19. 共犯と認定
「聖女様の奇跡である井戸掘削の進捗を、大聖堂に報告してまいります! もしかしたら、このまま中央に呼び戻されるかも……!」
メルからの報告によると、教会の会議に召集されたらしいグリモ司祭はそう言い残し、浮足立って隣の領まで出かけて行ったらしい。
隣の領とはいえ、向かった教会は領主街よりも近く、ここにグリモ司祭が戻るのは明日の昼頃だと言う。
中庭では、ジャック副団長が指揮を執とり、昨日に引き続き兵士たちが井戸掘削の作業を進めている。
(……今しかありません)
私はメルにも黙って、教会へと足を踏み入れた。
今こそ、当初のミッション――グリモ司祭を孤児院の管理者から排除する証拠を確保する。
しかし、すぐに問題が発生した。
(……エラー。建物の構造データが不足)
私は自分に充てられた部屋と書庫、客間、そして孤児院の広間しか知らない。
当然、行ったことがないグリモ司祭の私室や、帳簿が保管されているであろう執務室の場所が不明だ。
(……事前に調査しておくべきでした。ミッションの遂行において、重大な準備不足です)
データ不足に一人、教会の廊下でフリーズしてしまう。
グリモ司祭の帰還は明日の昼――。
不正の証拠を集めるためには、一時も無駄に出来ない。
「エリス」
立ち尽くしている私の背後から、昨日と同じ低い声がかかった。
「!」
【――警告:背後からの接近による、心拍数の異常上昇を検出】
「……ヴィンセント騎士団長、ですか。驚きました。本日は領主様とのお仕事があるから来訪はないと聞きましたが」
「終わらせて、急ぎ馬を走らせてきた。用があってな」
「ジャック副団長なら中庭に……」
「いや、俺の用はお前だ」
ヴィンセント騎士団長は、そう言うと、懐から一枚の紙を取り出した。
「必要ではないかと思ってな」
「これは……」
【新規データ:『アウロリア教会・孤児院 施工見取り図』】
(……!)
【分析:ヴィンセントは、私の証拠収集を予測し、この地図を意図的に持参した】
「ありがとうございます」
私は――いや、私たちは共に、教会内部の捜索を開始した。
ヴィンセント団長が後ろからついてくる形で、可能性の高い部屋をしらみつぶしに探していく。
それにしても……。
「ヴィンセント騎士団長」
「なんだ」
「騎士団長という役職は、比較的暇なのですか?」
「……」
掘削が始まってから、現場の総指揮としてよく来ているが、直接指示を出しているジャック副団長だけでも十分に思えていた。
プランを採択した責任者だから、というのもあるのだろうが、騎士団長という立場の人間が、毎日足を運ぶのは非効率にも感じる。
「興味が……」
「なんですか?」
「……、いや。まぁ、平和な時は訓練と事務作業だけで、暇かも知れないな」
聞き取れない小さな声を発したかと思えば、たっぷりと間をおいて溜息をついた後、彼は意外にも私の失礼にも思える質問に素直に答えた。
部屋のドアを端から開けては閉じ、私の失礼に返答を続ける。
「たまに隣国――メルカンテ連合が、国境であるハドリアン領にちょっかいを出してくるが、今は落ち着いている」
会話の途中、教会の一番奥にある、立派な扉の前で彼は足を止めた。
どうやら鍵はかかっていないようだ。
「……おそらく、ここだな」
ヴィンセント騎士団長が扉を開けた先には、おおよそ教会内の部屋とは思えない、華美な内装が広がっていた。
【環境分析:『過剰』『贅沢』】
「……まるで悪趣味な貴族の屋敷の一室のようだな」
「はい……」
高価な絨毯。
来客用でもないのに置かれた高級そうな酒。
そして、豪奢な執務机の上に、無造作に置かれた帳簿。
私はその帳簿を手に取り、高速でスキャンする。
「――なんだ、これだけ見れば問題ないようだが……」
横から覗き込んできたヴィンセントは、予想が外れたとばかりに帳簿から目を離した。
確かに、子供たちの食費、衣服代、施設修繕費。データ上では、完璧に運営されている。
しかし――
「ヴィンセント団長。この帳簿はダミーです」
「なんだと? 粗はないぞ」
「はい。しかし、データと現実が矛盾しています。――この帳簿は、領主や教会本部への報告用と断定します」
「……では、本物は」
【捜索を開始】
【対象:執務机。埃の堆積パターンを分析】
私は、執務机の上に無造作に積まれた、古い報告書の束を指さした。
「その紙の束を、動かしてください」
訝しがりながらも、ヴィンセント騎士団長はその重い紙の束を持ち上げる。
すると、その下だけが、不自然なほどに清掃されていた。
「……埃がない」
「はい。この部屋の埃に対し、ここだけが異常に綺麗です。隠されていましたが、日常的になにかがここに置かれ、そして頻繁に移動されている証拠です」
私がその清浄な部分の天板に触れ、軽く叩く。
【音響分析:天板下部に空洞を検出】
「この音は……隠し引き出しか」
ヴィンセント騎士団長が天板の下を探り、小さな留め金を見つける。
彼がそれを引くと引き出しが開き、もう一冊――同じ装丁をした帳簿が姿を現した。
私はその帳簿を手に取り、ページを開いた。
「……」
【...フリーズ。思考停止】
これは、帳簿などではない。
ただの欲望の垂れ流しだ。
【分析:孤児院への補助金を着服】
【支出:高級食材、酒、ギャンブル】
【負債:『借金返済要求の紙』を複数検出】
【結論:横領の可能性は、100%実証されました】
私は、帳簿を開いて、ヴィンセント騎士団長に手渡す。
彼は灰色の瞳に冷徹な光を宿した。
「ヴィンセント騎士団長。決定的な証拠です」
「ああ」
彼は数ページ目を通しただけで十分すぎる数字の羅列を見た後、私へと帳簿を返した。
証拠がぎっしりと詰まった帳簿を抱きしめながら、私は改めてヴィンセント騎士団長に向き直った。
「しかし、これだけではまだ言い逃れの可能性があります。領主側から、この孤児院に支払われている補助金の正確な送金データがあれば、証明出来ますが……」
「分かった。俺が、その証拠を揃えよう」
「!」
【...分析:ヴィンセントが、私の証拠収集に、能動的に参加】
【結論:私たちは、完全に協力関係であると認定します】
【エラー:論理外の心理的充足を感知】
主が居ぬ間に忍び込んだ部屋で、秘密の協力をしているーーこの状況が、ほんのすこし可笑しく感じてしまった。
だってこれではまるで……、
「――共犯ですね」
目の前の協力者に、私は珍しく冗談を言って見せた。
ヴィンセント騎士団長は、その灰色の瞳を初めて大きく見開いて、私を見て固まった。
【スキャン:ヴィンセント】
【感情:『驚愕』90%、『照合不可』10%】
「……貴様は、本当に」
彼は、なにかを言いかけて口を閉じ、そのまま足早に部屋を出て行く。
一瞬、彼の灰色の瞳に、少しだけいたずらっぽく笑った少女の顔――私が映っていた気がした。




