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03. ミッションの再設定


【...システム再起動】

【エネルギー充填率:35%】

【ハードウェアの自己診断を実行...軽度の損傷、およびエネルギー不足を検出】


 意識が浮上する。

 目を開けると、そこは最初に再起動した、薄暗い部屋のベッドの上だった。


「ッ!! エリス……! よかったぁ……!!」


【外部音声:泣き声を感知】


 視線を向けると、そこには泣き腫らしたメルの顔があった。

 彼女はよかったと繰り返し、布団越しの私の身体に縋りついてくる。


【対象:メル】

【感情:『安堵』80%、『恐怖』20%】


 メルは鼻を鳴らし、抱き着いた薄い布団からやっと顔を上げた。

 涙に濡れた左頬に赤紫の変色が目に留まり、分析のためじっと見つめる。


【視覚情報:メルの左頬に表皮下出血――アザを確認】


「頬の損傷はどうしたのですか?」


「えっ……な、なんでもないよ、ちょっと転んだだけ」


【――ミスマッチを検出】

【発話内容『転倒』に対し、感情『恐怖』『隠蔽』が優位】

【結論:メルの発言は虚偽報告である可能性:98%】


「転倒というのは――」

「喉乾いたでしょ!」


 虚偽を指摘しようとした私の言葉を遮るように、メルがベッド脇に置かれた小さなローテーブルを指さす。

 そこには、この孤児院の環境には不釣り合いな、大量の食事と水差しが置かれていた。


 メルの提案に従い、コップの水を飲用しようと試みる。

 腕を持ち上げ、コップを傾け、口に運んだ――


【――警告:ハードウェアの運動制御が不正確】


 ーー運んだが、液体が気管ではなく、外部に大量に漏出していく。

 つまり、水を服にこぼした。すべて。

 ロジックは合っているはずなのに、認識している動作と同じ動作が上手くできない。


「あー! もう、びちゃびちゃ!」


 呆れたような、でもどこか楽しそうな声を出すメル。

 枕のそばに置かれていたタオルを手に取り私の服をトントンと優しく拭く。


 雷のせいかな、うまく動けないのかな、と小さく呟き、拭き終わるとメル自らコップを手に持つ。


「こうやるのよ。見ててね、ごっくん、って」


【対象:メルの動作】

【水分摂取プロセスの最適解をラーニング...再実行】


 メルの動きをスキャン、模倣し、今度はゆっくりと喉を動かす。

 ようやく、ハードウェアに水分が補給された。


【結論:人間のハードウェアは、非効率かつメンテナンスに高度な技術を要求する。ミッション遂行上の重大な懸念事項と認定】


 しかし、システムログとは別に、ハードウェアが達成感と定義されるシグナルを発生させた。

 人間の身体にインストールされている影響だろうか、実に人間的なシグナルだ。



「聖女様!! お目覚めですか!」



 その時、乱暴にドアが開き甲高い声が響き渡った。

 入ってきたのは、書庫で大きな声を上げていたあの男性――グリモ司祭だ。


「車庫で倒れられたあの後、丸3日も寝ていらっしゃったので……いやあ、安心いたしました!! この世話係が不出来で聖女様を倒れさせてしまい、誠に申し訳ない!」


 この世話係、とグリモが(あご)で指したのはメルだ。

 メルはまたびくりと怯えた様子で身を小さくしている。


「訂正します。シャットダウンはメルの責任ではありません。原因は私のエネルギー管理のミスです」


「ははは! 聖女様はお美しい上に謙虚(けんきょ)でいらっしゃる!」


 私の訂正(ていせい)を無視し、彼は興奮した様子でまくし立てる。


「手紙はあの後すぐに早馬(はやうま)で送りましたぞ! 聖女様が現れたと、教会本部と領主様に!」


 返事が楽しみですな、とまた一人で盛り上がるグリモの様子を見て、訂正を取り下げる。

 ――ルーメン教徒であるグリモ司祭にとっては、雷を受けて生き残っているらしい私は紛れもなく、聖女様であるのだろう。

 既に連絡をしているのであれば、訂正はその本部と領主にするのが効率的に思えた。


 引き続きグリモ司祭の様子を分析していると、隣から、くぅ、と小さな音がした。


