38. 処理タスクが多すぎます
私が権利の申請書類へサインを終え、歓声が続く井戸ポンプの方へ戻ると、ジャック副団長が、アンを相手になぜか楽しそうな顔で話をしていた。
「あ、エリス様!」
私に気づいたアンが、困った顔で、助けを求めるように私に駆け寄ってくる。
「どうしましたか? アン。ジャック副団長」
「それが、あの……」
「ああ、エリス様! よかった!」
ジャック副団長が待ってましたとばかりに私に向き直る。
その表情は、高揚と期待に満ちていた。
「今、ちょうどアンさんに相談していたんですよォ! 井戸の完成と、司祭排除と、我々の任務完了を祝して、今夜は、この中庭で打ち上げをしませんか、って!」
「打ち上げ……ですか?」
「パーティーですよ、パーティー!」
ジャック副団長は楽しそうに笑っている。
しかし、横目に様子をうかがったアンは、申し訳なさそうに俯いた。
「先ほども申しましたが、そのようなお金は、この孤児院に……」
「そこは騎士団が出しますんで! 聖女様と孤児院への慰労ってことで!」
「で、ですが、騎士団の方々にそこまでしていただくのは、あまりに申し訳ないです……!」
アンの懸念はもっともなことに思える。
しかし、ジャック副団長は、なおも固辞しようとするアンの肩を掴むと、しっかりとその瞳を見て説得を始めた。
「……いいですか、アンさん。騎士団は、明日の朝、このアウロリアの町を発ち、領主街へ戻ることになりました」
「えっ……?」
アンがその言葉に、少し不安そうな顔をする。
「ご安心を! あの司祭の身柄は、もちろん我々が連行します! ですが、我々騎士団は、明日には撤退……つまり、今夜が、あの二人が、ちゃんと向き合って話せる、最後のチャンスなんですよ」
(……あの二人? 最後のチャンス?)
【...分析:ジャック副団長の『発話の意図』が不明です】
しかし、アンはジャック副団長の意図を、私とは違い完全に理解したのか、ハッと息を呑んだ。
彼女ははじかれたように、私の無表情な顔と、ジャック副団長の笑顔を見比べると、強く、頷いた。
「――やりましょう、ジャック副団長様……!」
「え、アン……?」
「私ちょっと、療護院の方に食材や諸々、交渉をしてきます……! 聖女様のお祝いなんですから……!」
ついこの間までの諦観が嘘のように、アンは目を輝かせ、張り切って教会を飛び出していく。
(なぜ、アンが興奮状態に……?)
【分析:私の知らない『ミッション』が、水面下で進行している可能性を検出】
私が状況を理解できずにアンの背中を見送っていると、ジャック副団長が軽く笑った。
そして、残された私に向き直ると、いつもの柔和な表情で切り出す。
「ああ、そうだ。エリス様」
「はい」
「昨夜、エリス様が気絶してしまった後、のことですが」
「……!」
欠けている、昨日の記憶の話だ。
私は心臓の音が跳ねるのを感じながら、思わずジャック副団長を見上げた。
「エリス様を部屋まで運んだのは、ヴィンセント団長ですよ。誰にも……私にも、メルちゃんにも触らせずに、あなたの寝顔を、心配そうにずっと見つめていました」
【...ログの破損データを、ジャックの証言によって修復】
【...ヴィンセントが、『抱擁』の後も『継続』していたと確定】
「今夜は、昨日の続きを、ちゃんと聞いてあげてくださいね」
(……私が、気絶したから)
(……私が、不安だと、吐露したから)
(……私が、彼に、迷惑をかけた……)
【...『好意』のパラメータが、彼への『罪悪感』という、未知のパラメータと『競合』を開始しました】
(……私は、彼に、謝らなければ、なりません)
「ま、そういうわけなんで!」
ジャック副団長が、私の葛藤を知ってか知らずか、唐突に話を切り替える。
「新しい管理者が決まりこの教会に来るまでの間、一時的ではありますが、エリス様に、この孤児院の運営権を任せることになりました!」
「え?」
【...新規ミッション:『孤児院の運営』を受理】
遠くで子供たちが、完成したばかりの井戸の周りで、はしゃいでいる。
「聖女様の、井戸!」
「司祭様をやっつけてくれた!」
「きっと本当の聖女様だよ!」
【...スキャン:子供たち。感情:『希望』『感謝』100%】
管理者。
幸福度。
……そして、ヴィンセント騎士団長。
【...エラー:処理すべき『感情』が、多すぎます】




