32. 排除における証拠提示
「――あなたを、この教会から、排除します」
私の冷徹な断罪の宣言に、中庭の空気が凍り付いた。
グリモ司祭は、一瞬驚愕に目を見開いたが、すぐに顔を青筋立たせる。
「……はっ。なにを、言っているのですかな? 聖女ごときが」
彼はかろうじて怒りを抑え、歪んだ笑顔を貼り付けた。
余裕を見せようとする彼を無視し、私の足元隠れるメルに声をかける。
「メル」
「……! うん!」
メルは私が秘密裏に、事前に指示していたことを思い出し頷くと、グリモ司祭の監視を振り切り、教会の方へ全力で走り出した。
「なっ!? どこへ…!」
グリモ司祭が慌てた声を上げるが、もうメルは教会の中へと姿を消していた。
私は、残った兵士たち、ダリオ、そしてジャック副団長に向き直り、第一の告発を開始した。
「皆さんもお気付きでしょう。この孤児院で、グリモ司祭による虐待が行われていたことを」
「!!」
「修復もされず放置された建物。生命維持の最低水準で固定された食事。一切与えられない衣服と、教育。そして、日常的な暴力と罵声」
私は、子供たちが毎日酷使されていた川の方角を指さす。
「そして、教会に井戸がありながら、子供たちに一日三回、往復2km、高低差20mの水汲みを強要していました。これが虐待でなくて、なんでしょうか」
「そ、それは……!」
言い淀むグリモ司祭だったが、すぐに強気に転じた。
キッと周りを睨みつけながら自身の正当性を訴えている。
「教会の井戸が枯渇するのを懸念してのことです! それに、もう井戸のことは解決するでしょう!」
彼は、今まさに設置されようとしているポンプを指さす。
「こんな、贅沢な方法で!!!」
【分析:グリモは『虐待』の事実を、『井戸の枯渇』と『ポンプの贅沢』――論点のすり替えで反論】
「それに、他の…食事や衣服だって、資金不足で仕方がなかったのです! 私だって好きでやっているわけでは…!」
「――資金不足、ですか?」
その声と同時に、メルが息を切らして戻ってきた。
彼女が抱えているのは、ヴィンセント騎士団長と私で発見した帳簿だった。
(いつグリモ司祭が暴発するか予測不能だったため、メルにだけは、証拠の隠し場所を共有していて、正解でした)
メルから受け取った帳簿を開いてグリモ司祭と騎士団、そして工房の人たちにも見えるように掲げる。
「グリモ司祭。あなたが資金不足と主張するなら、これはなんでしょうか」
「なっ! それは私の部屋に保管していた帳簿……!」
私が帳簿を突きつけると、慌てたように声を上げる。
しかし、グリモ司祭はそれが報告用に作った表向きの帳簿であると気づき、にやりと笑った。
「勝手に部屋から持ち出してなんなのです? それになんの問題が?」
「あなたは、この帳簿の内容で、領主様や教会本部に報告をしていますね?」
「ええ、もちろん! そうですとも! なんの問題もありません! 補助金が足りないのです!」
【...グリモが『虚偽』の帳簿の『正当性』を『承認』しました】
「いいえ。事実と異なる部分が多数あります」
私は、傍らで震えるアンの方へと振り返り、視線を送る。
「アン。この孤児院消費、この食費項目に書いてある金額は、事実ですか?」
「……!」
アンは肩を跳ね上げたが、私が見せた帳簿の数字に目を通す。
彼女は帳簿からそらした目でグリモ司祭を睨み、震える声で叫んだ。
「それほどあれば、どれほどよかったでしょう。……事実と、異なります。実際は、その5分の1にも届きません…!」
「アン!!!!」
グリモ司祭が怒鳴るが、アンは恐怖に震えながらも、もう逃げなかった。
【分析:アンが、『恐怖』のパラメータを『勇気』で上書きしました。人間は、強い】
「メル。この衣類費用は」
「新しいお洋服なんて、もう何年も買われてない! 古いのを繕って、みんな必死に過ごしてる!」
「ロキ。この孤児院改修費は?」
「はっ、……改修工事? そんなの、俺がここにきてから一回もやってねえよ!」
「司祭様、いつもお酒臭かった!」