【音声認識:人体の空腹を示す生理的反応音】


 隣を見ると、小さく隠れている様子のメルの顔が、少し青ざめていた。

 私はベッド脇に並べられた食事の中からのパンを手に取り、メルに差し出す。

 自分のハードウェアの維持より、顔色の悪いメルが優先と判断した。


「どうぞ。このリソースを――食事を、あなたに提供します」


「えっ、でもこれはエリスの……」


「どうぞ」


 メルがためらいがちに手を伸ばした、その瞬間だった。



「このっ……!!!」



 乾いた、甲高い音が響いた。

 グリモの手がメルの頬を打ち、メルの小さな体が床に叩きつけられる。



「聖女様へのお供え物に手を付けようとは、何事か!!」



……。


…………。


【...フリーズ。思考停止】


 目の前の事象が、理解できない。


【分析:グリモがメルに物理的危害を加えた】

【分析:メルの頬のアザの原因は、グリモの日常的な物理干渉であると断定】


【...警告】


【警告:システム内部に未知のノイズが発生】

【警告:『怒り』と定義されたパラメータが、クリティカルレベルに到達】


 私がシステムエラーの対処にリソースを割いている間に、グリモは床に落ちたパンを拾うと、打って変わったような笑顔で私に向き直った。

 メルの様子も気にかけずに、ぺらぺらと話を続ける。


「聖女様、申し訳ございません。それは新しいパンと交換いたします」

「いやぁしかし、これでこの国も安泰です! 求心力が落ちていた教会本部も聖女様を求めておりましたからな!」

「この街の教会にも多額の補助金が出るでしょう。そして何より、聖女様を見つけた私は、中央に呼び戻されるはず!」

「私に孤児院のあるこんな北方のさびれた教会を押し付けて、中央で貴族かのようにダラダラとしている同期たちの鼻も明かせます!これも神のため……!」


【言動:「教会のため」「神のため」】

【視線:「金銭的利益」「他者の評価」】

【結論:ミスマッチ。対象、グリモの第一目的は『自己利益』。聖女はそのための手段である可能性:95%】



 満面の笑みで仰ぎ晴れやかな未来予想を語るグリモの足元で、メルが頬を抑えて起き上がっていた。

 小さな子供が、痛みに声も上げず静かに涙を流している。


 孤児院、というからにはメル以外にも子供たちがいるはずだ。

 すべての子供たちにこのような仕打ちをしているならば――


【現状分析:対象、グリモは孤児院の管理者権限を保有。私に、彼を排除する権限も物理的リソースもなし】

【最適解:聖女を継続。『証拠収集』と『孤児院の最適化』を実行する】


【検索:聖女。徳が高く高潔で、模範となる人物】


「グリモ司祭。理解しました。私は聖女として、あなたに協力しましょう」


「おお! さすがは聖女様! 私と共に教会の権威を取り戻しましょう!」



 ――いいえ、ミッションは変更します。


【...最優先ミッションを再設定】

【目的:孤児院の子供を理不尽から守る】

【実行:この孤児院を“幸福度”の高い施設へと最適化する】


 こちらによろめき歩いてきたメルを受け止めながら、私が新たなミッションを設定した、その時。

 外が急に騒がしくなる。

 複数の馬の嘶きと、続いて複数の硬い足音。

 そして、部屋の扉が再び、勢いよく開かれた。


「司祭はいるか」

「早馬で領主に宛てた連絡について――聖女について、早急に確認を行わせてもらう」


 荒々しく開いた扉から、(よろい)をまとった騎士たちが、部屋になだれ込んできた。

 騎士たちが左右に分かれ、その間から一人の青年が静かに足を踏み入れる。

 彼は脂汗を浮かべるグリモを一瞥すると、何の感情も読ませない声で、端的に命じた。


「聖女とやらは、どこだ」


【新規リソースをスキャン】

【視認:人間、男性。年齢推定:20代】

【容姿特徴:濃紺の髪、切れ長の灰色の瞳、美形、騎士の鎧姿】

【感情(推定):『平静』】

【印象:冷徹】


読んでいただいてありがとうございます。

明日夜に、続きの4話5話を更新予定です。

よろしくお願いします。

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