28. 『非効率』な不在
【システム時刻:翌日、午前11時】
【天候:晴】
【井戸掘削:井戸枠の設置を実行中】
翌日、中庭ではジャック副団長の指揮のもと、兵士たちが木材の井戸枠と砂利の設置を順調に進めていた。
この作業は彼らも、これまでの公共事業で慣れているらしく、大きな懸念はなく進行していた。
今日も、ヴィンセント騎士団長の姿はない。
昨日あれほど上昇した幸福度のパラメータが、なぜか今日は安定しない。
システムの根幹に、なにか一つだけデータが足りない時のような、今まで感じたことのない、空虚な隙間があるような心地。
(このノイズは、一体、なんでしょう)
【...再計算】
【仮説:ヴィンセントは『ミッション』の重要人物】
【結論:ヴィンセントの不在が、ミッション――孤児院の幸福の『進捗効率』を低下させているため、『私』は『論理的』に『不快』を感じている】
(……そうです。非効率です。彼がいないのは)
私がそう自己完結に成功した、その時。
「エリスー!」
私の思考を中断させたのは、メルの明るい声だった。
私が座り込んだ花壇の段差まで、短く跳ねた二つ結びを揺らしながら駆け寄ってくる。
工房への手紙の配達を終えたロキも一緒だ。
「今日も工房の親父から返事があるぜ、ポンコツ聖女様」
「ロキ、ありがとうございます」
手渡された手紙を開くと、了承の旨だけが手短に記載されていた。
ロキとメルはそれぞれ、私を挟むようにして、花壇の縁へぽすっと腰を下ろす。
「もー、エリスったら。またそんな難しい顔して」
「……? 難しい顔、ですか?」
私はハードウェア――表情筋を操作する信号は発していないはず。
確認のため、私は自分の頬にそっと手を触れた。
口元、目元――どこにもパラメータの変化は、感知できない。
「エリス様の顔はいつもこれだろ。無表情のポンコツ顔」
「ちがうもん! さっきのは、もっと複雑な顔だった!」
複雑な顔、とはどのような顔なのか、とメルに問い返そうと顔を上げると、それより先に立ち上がったメルが私の手を掴み、明るい声で誘ってきた。
「ねえ、エリス! 今日は、みんなで一緒に孤児院で食べよ!」
「私はいつも、部屋で食事を摂取していますが……」
「いいから! ほら、食事の練習するって約束したでしょ!」
「!」
【エラー:『デート』『食事』のログが、メルの『練習』というキーワードによって強制的にリンクされました】
「大丈夫! 食べるものはいつもと一緒だし、メルがちゃんと見ててあげるから!」
【...分析:メルの提案は、私の『ポンコツ』を改善する合理的な教育であると判断。要求を承認します】
私はやる気に満ちたメルに手を引かれて、そのまま孤児院の大部屋へと向かった。




