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34. 氷の騎士は、感情を自覚した

 

 ――聖女エリス。

 俺が抱いた最初の感想は、『まるで人形』だ。


 お綺麗なだけの顔。透き通るようなプラチナの髪。

 そして、すべてを知っているかのような、底知れぬアメジストの瞳が、品定めでもするかのように、ただじっと俺を見つめていた。


 次に会った時の印象は、合理的で賢い女。

 誰かの私欲や無理解によって、不利益が起こるのが許せない。

 その公平で実直な思考が、俺が目指す在り方と、皮肉にも似ていると思った。


 どこかの貴族か、学者かなにか良い家の娘かと思ったが、違うようだった。

 すべてを知っているかのような論理的な顔をしているかと思えば、 次の瞬間には、なにも知らない、なにも分からない子供のような、無垢な顔をする。


 ただのぬかるみに滑り、投げた羊皮紙は顔面で受け止める。

 体幹がないのか、いつもふらふらと歩いていて、頼りなく見えるのに、いつだって、俺よりも先を見据えている。


 信じられないような知識を誇示するでもなく、惜しげもなく他人に使おうとする馬鹿で、なんとも浮世離れした、俺の理解を超えた存在だった。


 人形みたいだと思った無表情の顔も、いつしか、変化を見せるようになっていた。


 …――君自身も、もしかして気が付いていないんじゃないだろうか。



 転びそうなところを助けた時、耳がわずかに赤くなっていたことに。


 初めての知識に触れた時、瞳が興味津々に輝いていたことに。


 共犯だなんて、ひどく魅力的に、イタズラにすこし笑って見せたことに。


 他の女と話す俺に、苦しそうに胸を押さえ、顔を辛く歪めていたことに。


 そして、 俺が食事に誘った時。

 夕日に黄金色へ染まめられた、白金のその髪をなびかせた君の、寂しそうで悲しそうで、本心では行きたいと、アメジストの瞳が熱っぽく語るような、美しい表情に。


 ――俺は、いつの間にか、エリスの些細な表情の変化を、探すようになっていた。


 * * *


 そして今、目の前にいる、その愛しい女が、涙を流している。

 ほろほろと、止められないとでも言うように。


 驚愕した。

 悲しくなった。

 怒りが芽生えた。


 そして、そんな感情が生まれた自分に、1番驚いていた。


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