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40. 『恋』という最適解

 

 打ち上げと称したパーティーは、和気あいあいと進んだ。


「エリス、これ美味しいよ! 炭酸水だって!」

「コップは足りてますか?」

「ほらよ、ポンコツ聖女様。肉は食えるだろ」

「あの作業動線どうせんの改善、他の現場でもかしたくてですね……!」

「聖女様! ポンプ以外の発明品もあんのか!?」


 孤児院の大部屋から中庭に出されている古い椅子に腰掛けたまま、私は代わる代わる話しかけてくる人たちに対応していた。

 目が回りそうになりながらも、不思議と嫌な気持ちは一切ない。


(幸福度が、高い水準を維持しています)


 脅威のない安全な場所。

 大きな声で笑うメル。

 穏やかに会話をしているアン。

 楽しそうに走り回るロキ。

 たくさんの食べ物を笑顔でほおばる子供たち。


(……これが、私が成し遂げたかった景色)


 ――ふと、少し遠くにいるヴィンセント騎士団長が目に映る。

 彼は、ダリオと一緒に打ち上げに来ていた女性と共に酒を飲み、いつになく親密そうに話していた。

 以前、工房で出会った、あのジェシカという女性だ。


【――警告:システム内部に未知のノイズが再発】

【分析:胸部のハードウェアに、原因不明の『不快感』を検出】


 私は、思考よりも早く、身体が動いていることに気づいた。

 近寄りがたいと思っている彼らの場所へ、なぜか駆け寄ろうと足が動いてしまっている。

 ――が。


【――警告:ハードウェアの運動制御が不正確】


「おっと……!」


「……!」


 夜の闇と、人の多さに、ハードウェア――足がもつれ、転倒しかけてしまう。

 その私の腕を、傍にいたジャック副団長が、強く掴んで支えた。


「……っと、大丈夫ですか、エリス様。足元、暗いですから、気をつけてくださいね」


  「は……い。ありがとうございます、ジャック副団長」


【...分析:物理的接触を感知】

【...スキャン:心拍数...『正常』】


(……ああ、やはり)


 私は確信し、そして呆然とした。


 もし、私の胸の痛みが、先日仮定した承認欲求や、単なる好意の延長線上にあるのなら。

 信頼し、好意を持っているジャック副団長に触れられた今も、同じ反応が出るはずだ。

 かっこ悪いところを見せて、恥ずかしいと思うはずだ。


 だが、私のシステムは正常に稼働している。

 なんのエラーも、痛みも、熱も吐き出さない。


(……ヴィンセント騎士団長だけが、彼だけが、私のシステムに対し、これらの人間的なバグを、強制的に発生させている)


 私は、以前メルに言われた言葉を、過小評価していた。

 これは、承認欲求や単純な好意といった、生易しいカテゴリには分類できない。

 もっと理不尽で、特別で、厄介で、どうしようもない――



【...結論:訂正します。この制御不能なエラーの正体こそが――『恋』です】



 結論が出た瞬間、世界が少しだけ彩度を上げた気がした。

 同時に、切なさという新しい痛みが、胸を締め付ける。


(私は、ヴィンセント騎士団長に、恋をしている)


 胸の高鳴りが続く中、私は顔を上げた。

 ――その時、背後から、誰かの手が、私の手を掴んだ。


「え、」


 ヴィンセント騎士団長だった。

 彼は、私の腕を、以前よりもずっと優しく、しかし、逃がさないように掴んでいた。


「あ……の、」


「身体は、大丈夫か」


「は、はい……それは、問題なく」


【――警告:心拍数が異常上昇】

【――警告:『好意』が、定義済みの『恋』によって、オーバーフローしました】


 ヴィンセント騎士団長は、私の動揺を無視し、声を潜め中庭の端を視線で示した。


「ここは、騒がしい。……静かなところで、飲まないか」



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