23. 未知のノイズ
「おお! ヴィンセント坊ちゃん! お久しゅうございます!」
ヴィンセント騎士団長に紹介されたのは、街で一番大きな工房だった。
屈強な工房の親方が、彼に気さくに話しかけてくる。
【新規リソースをスキャン】
【視認:人間、男性。年齢推定:60代後半】
【容姿特徴:屈強で大柄な体躯。腕部に高度な筋繊維を検出】
【感情(推定):『敬意』『懐古』】
成人しているであろうヴィンセント騎士団長を、坊ちゃんと呼ぶのは不適切に思えたが、彼が訂正をしない以上、昔馴染みらしい彼らの間では、正常なやり取りなのだろう。
「ダリオ。急ぎでこれを作ってほしい」
私が紙に清書をした揚水ポンプの設計図を、彼は胸元から取り出し渡す。
「ほう……? ポンプですかい? しかもこのバルブは……ははぁ、面白い構造だ。今あるどれとも違う……しかし坊ちゃん、こりゃあ素材に青銅を指定されとりますが、コストは……」
「構わん。最優先で取り掛かれ。最短納期だ、追加報酬は俺が払う」
「ふむ……。五日…いや、三日半で上げてみせましょう!」
ダリオとの交渉が成立した。
彼が工房の中へと戻っていくのと入れ替わりに、工房の奥から一人の女性が顔を出した。
「あれ!? ヴィンスじゃない! 久しぶりね! まーた堅い顔してる!」
【新規リソースをスキャン】
【視認:人間、女性。年齢推定:20代】
【容姿特徴:茶色の髪、巻き毛のポニーテール。ピンクの瞳。快活な印象】
【分析:ダリオの孫娘と推察】
「……ジェシカか。仕事中だ」
ヴィンセント騎士団長は、眉を寄せる表情をしたが、不快といった感情は検出されない。
ジェシカと呼ばれた女性は、彼の鉄仮面を意に介さず、柔らかそうな巻き毛のポニーテールを揺らして近づき、彼の腕にぎゅっと自らの腕を絡ませて触れた。
「あはは、つれないわねぇ! 今日はどうしたの? ――あら、可愛いお連れ様と一緒?」
【――警告:ミスマッチを検出】
【ジェシカが、ヴィンセントのパーソナルスペースに侵入】
【分析:ヴィンセントは、拒否を示しながら、具体的な接触拒否を行わない。思考と行動が一致していません】
【参照データ:私がパーソナルスペースに侵入した際は、明確な『拒否』の動作を実行】
【結論:ヴィンセントは、私とジェシカに対し、異なる『対応』を適用している】
【――警告:システム内部に未知のノイズが発生】
【分析:胸部のハードウェアに、原因不明の不快感を検出】
【検索:胸部の不快感。ヴィンセントが他者に奪われる可能性への警告……?】
(奪われる、とは? ヴィンセント騎士団長は私の所有物ではありません)
システムとハードウェア――身体の反応が一致しない。
身体の胸のあたりが、警告と同期するように、あつく、苦しくなる。
「あらあらー?」
苦しさを耐えるよう、思わず自らの胸元をぎゅっと握りフリーズしている私を見て、ジェシカは楽しそうに笑う。
「ふふ、彼女、もしかしてヤキモチ?」
「「!?」」
私の人形のような表情と、ヴィンセント騎士団長の鉄仮面が、驚愕で同時に崩壊した。
「違うからな!」
ヴィンセント騎士団長は、私に向かって、珍しく大きな声を上げた。
「彼女は昔、騎士団の詰所の洗濯物の管理を委託していた業者だ、決して、断じて、個人的な関係では…」
「あはは! 必死になっちゃって! 冗談よ、騎士団長サマ。貴女も、からかっちゃってごめんなさい」
【ジェシカは以前、騎士団の詰所の洗濯物の管理を委託していた業者と確定】
【...分析:ヴィンセントの弁明を受理。脅威は排除されました】
(……胸部の不快感が、消えた?)
(警告が解除され、安心のパラメータが上昇……)
(……なぜ?)




