39. おめかしの実行
日が沈み始めた中庭では、ジャック副団長の指揮のもと、兵士たちが楽しそうに孤児院の古い机や椅子を運び出し、打ち上げの準備が進んでいた。
アンも、宣言通り療護院から大量の食材や余り物を入手してきたらしく、子供たちと一緒に調理をしながらはしゃいでいる。
(私も、暫定とはいえ管理者として、準備に参加しなければ)
ポンプの細かな挙動の確認を終えて、私もと立ち上がろうとした瞬間、メルとアンに片腕ずつを掴まれた。
「「聖女様は、こっち!」」
私はメルとアンに有無を言わさぬ勢いで引っ張られ、部屋へと強制的に連行された。
なぜか、朝にメルと行うメンテナンスのようなことを、またさせられている。
「メル、アン。準備が遅延します。これは非効率では?」
「いいから、いいから!」
「エリス様は、今日の主役なんですから!」
【...エラー:『主役』の定義が不明】
【...分析:私の要求は、2人の『謎の熱意』によって、棄却されました】
―――…
――…
―…
【...ハードウェアの『換装』、完了】
準備が終わったと中庭に出ると、空は僅かな夕日を残して夜に染まっていた。
「お、聖女様のお出ましだ!」
ジャック副団長が、楽しそうに声を上げる。
ダリオがなぜか感嘆の声を漏らし、ロキが「ポンコツ聖女様、おせーぞ!」と言いかけて、言葉を止めた。
【...スキャン:中庭】
【感情(兵士):『驚愕』『困惑』】
【感情:『称賛』『期待』】
【感情:『照合不可』】
(全員の感情パラメータが異なっています。私の身体に、なにか異常が……?)
【...自己スキャン:セルフチェックを実行】
【ハードウェア――身体:異常なし】
【ハードウェア――装甲:『衣服』が変更されています】
先ほど私は、メルとアンによって、強制的に着替えさせられていた。
アン曰く、ふわりとした美しく白い服装で、シンプルだが、明らかに上質な布で作られている、らしい。
私の困惑をよそに、アンが誇らしげに胸を張る。
「私が働いている療護院にいる、元お針子のおばあ様が、聖女様にと、自信作の服を貸してくださって。エリス様に合わせて、急いで繕ったのです!」
「髪も! メルがさらっさらに仕上げたんだから! 可愛くリボンで結んだし!」
アンに続いて、メルも胸を張った。
データベースに存在する、ドヤ顔……という表情に近似している。
【分析:『おめかし』という非合理的なミッションが、実行されていた】
(……ですが、なぜ、皆さんがフリーズするのでしょうか?)
中庭の男性陣――兵士、ダリオや工房の若手たち、ロキをはじめとした男の子たちは、沈みかけた暗い夕日に淡く照らされる私を見て、彼らは黙り込んでいる。
しばらくして、「おい、綺麗すぎないか…?」「こら!団長にバレたら殺されるぞ…!」などというヒソヒソ話が聞こえてきた。
「いやァ、エリス様! 素晴らしい! まるで、本物のお姫様……いや、聖女様だ!」
ジャック副団長だけが、惜しげもない称賛を、私に直接送ってくる。
その言葉に、アンとメルは更に満足そうだ。
(……困惑します。装甲を変更しただけで、なぜここまで反応が変動するのか。人間は、理解できません)
(……でも)
(……あの人は)
(……ヴィンセント騎士団長は、私のこの、おめかしを見て、どのような反応をしてくれるのでしょうか)
【――警告:『好意』のパラメータが、『期待』『羞恥』と、深刻な『競合』を開始】
【...エラー:ヴィンセントという特定の人間からの『評価』を、私のシステムが『期待』しています】
「あ! 団長! 遅いですよ!」
ジャック副団長が私の背後の方へと、片手を上げて声をかけた。
私のハードウェア――心臓が、どきり、と音を立てる。
【...スキャン:ヴィンセントの出現を確認】
振り返ると、そこには、完全に日が沈んで暗くなった夜の闇に溶けるような、凛と冷たいヴィンセント騎士団長が立っていた。
私は彼に、まずは昨日の謝罪をしなければならないと思い、口を開きかけたが、
「よし! 主役も揃った! 団長も来た! 打ち上げ開始だァ!」
ジャック副団長の大声によって、私の行動は遮られた。
全員がコップを空に掲げ、乾杯の言葉で、打ち上げが開始されたのだった。