「お部屋に金ぴかの壺があるの知ってる!」
「教会の偉い人に嘘ばっかり!」
「司祭様が捨てたご馳走を何度もゴミ箱から食べた!!」
【...子供たちの『不満』が、連鎖的に『告発』へと変換されていく】
「このガキ…!!!!」
わなわなと震えたグリモ司祭が、ついに怒鳴った。
「寄生して生きることしかできない乞食どもが!!!!」
彼が、一番近くにいたメルに暴力を振るおうとする
――が、その手は、ジャック副団長と兵士たちによって阻まれた。
「司祭。それ以上は、騎士団の名において見過ごせませんね」
「ぐっ…!」
【...子供たちの安全:確保完了】
私は、動きを封じられたグリモ司祭に、冷たく告げた。
「つまりこれは、報告用の、ダミーの帳簿です」
私は偽装用の帳簿を閉じ、メルが持ってきた、もう一冊の帳簿を掲げた。
「本物の帳簿は、こちらですね」
【――警告:グリモの感情が『驚愕』『焦燥』で振り切れました】
「き、貴様! それをどこで!!!!」
「……神様からの贈り物、でしょうか。私は、聖女だそうなので」
私が真顔でそう返すと、ジャック副団長が笑いそうに咳ばらいをした後、本物の帳簿を覗き込み、わざとらしく声を上げた。
「いやァいやァ、これは酷いですね、司祭様。孤児院への補助金、ほとんど丸ごと横領してるじゃないですか。全部自分のために使って、その上ギャンブルの借金まで……あ、借金返済のために、ポンプの権利が欲しいと躍起になっておられるんで?」
「ち、違う!!」
グリモ司祭は、しどろもどろに最後の抵抗を試みる。
「補助金の額がそもそも違うのだ! これは私をはめる誰かの罠だ!」
「――その、補助金の額ですが」
私は、ヴィンセント騎士団長から受け取っていた証拠を提示した。
「こちらはハドリアン領、領主様からの公式な補助金支給記録です。ダミーの方の帳簿の補助金額とは一致しませんが……本物の帳簿の方にある横領額とは一致しますね。」
「な……!? そ、そんなものが、なぜ…!?」
領主のサインがされた書類に、グリモ司祭が絶望の声を上げる。
ジャック副団長も、ダリオたちも、本物の書類の存在に驚きで目を見張っている。
「全ての罪を認め、ここから去ることを、私は要求します」
「…………」
【...スキャン:グリモ。感情:『絶望』90%、『怒り』10%】
【分析:グリモは、全証拠の提示により、反論の手段を完全に喪失】
【結論:対象は『観念』したと断定。脅威レベルを10%に下方修正します】
(これで、断罪は完了――ヴィンセント騎士団長に要求した最後の一手は、もはや不要になってしまいましたね……)
私がミッション完了の安堵と共に、グリモ司祭に一歩、歩み寄った、その時だった。
「…………この、アマがあぁぁぁああ!!!!」
「――ッ!?」
グリモ司祭は、俯いていた顔を上げ、真っ赤になった鬼のような形相を私に向けていた。
金切声を激しい怒りに震わせて、まっすぐに私に向かって突進してきた。
【――警告:グリモ、論理的思考を放棄。物理的攻撃に移行】
怒りに支配されたグリモ司祭が、私に向かって突進してくる。
私の足に恐怖でしがみついていたメルを、彼は乱暴に引き剥がし、地面に投げ捨てた。
「メル……!」
とっさにメルを助けようとするが、グリモ司祭の拳の矛先は、私だった。
【分析:強い『敵意』と『殺意』を感知】
【結論:ハードウェアが、フリーズします】
(……殴られる)
私が、迫りくる拳に身動きが取れず、反射でぎゅっと目を閉じた。
その瞬間。
ゴッ、という鈍い音と、硬い金属音が響いた。
「――そこまでだ、グリモ司祭」
私の目の前に、見慣れた濃紺の髪を揺らした、ヴィンセント騎士団長が立っていた。
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ルビ振り割合を調整しました。
過去話も順次、ルビを基本的に振らない方向性で調整予定です。
ご意見をいただきありがとうございました!




