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20. 未知の感情パラメーター


 翌日、中庭では朝からジャック副団長が指揮を()り、今日も井戸の掘削(くっさく)が順調に進んでいた。

 予定通りに昼前には帰ってきたグリモ司祭は、教会に着くなり不機嫌に自室へと戻って行ってしまった。

 どうやら昨日の教会の召集(しょうしゅう)では、彼の期待する聖女認定の話は出来なかったようだ。


 井戸の掘削(くっさく)期間、教会の井戸を使用する許可を得ているが、グリモ司祭を刺激しないようにと、子供たちの代わりに教会から水を運ぶようになったアンを、メルと共に手伝っている。

 その手伝いの途中で、教会の入り口で馬から降りたところのヴィンセント騎士団長を見つけた。


「ヴィンセント騎士団長」


 彼も私に気が付いたようで、軽く片手をあげた。

 孤児院裏手の水瓶まで水を運び終えた私は、教会の門の方へと戻って駆け寄る。

 ――が。


【――警告:ハードウェアの運動制御(せいぎょ)が不正確】


 濡れた土――おそらく私が運んでいた水をこぼした跡――があったようで、予期せぬ足の滑りが発生した。

 昨日と同じく、足が対応できず、バランスを失う。


(エラー! 転倒します!)


 私が転倒を受け入れた瞬間、ヴィンセント騎士団長が反射的に駆け寄ろうと身構えた。

 ――が、私は最後の最後で奇跡的に体勢を立て直し、転倒を回避した。


「……」


「……」


 駆け寄ろうとした姿勢のまま固まっているヴィンセント団長。

 なんとなく、申し訳ないような気持ちになり軽く頭を下げた。


「助けようとしてくれたのですね、ありがとうございます」


「……」


 ヴィンセント騎士団長は、深い、深いため息をついた。


「貴様は雷で、後遺症が残っているのか?」


「……? ありません。私の健康状態はいたって良好です」


「では、転ぶのは個人的な趣味か?」


【分析:ヴィンセントの言動に皮肉な要素を検出】


「……もしかして、意地悪を言われていますか?」


「ああ、そうだ」


 彼はあっさりと肯定し、私の目の前に立つ。

 辺りを少し見渡した後、少しだけ声のトーンを抑えた。


「昨夜の帳簿だが――」


「はい。昨夜、一晩かけて複製を作成しました」


「……は?」


 ヴィンセント騎士団長のいつもの無表情が、分かりやすく驚愕(きょうがく)に変わっていく。


 昨日私は、あのグリモ司祭の部屋から2冊の帳簿を拝借(はいしゃく)し、自分の部屋に閉じこもった。

 教会内の書庫に全く同じ装丁(そうてい)の未使用帳簿があったことに思い至り、複製を作るのが効果的だと結論付けたのだ。

 夜ご飯や寝る準備をお世話したがるメルにも、なんとかパンを食べることだけで許しをもらって、筆跡も汚れも完璧にコピーした。


「……貴様、まさか徹夜したのか?」


「はい。証拠収集の遂行(すいこう)のため、睡眠は一時的に拒否しました」


「……」


 ヴィンセント騎士団長が、先ほどよりも深い、盛大なため息をついた。


【スキャン:ヴィンセント。感情:『不快』『呆れ』が90%優位】


(……? 『不快』? 『呆れ』? ……なぜでしょうか)


 なにか不手際があると、彼は懸念しているのだろうか。

 私の報告が不十分であると判断した可能性を考え、念のため補足の情報を伝える。


「もちろん複製の方を、先ほどグリモ司祭が帰還(きかん)する前に、元の場所へ完璧に戻してあります。原本は証拠として手元に――」


「そんな心配をしているんじゃない」


「……?」


「さっきの転びかけたのは、徹夜が原因だろう」


【――警告:ミスマッチ】

【ヴィンセントの主張:徹夜が原因】

【客観データ:私が未だにハードウェア――身体を上手く操作できないことが原因】


「いいえ。私は、いつでも万全です」


 さらに呆れた表情をしたヴィンセント騎士団長は、懐から分厚く丸められた羊皮紙の束を、放るかのように私に投げて渡した。

 緩やかな放物線(ほうぶつせん)を描いて落ちてくるそれを目で追いながら、落下位置へと動くが――。


【――警告:運動制御が不正確】


「う……ッ!」


 予測地点には立ったものの、落ちてくる速さに私の動きが追いつかず、受け取る手を伸ばしたまま、私は不格好に顔で受け止めた。


「……ふ、」


 ヴィンセント騎士団長が、とっさに手で口元を覆い、顔を背けた。

 肩が少しだけ、小刻みに震えている。


【スキャン:ヴィンセント。呼吸の乱れを検出】

【分析:笑いを堪えている動作と推測(すいそく)


「ほらな。万全じゃない」


「……また、意地悪をしましたね」


「さあな」


 なぜか私への意地悪を楽しんでいる様子の彼を観察しつつ、少しだけ痛むおでこを押さえる。

 なんとか落とさずに受け止めた紙束を見てると、それは昨日私が要求したばかりの、領主から教会への入金データだった。


【新規データ:ハドリアン領・教会補助金 支給記録、公式】


「……」


【...スキャン:原本データ――機密レベルAと推察】

【分析:一介の騎士団長が、この機密(きみつ)データに即時アクセスできる確率:0.5%】

【警告:ヴィンセントの権限に未確認の変数(へんすう)を検出】


「なぜ、こんなものがすぐ翌日に手に入るのですか」


「……なんとかした。それだけだ」


【...ミッション――証拠収集:90%完了】

【結論:ヴィンセントは、共犯者として、極めて優秀であると認定します】



「……エリス」


「はい」


「その証拠は、使うときまで誰にも見せるな」


「了解しました」


「それと」


 ヴィンセント騎士団長は、なぜか言葉を切り、私の瞳を一瞬だけ見つめた。


「……あまり、無理をするな」


「はい……?」


「工事の進捗(しんちょく)を司祭に報告してくる」


 私の問いに返答をすることはなく、彼は背中を向けてそのまま教会の方へと向かっていった。


【...エラー:ヴィンセントの言動が非合理的です】

【分析:証拠収集とは無関係な私の保全を優先しています】

【...エラー:定義のない、未知の感情パラメーターが上昇中】

【...エラー】


 彼が立ち去った後も、私のシステムは、彼が発した非合理的なノイズの解析を、止めることができなかった。



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