24. 強制上書き
工房からの帰り道。
「……」
「……、」
【分析:現在の状況を再計算】
【ヴィンセント:『沈黙』を継続】
【私:『沈黙』を継続】
ヴィンセント騎士団長は、なぜかずっと無言だ。
ジェシカと接した際の狼狽が、彼の思考にまだノイズとして残存しているのだろうか。
【分析:胸部の不快感というエラーの解析が未完了】
【結論:『ヤキモチ』『安心』『ナゼ』。不明なパラメータが競合し、最適な会話を導き出せない】
私は、バグから処理を逸らすため、より詳細なデータ収集に集中することにした。
往路には認識できなかった、街の賑わいが視覚情報として流れ込んでくる。
中央の広場には様々な露店が出ており、オルトリア王国以外の紋章をつけた商人もいるようだ。
【新規データ:『花飴』の無意味な形状を記録】
【新規データ:『壺』の非効率的なデザインを記録】
【新規データ:『仮面』の異国的色彩を記録】
私が街を分析しながら、ヴィンセント騎士団長について歩いている途中。
(……?)
【――警告:ルート逸脱を検出】
「ヴィンセント騎士団長」
「なんだ」
「道を間違えています。往路で使用した道が、教会への最短ルートです。広場を経由する道では、推定15%のロスが発生します」
「……」
ヴィンセント騎士団長が、足を止めた。
その灰色の瞳が、私を値踏みするように見つめる。
「……貴様、地図が頭に入っているのか。この街は初めてなのだろう」
「はい。ですが、教会書庫にアウロリアの街の地図がありました。完璧に記憶しています」
「……そうだったな。貴様は、そういうヤツだった」
ヴィンセント騎士団長は、なにか小さく呟いている。
時折聞こえるのは、余計な知識を、などと今の状況とつながりのない単語ばかりで、私は首を傾げた。
「もし、この道を選択した別の目的があるのでしたら、情報の共有を要求しますが――」
ヴィンセント騎士団長の鉄仮面が、わずかに狼狽した。
【スキャン:ヴィンセント。感情:『動揺』『逡巡』】
(……? 私の質問は、彼を動揺させるようなものでは……)
「……ああ、いや、」
彼はあからさまに、私から視線を逸らした。
暮れていく日に赤く照らされた彼の濃紺の髪が、透けるように風に撫ぜられている。
夕日のグラデーションが映った冬の日暮れの海のような瞳を、やっと私へと移したあと、珍しくもほんの少し揺らいだ声で彼は言葉を続けた。
「……もう、日が暮れる。食事をしてから、戻らないか」
「食事……ですか?」
「ああ。騎士団で利用している宿が広場の向こうでな、いい食事処が近くにある。……お前が、問題なければ、だが」
【分析:ヴィンセントが、私を『食事』に招待】
(……ヴィンセント騎士団長と、共に食事)
(メルと共に行った食事では、幸福度のパラメータが上昇した)
【分析:懸念事項なし】
【結論:要求を承認します】
(いえ、待ってください。……食事?)
【――警告:ハードウェア――私の身体の『ポンコツ』『脆弱性』を検出】
【参照データ:『エラー:液体が気管に侵入』】
【参照データ:『衣服の90%をびしょ濡れに』】
【参照データ:『落下物を顔面で受け止めた』】
(ダメです。最近ようやくパンは無事に食べられるようになりましたが、スープ……液体や、未知の食事の摂取は、まだ完璧ではありません。……もし、彼の前で、ポンコツな食事の姿を観測されたら……)
【――警告:『承認』のロジックを強制的に上書きされています】
「エリス?」
無言で考え込む私を見て、ヴィンセント騎士団長がまた揺らいだ声を出す。
「申し訳ありません」
「……」
「私の食事は、教会で用意されています。ですので、……、」
……なぜ。
なぜ私は、システムの最適解――要求の承認と、違う結論で、返事をしているのだろうか。
「……そうか」
ヴィンセント騎士団長は、それだけ言うと、あっさりと引き下がった。
彼がいつもの、氷の騎士と呼ばれる無表情に戻っていく。
「なら、帰るぞ」
「はい……」
(……なぜ?)
(私は断った。彼はそれを承諾した。……それだけなのに)
先ほどまでとは向かう方向を変えて、まっすぐに教会へ向かう道へと戻っていく彼の背中を見つめる。
【――警告:システム内部に未知のノイズが再発】
【分析:胸部が、強く圧縮される『痛み』を検出】
【エラー:『幸福度』のパラメータが、急激に低下しています】
(わからない)
(したいのに、したくない)
(承諾されたのに、……痛い)




