42. 幸福度と不安のミスマッチ
【システム時刻:午前7時】
【天候:晴】
【...分析:『幸福度』のパラメータが、依然として高水準を維持しています】
翌朝、私は騎士団を見送るため、孤児院の子供たちを引き連れ、アウロリアの街の外れにある森の入り口へと向かっていた。
教会を出て、川沿いを歩き、商店に賑わった街の中央の広場を通り、住宅地を抜けて、すぐの森。
そこから、領主街へと続く道が、森の奥に伸びていた。
(……地図で見て、認識していたよりも、ずっと小さな街に、私はいたようです)
私たちが森の入り口に到着すると、すでに見送りの人々が集まっていた。
工房のダリオとジェシカ、そして、工房の若い衆が兵たちと握手を交わしているところだ。
騎士団が泊まっていたという宿のおかみさんもいて、兵士たちに昼食用の包みを渡している。
ヴィンセント騎士団長とジャック副団長は馬をひいている。
拘束されたグリモ司祭が乗せられた罪人用の馬車を護送するため、兵士たちは徒歩で隊列を組んでいるようだ。
昨夜の打ち上げで、ジャック副団長とすっかり打ち解けたらしいアンが、心配そうに話しかけている。
「領主街までは、どれくらいかかるものなのですか?」
「そうですねェ…この馬車を護送するので、四日から五日といったところでしょうか」
「えー! もっと近いのかと思ってた!」
私の隣で、メルが驚きの声を上げる。
その言葉に、私も確かにと頷き、ジャック副団長を見る。
「だって、団長様たち、いつもすぐに来てくれてたもん!」
「ははは。単身で馬を全力で走らせれば、半日強くらいなんですがね」
ジャック副団長は、そう言って笑った。
私の方を見た後に、ヴィンセント騎士団長の方へと視線を移し示す。
「特に、うちの団長の馬は速いですから。教会まで、いつも全力疾走でしたよ」
【...分析:ジャック副団長の証言を再計算】
【監査:馬で半日強】
【護送:馬車で4日から5日】
【...計算:アウロリアから領主街までの推定距離:約100km】
日本で例えるなら、東京都心から熱海市までの距離にほぼ等しい。
以前見た地図から縮尺と照合すると、このハドリアン領は、関東全域とほぼ同等の面積と推察される。
(この領は十分な広さを誇っているようです)
いよいよ出立の準備が整ったようで、ジャック副団長が軽い出立の挨拶を終えた。
兵士たちと仲良くなった子供たちが、「もう行っちゃうのー!」「また来てね!」と、さみしさで泣いている。
ロキだけは「別にさみしくねえし」と強がりながら、真っ赤になった目を必死に擦っていた。
私は、昨夜から続く、ふわふわとした感覚のまま、彼らに手を振っていた。
もちろん、子供たちと同様に、さみしいという感情も検出はされている。
しかし、昨夜に彼と好意の伝達を行ったことで、私のシステムは、それ以上に幸福度のパラメータが勝っているような感覚があった。
(昨夜、彼が見せた、切なそうな表情も……あれは、今子供たちが泣いている、このさみしいという感情だったのではないでしょうか)
ヴィンセント騎士団長が、馬に跨るのを見上げる。
彼もまた馬の上から、一度だけ、こちらを振り返った。
その瞳と、視線が合ったが、言葉はない。
ただ、深く、痛いほどの沈黙だけが、そこに在った。
(……?)
【...スキャン:ヴィンセント】
【――警告:ミスマッチを検出】
【分析:私の『幸福度』および『さみしい』に対し、ヴィンセントの表情は、昨夜の『切なそう』よりもさらに『低下』しています】
それは、別れを惜しむ顔というよりは――まるで、もう会えないことを受け入れたような、痛みを堪えるような表情だった。
(……彼の今の表情は、私たちが感じているさみしい、とは、明らかに違っています)
(……あれは、さみしいではない、別の感情…?)
私から顔をそむけた彼は、そのまま馬を進めていく。
また来るという約束も、次はいつという言葉も、一つも残さないまま。
まるで、何かを断ち切るように、前だけを向いて。
「騎士団のみんな、また来てねー!」
「井戸、ありがとー!」
「楽しかったー!!」
子供たちの、感謝と別れのさみしさが入り混じった声が響く。
メルも、アンも、ダリオも、ジェシカも、工房の若い衆も、その姿が見えなくなるまで、皆が懸命に手を振っていた。
(……私の計算では、好意の承認は、つまり関係の安定のはずです)
(なのに、なぜ、彼はあんなにも、拒絶に近い背中をしているのですか?)
視覚的な事実である彼の態度が、致命的に噛み合わない。
なぜか私の論理的な結論とは裏腹に、胸部が不快感…不安を検出し始めてしまう。
【...エラー:『幸福度』のパラメータが、急速に減衰していきます】
私は、その不安を振り払うように、 彼の背中が見えなくなるまで、森の入り口に立ちすくんでいた。




