車。
もう一台は、護衛の兵士や随行者が乗ってきたと思われる馬車。
そしてその後ろには、大きな荷車が控えている。
(……なんという規模でしょう)
私が予想していた以上に、大仰な一行だった。
小さな教会の司祭の不祥事に対し、これだけのリソースが投入されるということは、事態は私が分析していた以上に“教会の一大事”だったのかもしれない。
先頭の馬車の扉が開き、ひとりの老人が降り立つ。
深い皺の刻まれた、気難しそうな顔。
背筋は定規が入っているかのように伸び、その全身からは退任間近とは思えぬ、鋭い威厳が立ち昇っている。
【新規リソースをスキャン】
【視認:人間、男性】
【年齢推定:70歳前後】
【容姿特徴:白髪、深緑の瞳。チェーンのついた眼鏡。規律正しい黒い法服】
【印象:『規律』『威厳』】




