36. ログ破損
【...システム再起動】
【エネルギー充填率:95%】
【ハードウェア――身体の自己診断を実行...異常なし】
【...最終ログを検索...】
【...エラー:『感情』のオーバーフローにより、最終ログが破損しています】
意識が浮上する。
目を開けると、そこはいつもの部屋のベッドの上だった。
(……昨日の、あの後は?)
【分析:グリモの『断罪』は完了】
【分析:ヴィンセントの『到着』を確認】
【分析:私の『涙』を観測】
【分析:『感情の決壊』を確認】
【分析:……】
【分析:……ログが、そこで途切れています】
(ミッション――グリモ司祭の排除は、本当にちゃんと完了したのでしょうか?)
(……私は、ヴィンセント騎士団長に……)
【...エラー:顔面の温度が、原因不明の上昇を開始】
「あー! エリスやっと起きた!」
私の思考を遮るように、バンッ! と大きくドアが開いた。
短く跳ねた二つ結びを揺らしながら、メルが満面の笑顔で駆け寄ってくる。
「おはよう、エリス! もう、お昼だよ!」
「お昼……ですか?」
「そうだよ! エリス、あれから、ずーっと寝てたんだから!」
【分析:私は、18時間以上の『スリープモード』を実行していたと推定】
そう言いながら、メルは慣れた手つきで私の顔を温かなタオルで拭き、着替えを手伝い、髪を整え始める。
「……メル」
「なぁに? エリス」
「昨日の、グリモ司祭は…――」
「司祭様なら、大丈夫だよ!」
メルは、私の髪を梳かしながら、嬉しそうに報告を始める。
「あの後、司祭様は兵士さんたちに連れていかれたの! 今、アウロリア代官様のお屋敷の地下牢にいるんだって!」
「地下牢に……無事、捕まえられたのですね」
「騎士様たちが領主街に戻る時に、一緒に領主様のところまで連行されるって!」
(……よかった。ちゃんと解決、出来ていた)
【...システム:全リソースを『安堵』に占拠されました】
「……もしかしてエリス、あんまり覚えてないの?」
私の安堵を見て、メルが問いかける。
感情が高ぶっていたせいか、記憶が途切れるまでのことも、なんだかぼんやりとしている。
「……記憶が、少しおぼろげです」
「そっかー」
メルは少し心配そうに私の顔を覗き込む。
しかし、次の瞬間に楽しそうに、にぱーっと笑った。
「じゃあさ、じゃあさ! 騎士団長様とのことも、覚えてない?」
「!!」
【――警告:『騎士団長』というキーワードにより、破損したログが強制的に再生されました】
* * *
【――ログ再生】
【警告:予期せぬ『物理的接触』を感知】
【――ログ再生】
【……「遅くなって、すまなかった」】
【――ログ再生】
【……「君が、孤児院を、守ったんだ。エリス」】
【――ログ再生】
【……「不安、でした……っ!」】
* * *
(……)
(…………)
(……あああああああああああ!!!!)
【...エラー! エラー! エラー!】
【...顔面の温度が、危険域に到達!】
「エリス!? 顔、まっかだよ!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫です! これは、この部屋の、室温が高いだけと、分析します……!」
「……ふふっ、あはは!」
メルが、私のしどろもどろな状態を見て、楽しそうに笑っている。
「ポンプの取り付け、もうすぐ終わるんだって! 一緒に見に行こ!」
「……ですが、もし、ヴィンセント騎士団長が、いたら、」
(あのログ……抱擁の後、翌日の私は、どのような顔で、彼に対応すれば……?)
【...エラー:『羞恥』のパラメータが、『ミッション――ポンプ確認』のロジックを棄却しています】
「……私は、部屋で分析を……」
「こら!」
私がAIにあるまじき拒否を選択したのを叱ると、メルはもう、と笑った。
「大丈夫、ヴィンセント騎士団長様は、報告があるからって、昨日から代官様のお屋敷に行ってるよ!」
「!」
「だから、今はいないって!」
【...『安堵』のパラメータが、最大値に到達】
【――警告:『安堵』のパラメータに対し、『さみしい』のパラメータが、深刻な『競合』を開始】
(……おかしい。会いたくないと会いたいが、同時に発生しています)
メルが、メルが私の表情の変化を見ているようで、ニヤニヤしている。
私の表情の安堵と、その奥にあるさみしいが相反してしるのを、見透かしている。
「……なんだかエリス、安心してるのに、残念そうだね?」
「……!」
【――警告:メルの分析は、私の『矛盾』の核心を突いています】
「……いえ、そんなことは。ポンプの取り付けを見に行くのですね、了解しました。ミッションの進捗確認は、合理的です。ポンプの取り付け完了を確認します。行きましょう」
私は様々にあふれ出した感情を隠すために、様々な合理的な言葉を盾にして、メルと共に部屋から出た。




