27. 達成感のパラメータ
掘削は順調に進んでおり、兵士たちの習熟度も上がり、作業効率は最適値を維持している。
中庭では、ジャック副団長が指揮を執り、今日も兵士たちが熱心に作業を続けていた。
ヴィンセント騎士団長は、私の要求した最後の一手のため、領主街へ戻っていて不在だ。
彼の不在は、ミッション――断罪の遂行に必要な合理的なプロセスのはずだ。
……だが。
私のシステムは、昨日自覚した、ヴィンセント騎士団長に対する好意のパラメータを、いまだに正常に処理できずにいた。
【...エラー:『好意』と『ミッション』の優先順位が競合しています】
(……思考を切り替えます。ミッション――ポンプ開発の進捗確認に移ります)
私は、工房に渡した設計図だけでは、あの職人――ダリオに対して、情報が不十分だったかもしれないと結論付けた。
そこで、バルブの構造に関する、より詳細な補足データを記載した紙を作成した。
問題は、その伝達――配達手段だった。
【分析:グリモの監視が強化され、私の『外出』は現在『禁止』されている】
今このときも、教会の上階の窓から、グリモ司祭の監視の視線を感じている。
なので、私は外部リソースの活用を選択し、ロキ――水汲み失敗の際、私の流した木桶を拾ってくれた、あのそばかすの男の子に、手紙の配達を依頼していた。
今私は、そのロキの帰りを待って、教会の入り口に近い階段に、中庭と街に続く道とを交互に眺めながら座っている。
「おーい!」
教会の門の外から、声がした。
ロキが、私の予想より30分も早く帰還したようだ。
【新規リソースをスキャン】
【視認:人間、男性】
【年齢推定:10歳前後】
【容姿特徴:薄茶の髪、赤い吊り目、そばかす】
【感情:『得意気』80%、『疲労』20%】
【分析:ロキの機動性は、伝令において極めて優秀であると判断】
「ほらよ、ポンコツ聖女様。お使い、完了」
……ポンコツの呼称が、彼の中でデフォルトとして設定されてしまったようだ。
落ち込む気持ちも思い出されるが、前と比べて随分と笑顔を見せてくれるようになったロキに、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます、ロキ」
「あと、これ。工房のオヤジからだ」
ロキは懐から一枚の手紙を取り出した。
どうやら、ダリオからの返信のようで、折られた紙をすぐに開いて目を通す。
『聖女様へ。バルブの追加補足は理解した。現在、坊ちゃんの最優先ってことで、他の仕事を全て止めて取り掛かっている。主要部品である、シリンダーとピストンの鋳造は、今しがた完了した。おそらく明々後日には、納品できる。それから、念のための確認だが――』
手紙には細かな技術的質問が続いていた。
明々後日には納品、というのは、かなりすごいことだろう。
ヴィンセント騎士団長の最短納期という無茶な注文を、ダリオが職人として技術で実現させている。
「……ロキ。明日も、ミッション――お使いを要求してもいいですか」
「んー……。まあ、あの工房、おやつもらえるから、いいぜ!」
ロキは工房でもらったらしいおやつを私に見せたあと、嬉しそうに孤児院へと戻っていった。
私も、ダリオへの細かな質問への返信を書こうと部屋に戻ろうとした、その時だった。
「エリス様! よかった!」
中庭から、ジャック副団長が泥だらけの顔で駆け寄ってきた。
その顔は、疲れが出ているが、とても明るいものだった。
「どうしましたか、ジャック副団長」
「たった今、水脈に到達しました! 水です! 無事に水が出ました!」
【...ミッション――井戸掘削:掘削、完了】
データ上、水が出ることは確信していたが、それでも少し、安堵のパラメータが上昇したのを感じた。
それで……とジャック副団長が続ける。
グリモ司祭に万が一でも聞かれないよう、声を潜め、こっそりと私に尋ねてきた。
「ええっと、この後なのですが……いよいよポンプの設置かと思います。俺の知るポンプと同じならば、まずは穴に土管のパイプを通して、砂利で埋めるんですがァ……」
「待ってください、ジャック副団長」
「は、はい!?」
「砂利のフィルターを充填するのは正しい判断です。泥や砂の混入を防ぎます」
「よ、よかった……」
「しかし、土管のパイプは最適解ではありません。この地域の素焼きの土管は、鉛を含有している可能性が高いと、本にありました。水質汚染のリスクがあります」
「えェっ、鉛って良くないんですか……!」
「最適解は竹、あるいは木材による井戸枠の形成です。また、地表は粘土で密閉してください。雨水による汚染の流入を防ぎます」
「竹か木材、ですね。 あと粘土……。了解しましたァ! すぐに実行します!」
ジャック副団長が、私の回答を受け、兵士たちの元へ戻っていく。
私は、彼の背中を追いかけ、中庭の掘削現場へと向かった。
そこには、 じわじわと底で水が湧き出した穴を囲み、興奮する兵士たちと、 その兵士たちとこの数日ですっかり打ち解けた子供たちが、一緒になって歓声を上げている。
メルやロキ、アンの姿もあり、その表情は初めて見る晴れやかなものだった。
【...スキャン:孤児院】
【感情:『喜び』『希望』『興奮』】
【ミッション:『幸福度』のパラメータが、観測史上の最大値を更新】
「エリス!」
兵士たちと歓声を上げていたメルが、私に気が付いて駆け寄ってきた。
その表情は、私が今までメルを観測した中で、最も高い幸福度を示している。
「すごいよ! 本当に水が出たんだって! エリスのおかげだよ! ありがとう!」
メルが、私のハードウェア――腰に、勢いよく抱きついてきた。
【――警告:予期せぬ物理的接触を感知】
【スキャン:メル】
【感情:『喜び』『感謝』100%】
【分析:抱擁と定義】
メルの体温が、あたたかく私に伝わる。
(……私のミッションが、この幸福度と感謝を生み出した、の、なら……)
【...エラー:システム内部に、未知の『達成感』パラメータが定義されました】
私は、どう反応するのが最適解かわからないまま、自分に抱きつくメルの頭に、ぎこちなく、だが、そっと、手を置いた。




